第52話 政宗参上!

『人が死んでんな~』


 政宗の右手でヴェルは戦場を眺めていた。


「ご主人様、それは……」


 ネムはその赤黒い杖に目を止めた。


「ネム、トアはどうしたんだ」


 政宗はそっとネムの頬に触れ無事を確認すると、隣にいるトアの様子に険しい表情を浮かべた。


「分からないのです。レオウルフを見てからずっとこうなのです」

「レオウルフ?」

「ご主人様がやっつけたあのモンスターのことなのです」


 政宗は周囲に散らばった血と肉片を見た。

 だが何も語らず、するとその視線は次に、離れた場所にいるシエラへと移る。


「《治癒の波動ヒール・オーラ》――」


 政宗を中心に薄緑色の球体が現れた。

 それは離れた場所にいるシエラを一瞬で囲むほどの巨大な球体となり、シエラのみならず辺りの冒険者をも癒やした。


「ネム、ちょっとトアを見ていてくれ」

「はいなのです」


 通り過ぎていく物静かな政宗に、ネムはどこか不安げな表情でその背中を見つめていた。

 そして政宗はシエラの元へ一瞬で駆け寄る。


「シエラ、立てるか?」


 政宗がシエラの手を握った時、シエラは既に意識を取り戻していた。


「マサムネ、ですか?……すみません」


 政宗はさらに魔術 《状態異常治癒エフェクト・ヒール》をシエラに施し、シエラの体から疲労感を取り除いた。


「シエラ、周りで戦っている騎士や冒険者たちを避難させてくれないか。後は俺がやる」

「……任せて良いのですか?」

「問題ない。直ぐに終わらせる」

「分かりました」


 政宗に支えられ、シエラはゆっくりと立ち上がる。


「シエラ、モンスターを討伐した分の戦利品が入らないんだが、どうなってるんだ? 思えばヌートケレーンを討伐した時もそうだった」

「これは意図的に仕組まれたものです。おそらく敵の中に死霊魔法を使える者がいるのでしょう」

「死霊魔法?」

「死者を一時的に蘇らせる魔法です」

「なるほど、ネクロマンサーって奴か……」

「冒険者や騎士は私に任せてください」

「ああ、頼む。それよりトアのことだが、何があったんだ? 外傷はないみたいだし……」

「レオウルフです、前にトアが言っていませんでしたか。幼い頃に一度、森の中でモンスターに襲われたことがあったと」

「……それがあれか」

「分かりませんが。何かレオウルフに関してトラウマのようなものがあるのではないでしょうか」

「なるほど」


 政宗は一瞬でトアの元へと戻った。


「トア、分かるか? 俺だ……」


 だがトアの目はどこか違う方向を見ていた。

 瞳に色はなく、虚ろであった。


「《状態異常治癒エフェクト・ヒール》――」


 政宗はシエラと同じものをトアにも施した。

 次第にトアの目が色を取り戻し、口元がゆっくりと動き始める。


「マサ、ムネ……」


 意識を取り戻したトアは、目の前にいる政宗の名を呼んだ。

 ゆっくりと笑みを浮かべる。


「トア、分かるか?」

「……遅いわよ」

「……ごめん」


 政宗はその言葉に安堵の笑みを浮かべた。


「ネム。トアを連れて、シエラやみんなと一緒にここから避難するんだ。何でこんなことになっているのかは知らないが、俺はモンスターを始末してくる」


 ネムは頷き、政宗はネムの頭を撫でると戦場へ向けて歩き出した。


 政宗の視線の先には、もう一頭のレオウルフがいた。

 それは冒険者たちを次々と噛み殺している。


「何だ……お前、よく見りゃヒーラーの坊主じゃねえか」


 運よく治癒魔法の範囲内にいたヨーギとセドリックが、政宗に気づき話しかけてきた。


「ヒーラーが何しにきやがった? ヒーラーの魔法はここでは役に立たねえ。嫌味を言う気はもうねえが、ここはお前のような奴が来るところじゃねえ。分かったらとっとと帰れ」


 セドリックも気づく。


「思い出した。君はあの時の……以前はすまなかった。だが、ここはヨーギの指示に従ってくれ。ほとんどの冒険者は避難した。俺はそれを馬鹿にしたりはしない。君も早く逃げた方がいい。ヒーラーでは奴らの餌になるだけだ」


