第53話 戦いの代償
「そいつらは捕虜として、白王騎士が預かる」
ラインハルトは咎めるように。
「こいつらにはまだ聞きたいことがある。この国を襲撃した理由。それから帝国の心意についてだ。殺してしまっては何も分からない。仲間が殺された理由も……」
「俺も仲間を傷つけられた」
政宗は剣を納めず、ギドへ冷たい表情を向けた。
「もし俺が少しでも遅れていたら、みんな死んでいた可能性だってあった」
政宗はギドの首へ再びブロードソードを突き付けた。
「よせっ!」静かな戦場にラインハルトの怒号が響く。「助けてくれたことには感謝する。だがこれは国家間の問題であり、ここからは俺たち白王騎士の管轄だ。一介の冒険者が口を挟む余地はない」
「横柄な物言いだなあ」不満気な鼻息を漏らす政宗。
「領地内での勝手な行動は許されない」
「……ん? 今、助けたって言ったか?」一つ前の会話を想い出す政宗。「それは違うぞ。俺は仲間に及ぶ危険を排除しただけだ。別にお前らを助けたわけじゃない」
刃先がギドの首筋に軽く触れ、血が少し首筋を伝った。
「ひぃいっ! まっ、待てっ! 助けてくれ! 助けてくれたら何でも……」
喉元に痛みを感じたギドは、怯えた表情で嘆願する。
だが微かに紅く光る政宗の左目が見え、畳みかける恐怖と動揺から言葉を詰まらせた。同様にフランも息を飲んだ。
「嘘をついている者の目だ。お前は隙を見て逃げようとしている」
「ちっ、違う! 私は逃げないぞ! 大人しくお前たちに捕まってやる!」
口元を片方だけ上げ薄っすらと笑う政宗。
ギドの挙動がますますおかしくなる。
「ラインハルト。一つ聞くが、お前ら白王騎士はこの二人を拘束できるのか?」
政宗は振り向かず、目を合わせることなくそう言った。
「モンスターに手も足も出ないお前らに、一体なにができるって言うんだ。白王騎士の中じゃお前が一番強いんだろ? こんなガリガリの男一人に止められてしまうお前に、こいつらを捕らえておけるとは思えないなあ」
「――マサムネ、待ってください」
シエラが現れた。
「ラインハルトの強さに嘘はありません。彼はラズハウセンにおいて最強の騎士なのです」
「この国限定じゃダメだ。また被害が出るぞ」
「ラインハルトは周囲を気にかけながら戦っていたのです。一対一なら負けるはずはありません」
シエラの隣にはトアとネムがいた。
二人とも、シエラと同じように不安そうな表情で政宗を見ている。
だが政宗は気づいていないようだ。
「――《
不意に魔法を放つ政宗。
ギドは痙攣しながら悲鳴を上げ、痛みが過ぎ去ると肩で呼吸するように息を切らした。
「やめてください!」
だが政宗にはシエラの言葉が聞こえない。
「今、お前から殺気を感じたような気がした」
政宗はそう言うと、顔を近づけ観察するようにギドを見た。
「お前、今シエラに何かしようとしただろ?」
息を切らしたまま、答えようとはしないギド。
その表情は怯えている。
「《
ギドが絶叫する。
鼻水と涙とよだれを流し、極限まで見開いた目でピクピクと痙攣しながら空を見つめるギド。
小刻みに声を漏らしている。
「やめろ」
ラインハルトが政宗に剣を向けた。
「捕虜への拷問は許されるものではない。ラズハウセンでは認められない行為だ」
「……どういうつもりだ。俺に剣を向けるとは……意味を理解しているのか?」
「マサムネ」
だが次に声が聞こえると、政宗のその暗雲の立ち込めたような表情は晴れた。
「どうしたの……マサムネらしくないじゃない」
トアだった。
「もう、戦いは終わったのよ」
「……トア」
「あとは任せて、私たちは帰りましょう……ね?」
諭すように問いかけるトアに、政宗の心は酷く動揺していた。
目の前のギドを通し、自分の姿が客観的に見えたのだ。
「俺は、ただ……」
揺れる瞳孔。
次第に荒くなる呼吸に気づかれまいと息を殺す政宗。
殺すためでもなく、何故、自分は名も知らない者を痛めつけているかと自問するが答えはない。
魔法は夢でありファンタジーではなかったのかと同じ問いが頭を駆け巡った。
「俺は……」
と毎回言葉が詰まりその先が浮かばない。
政宗はトアへ顔も向けられなかった。
「もう一度言う、その剣を下ろせ」
「…………分かった。こいつらは、任せる」