 会話を遮るように、レオウルフの遠吠えが聞こえた。

 政宗は振り返り、こちらに迫るその大きな白い狼の姿を見た。


「言わんこっちゃねえ。坊主、さっさと逃げろ!」


 ヨーギは政宗をかばうように立ちふさがり、迫るレオウルフと向かい合った。

 セドリックも同じ行動を取った。


「彼女たちを連れて、早くここから逃げるんだ!」


 政宗は二人の背を見つめながら、『何故この二人は俺をかばうんだ』と疑問に思った。

 だがそこで脳裏に過ったのは、無傷のトアやネムの姿だった。


「シエラは……いや。多分、無茶をしたんだろうな。だからあんなことに……」

「何をぶつぶつと言っている! 早く逃げろ!」

「足手まといだ! さっさとここから消えろ!」


 二人のその言葉に政宗は理解した。


「……そうか。三人を守ってくれたのか。ありがとう。後は俺がやるよ」

「ヒーラーが出しゃばってんじゃねえよ! てめえ、死にてえのか!」


 ヨーギは振り返り怒鳴った。

 その瞬間、マサムネの姿が消える。

 そして次に政宗が姿を現したのはレオウルフの目の前だった。


「戦利品は諦めるか――《侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ》!」


 政宗を中心に赤黒い球体が展開され、それは瞬時にレオウルフを呑み込むと、その巨体は見えなくなった。

 政宗が魔法を解除すると、目の前にいたはずのレオウルフは音もなく消えていた。


「なっ!?……」


 ヨーギとセドリックは何が起きたのか分からない。

 そもそも政宗の動く姿すら見えていないのだ。

 気づくとレオウルフはおらず、理解に苦しみ、だがそこには政宗の姿が見えている。

 自ずとその意味は理解できた。


 政宗はおもむろに地面に落ちていた石を拾った。

 片手から少し零れるくらいの大きな石だ。

 遠くを見つめると、その目線の先には王冠のような物を頭に被った、大きな鬼の姿があった。

 右手には、その身の丈に合うほどの巨大な剣を携えている――オークキングだ。


 政宗は石を握りしめ、投擲とうてきの構えを取る。


――『スキル 《剛射》《心眼》《会心》《見切り》《肉体強化》を発動しました』


 政宗はオークキングに向けてその石を力強く放り投げた。

 投げた石は空を切り真っ直ぐに飛ぶ。

 オークキングの頭を捉えた。


 その瞬間、首から上が破裂し、辺りに目玉や歯、見分けのつかない血肉が飛び散った。

 周囲の冒険者や騎士は、突然に爆発したオークキングの頭を見上げ、ただただ困惑していた。

 だがオークキングが膝をつき地に倒れると、理由も知らぬまま大歓声を上げた。


 政宗は 《剛射》で射撃の腕を強化した。

 《心眼》で対象の急所を見ぬき、《見切り》で相手の動きを読み軌道を修正し、そして念のため《肉体強化》で投擲力を上げたのだ。


 セドリックとヨーギは遠目にもその光景が見えていた。

 次第に笑みがこぼれると、自分たちが生き残ったことを実感した。


「ヨーギ、もう安心だな」

「ああ、後はあの坊主に任せておけばいい。まあ、もう坊主なんて呼べなくなるだろうがな」


 ヨーギは最後に「嘘つき野郎だ」と軽く呟き、セドリックと大声で笑った。


 冒険者たちを巻き込みながら、サイクロプスの足元に赤黒く光る大きな魔法陣が現れた。

 魔法陣の縁に沿って出現した半透明の赤黒い壁は、サイクロプスの行き場をなくし、その様はまるでビーカーのようだ。


 多数の困惑と悲鳴が上がり、ビーカーの中から大勢の冒険者と騎士の避難していく姿が見えた。

 何故か彼らにはその半透明の壁をすり抜けられたのだ。


 上空に現れた亀裂より顔を覗かせる、赤目の女神。

 頬に一筋の血涙が伝い、最初の一粒が落とされた。

 その一滴はビーカーの中から上空を見上げるサイクロプスへと向かい、その大きなーつの目玉に落ちる。

 瞬間、空気を震わすほどの叫び声が戦場に響き、皮切りに大量の血涙が落とされた。

 それはまるで雨のようであり、血は触れた瞬間からサイクロプスの肉を溶かし穴を開け、次第に原型のないぐちゃぐちゃな肉塊へ変えた。


「おい、レイド。起きてるか」

「……ああ、見えてるぜ。もう俺たちの出番はねえな」


 戦線を離脱したダニエルとレイド。二人は遠目にその光景を眺めていた。


「あれは例の少年か?」

「知るかよ。だがあの血には見覚えがある。あの日、ヌートケレーンの周りにあったやつだ。つまり、あのガキがいるってことだろ……」

「ああ、なんだか知らないが変な杖を持って立ってる」

「どうでもいい。自国を守れない騎士を、よそ者の冒険者が助けた。それだけのことだ」


 二人の間にそれ以上の言葉はなかった。


 政宗は背中の翼を羽ばたかせ、Aランクモンスターが密集する地点へ降り立った。


「《侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ》!」


 魔法を行使し、一気にその範囲を拡大する。