今になって少しばかり後ろめたさが芽生えた政宗。
ラインハルトを横目にどこか寂しそうな表情で目を逸らし剣を納めた。
ギドとフランを拘束していた 《念動力》を解き、トアとネムとシエラの元へ帰った。
「ごめん……」
うつむき気味に苦笑いで誤魔化す政宗。
「おかえり」
トアは普段のようにほほ笑み、それ以外は何も言わなかった。
「……ただいま」一瞬戸惑い普段と同じように返した。
張り詰めていた政宗の表情は安心したように和らいだ。
ただ心の中は今も乱れている。
トアの姿にここが帰るべき場所なのだと理解した瞬間から、まるでトアが遠ざかっていくような喪失感に襲われ暗い闇の中にいるような感覚に襲われた。
誤魔化した笑顔はトアに違和感を与え政宗を不安にさせまいとトアも同じような笑顔でとりつくろう。
返ってきた違和感に政宗は言葉が詰まり、続けてぎこちなく頼りない笑みをうかべるしかない。
「おバカな騎士ですわ! 平和ボケも大概にしなさい!」
その時、解放されたフランが生き生きと声を荒げた。
一方でギドは放心状態だが、フランは見向きもしない。
「あなたに感謝しますわ、英雄の騎士殿!」
フランはラインハルトに礼を告げると、笑顔を残し直ぐにその場から距離を取る。
だが浮かべたその悪戯な笑みは、政宗を視界に捉えた瞬間には無表情へ変わっていた。
「こっ、殺しておかなかったことを後悔させてあげますわ!――《
フランは自らを中心に、広範囲へ巨大な魔法陣を展開した。
範囲内に横たわっていた冒険者や騎士の死体がみるみる起き上がっていく。
「さぁ、彼らを殺してしまいなさい!」
「――《
だがフランの魔法は不意に聞こえた詠唱により、ガラスが砕け散るように無効化された。
「馬鹿な。術式を、破壊したのか……」
ラインハルトですらその光景に言葉を失っていた。
「トア、これが最後だ。終わったら帰ろう」
「……うん」
納得していない様子のトア。
だが仕方がないと、表情は許している。
「言った傍からこれだ」
政宗はラインハルトに聞こえるように呟くと、一歩ずつフランへ近づいていく。
起き上がろうとしていた死体は再び地面へ倒れ、後には唖然と立ち尽くすフランの姿だけがあった。
「ばっ、馬鹿な……あり得ませんわ! わたくしの魔法が! このわたくしの魔法がなぜ!?」
視線は誰を捉えているでもなく、フランはブツブツと同じ言葉を繰り返す。
「捕虜は一人いれば十分だろう」
問いかけるように呟く政宗。
ラインハルトは何も答えなかった。
「こんなところで死んでなるものか!」
フランは声を荒げ、急いで逃げようと迫る政宗へ背を向けた。
政宗は頭の中で魔術 《
「――《
直後、フランの足元から夥しい数の腕が飛びだした。
指や手の甲、腕、そのどれもが人間のものと形は同じだ。
日光を浴びていないかのように真っ白な腕であり、爪は赤い。
「嫌ですわ! 嫌ぁあああああ!」
それらの白い腕は喚く巨体のフランを一瞬にして拘束した。
指一本は動くが、もはやフランは喚くことしかできない。
そこへブロードソードを構えた政宗が一瞬の間に通り過ぎた。
直後、口から血を吹き出すフラン。
切断された首が下へ落ちる頃には、フランの喚き声も消え、政宗の頭にはアナウンスが流れた。
――『フラン・ボルフレーヌ【Lv:46】討伐により、スキル 《女神の加護》を発動しました。戦利品を選んでください』
政宗はため息をつきながら戦利品画面を開いた。
スキル:《魔攻強化》……魔法攻撃力を一時的に強化する。
スキル:《軽量化》……自身の重量を一時的に軽くする。
魔術:《
魔術:《
魔術:《
魔術:《
装備:《慈愛のドレス》……フランの愛用する慈愛溢れる紫色の毛皮のドレス。
装備:《トパーズの首飾り》……トパーズを中央にあしらえたシンプルな首飾り。
装備:《トパーズのピアス【2】》……トパーズをあしらえたシンプルなピアス。
「《
戦利品を眺めることで気を紛らわせられないかと考えたのだ。
だが効果はない。
政宗はぎこちない足取りで三人の元へ戻った。
「じゃあ、帰ろう」
「うん」
トアの笑顔は徐々に政宗の心を落ち着かせた。
トアがいなければ自分はどうなっていただろうかと、その笑顔の裏に深刻な思いを隠した――怒りはどこへ向かったのだろうか?
政宗にとって、トアは救いだ。
「――待て」
ラインハルトの声だ。
ただし先ほどより少し澄んでいる。
政宗は不満げに振り返った。
「やり方は称賛できるものではない。必要性は皆無だ。だがお前の心意は分からない。ただ、俺はこの国を守る騎士としてお前の行動を認める訳にはいかなかった。王都で拷問は認められない」
咎めたあと、そこにふとした光景があった。
ラインハルトはその場で片膝をついたのだ。
彼に習うように、徐々に辺りの騎士もその場に片膝を付き始めた。
気づくと居合わせた王都の騎士すべてが政宗へ頭を下げていた。
「礼を言わせてくれ。マサムネ、お前がいなければ俺たちは……この国は滅びていた」
「おい! おい! 騎士がそんなことしていいのかよ。ヤバいだろ、流石にそれは」
「国がなくなるよりはずっといい。お前はこの国を救ったんだ」
「英雄の誕生だ!」ヨーギが両腕を掲げ叫んだ。
「え、英雄だと!?」動揺から言葉が呑み込めない政宗。
「彼はこの国の、ラズハウセンの英雄だ! もう帝国など襲るるに足らない!」
便乗するセドリック。
だが彼ら二人だけではなく、誰もが政宗を肯定していた。
「ありがとう」
ラインハルトがそう言った直後、戦場だったはずの平原「英雄ニト!」という歓声が巻き起こった。
歓声は次第に大きくなり、気づくと集まったすべての者たちが政宗を英雄だと称えていた。
一部「英雄マサムネ」という声も聞こえる。
大歓声の中『これがグレイベルクに知れたら……』と政宗の心境は複雑だった。
だが歓声はどうしようもなく、最中、トアの表情に救われ、政宗はまた安堵の笑みを浮かべた。
「捕虜を連れていけ。それからダニエルとレイドだ。二人を医務室に運べ」
「はっ!」
歓声の片隅でラインハルトは部下へ密かに指示を出す。
そしてふと、その場から姿を消した。
辿り着いたのは小高い丘の上だ。
はるか眼下には歓声の中心にいる政宗の姿が見えるが、ラインハルトは背を向け辺りを確かめた。
「エドワード……」
その場にしゃがみ込み、ラインハルトは酷く欠損したエドワードの遺体にそっと触れた。
表情は暗く無表情だ。
「すまない」
そこへ静かに背後へと迫るユン・イーの姿が見えた。曲剣を構え、ユンはラインハルトのうなじへ斬りかかる。
「うっ!」
動きが止まりユンの口元から血が垂れる。
心臓部には逆手に構えたラインハルトの直剣が突き刺さっていた。
「まだ残っていたか」
「貴様、なぜ気づ……」
最後の言葉は途切れ、ユンはその場に倒れた。
「暗殺に香水とは、舐めた真似をしてくれる」
ユンの衣服にはフランの香水が染みついていたのだ。
だがラインハルトには、そんな都合など知る由もない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。