 波動は周囲にいる冒険者や騎士を無差別に捉え巻き込んでいく。

 コカトリスやワイバーンを捉え切ったところで拡大を止め、瞬時に収縮し消えた。


 そこにはもう、Aランクモンスターの姿は一匹も見当たらなかった。

 冒険者や騎士たちは辺りを見渡し、今の一瞬に何が起きたのかと困惑した。


『マスター、最後はあいつだ』

「あの岩みたいな奴か」


 それはアースゴーレムだ。

 全身を砂や石、岩で覆われた二足歩行の巨大な人型モンスターである。


『マスター、俺にやらせてくれよ』

「別にいいけど」


 政宗はヴェルの言葉を聞き入れると、遠くのアースゴーレムへ杖を向けた。

 周囲の冒険者はその姿に疑問を抱きながら、ただ黙って見ている。

 まだ状況を理解できていないのだ。


『《強欲の暗黒珠ブラック・エルゴ》!』


 直後、アースゴーレムの上半身を呑み込む巨大な黒い球体は現れる。

 その場にいた者たちは、一瞬、怯えるような声を上げた。

 だが球体が消え、アースゴーレムが下半身のみの姿になって現れた時、その声は大歓声へと変った。


 ギドは目を見開き、遠めに見える政宗を睨んでいた。

 額には汗が流れている。


「あれはこの間の……何者なんでしょうかねえ、彼は」


 ギドは目の前のラインハルトへ尋ねる。


「さあな」

「なるほど、白王騎士ですら素性を掴めていませんか」


 ギドは遠くにいるフランと顔を見合わせた。


「まさか一人の少年にここまで追い込まれるとは……計画が台無しですよ」

ギドの汗は凄まじく、その顔色からは焦りが十分に窺えた。

「もはや白王騎士などどうでもいい。あなたは邪魔ですねぇ」


 ギドはラインハルトの腹へ、炎に包まれた蹴りを入れた。

 不意を突かれラインハルトはのけ反る。


「フラン、こちらへ来なさい! その者たちは後回しです! あの頭のおかしな冒険者を先に始末します!」

「――それは俺の事か?」

「……は?」


 気づくとギドの足は地を離れていた。

 政宗に首を掴まれ持ち上げられていたのだ。


「ぐっ!……いつの間に……グワッ!」


 政宗は左手に軽く力を入れ、ギドを睨みつけた。


「――《慈愛の痛球マドモアゼル・ペイン》!」


 そこへ紫色の巨大な光球が前方より現れ、政宗を襲った――フランだ。

 彼女の放った魔法は地を削り、空気を振動させながら轟音と共に接近していた。


「俺はお前らと戦いに来たわけじゃない」

「口ほどにもありませんわ!――オッホッホッホッホッ! これで死んでしまいなさい!」


 政宗に直撃したことを確信したように、フランは高らかに笑った。

 だが正面に放ったはずの光球は突然上空へと跳ね上がり、空中で爆発し消えた。

 政宗は軽々と蹴飛ばしてしまったのだ。


「お前ら誰だ? 王都を滅ぼしにきたのか? でもこの程度の力でそんなことするはずないよなあ」


 政宗はギドを持ち上げながら尋ねた。


「――《慈愛の大槍マドモアゼル・ジャベリン》!」

「フラン、よしなさい! 私もいるのですよ!」

「しつこい奴だなあ。先にあっちを始末しておくか」


 ギドの表情が強張る。


「申し訳ありませんわ、ギド様。わたくしはギド様がいることも存じ上げておりますが、その者は危険です。残念ですがギド様には囮になっていただきますわ」

「よせぇえええええええ!」


 フランは悪戯な笑みを浮かべ、右手に構えていた紫色の大槍を放った。


「帝国の第一歩が、お前のような小僧に壊されてなるのものか!」


 フランは自身の気品溢れる口調を忘れるほどに取り乱していた。

 政宗は振り向き、視線の先に見える槍を目視する。


「帝国……なんだそれ?」


 純粋な疑問の後、政宗は飛んできた槍を左手で掴んだ。

 ヴェルは宙に浮きながら政宗の様子を隣で眺めている。

 政宗は掴んだ槍を逆手に持ち替えると即座に投げ返し、大槍はフランが投げた時よりも倍以上の速度で飛んだ。

 返ってきた槍はフランの足元に刺さり、爆発する。


「まさか! あり得ませんわ! 素手でなんて……」


 フランは渾身の魔法を素手で掴まれたショックにより、尻餅をつくようにその場に倒れた。


「それで、帝国ってどういう意味だ」


 だがギドは怯えて答えない。


「ある広大な土地と種族を支配する巨大な国の事だ」


 ラインハルトだった。

 マサムネの周りに騎士や生き残った冒険者たちが集まっている。


「あなたたちには一生かかっても辿り着くことのできない高みの存在ですよ! 大陸の頂点! それが帝国どぅわぁああああああ!」


 政宗は怪訝そうな顔でギドを投げ飛ばした。

 地面に叩き付けられ喚くギドへ見向きもせず、放心状態のフランを含めスキル《念動力》を使い自分の前へと引き寄せた。

 さらに異空間収納からブロードソードを取り出す。


「――待て」


 政宗は手を止めた。

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