第51話 漆黒の翼
「ヒルダ!」
ラインハルトは丘から転げ落ちてきたヒルダを受け止めた。
「ごめんなさい……エドワードが……」
ヒルダはゆっくりと起き上がるも、その表情は弱々しい。
「……分かっている。もう喋るな、お前は休んでいろ」
ラインハルトだけでなく、多くの者が丘の上の魔力を感じ取っていた。
「ごめんなさい……」
「ラインハルト! お姉様は!」
そこへシエラが現れる。
「大丈夫だ、心配ない」
「あの、ラインハルト……その、エドワードの魔力が感じられないのですが……」
「今は気にするな。それより、どうやら姿を見せる気になったらしい」
丘を下るSランクモンスター、レオウルフ。
その巨大な白い狼の背にギドは乗っていた。
さらにその後ろにはレオウルフがもう一頭。
オークキングとアースゴーレムの姿も見えた。
「この国は我々、帝国が頂きます!」
満面の笑みを浮かべ、丘を下るギド。
「《
首の肉に邪魔をされたような太い声が聞こえた。
直後、戦場の上空に深い紫色の球体が現れる。
「みんな! 避けろ!」
冒険者の一人は気づき、そして全力で叫んだ。
だが周囲の冒険者が疑問符を浮かべる頃には、多数の冒険者たちが応戦している戦場の中心地に、その巨大な魔球は落ちた。
悲鳴が消え去るほどの爆音。
冒険者や王国騎士の姿が見えなくなるほどの砂煙。
多くの者たちがマダム・フランの魔法に呑み込まれた。
「あらあら、この国の冒険者たちは貧弱ですわねえ。それで冒険だなんて、一体どこへお出かけになるつもりだったのかしら」
フランは日傘を右手に、ふわふわと浮遊しながら戦場へ降り立った。
一方、ギドは戦場に辿り着くとレオウルフから飛び降りる。
「お行きなさい! 彼らを噛み殺すのです!」
放たれたレオウルフは颯爽と戦場を駆けて行き、ギドは手の平を擦り合わせながら、どこから取り掛かろうかと周囲を見渡し対象を吟味していた。
「てめぇ! よくもエドワードを!――」
そこへレイドが現れ、ギドへ向けて大鎌を振り下ろした。
「おや?――セイッ!」
ギドの右手中指から小さな魔球が放たれた。
「がはっ!」
初動を見切り腹に魔力の壁を作ったレイドだったが、衝撃は殺せず後方へ吹き飛んだ。
「おかしいですねえ。まるで私が馬鹿みたいじゃないですか。あれだけの時間を費やし、血反吐を吐くほどに考え、そして今日という日を迎えたのですよ。それが何ですか、あなたはその程度の魔法で吹き飛んでしまうのですか? どれだけ軽い命なんでしょうかねえ」
レイドは地面を擦るように転がるも、体勢を立て直し起き上がる。
「《
そして直ぐに詠唱すると、レイドの体を炎の鎧が包んだ。
「魔装とは芸がないですねえ。笑わせないでくださいよ、レイド・ブラック」
「……何故、俺の名前を知ってる」
レイドは驚いた。
ラズハウセンは小国であり、名は通っているが白王騎士は所詮、小国の騎士に過ぎない。
おまけに白王騎士は普段姿を見せない。
「これから殺す者の名前くらい調べますよ。と言ってもフランに教えてもらっただけですがねえ。元灰の団隊長、狂炎のレイド。ですが名前負けですねえ。あなた、私ほど壊れているのですか? 先ほどの白いロングハットの男といい、白王騎士は噂以下の者ばかり……興がそがれてしまいますよ」
その言葉にレイドの足が動いた。そして表情は怒りに満ちている。
「しつこいですねえ――セイッ!」
「――がはっ!」
詠唱を簡略化したその魔法の初動を見切れず、レイドの腹に再びギドの魔球がめり込んだ。
「何故、避けられない?――そう言いたげな顔をしていますねえ。それは私の目がいいからですよ。調教師とは相手をよく観察するものなのです。あなたの動きは上から見させていただいていました。実に傲慢な立ち回りでしたよ――セイッ!」
またしてもレイドに魔球が直撃する。
レイドは遠くへ飛ばされ胃液を吐くと倒れた。
「《
バチバチと音を発しながら右拳に電撃を纏わせ、そこにダニエルが現れた。
「くたばりやがれ!」
しかし当たったと思われた拳はギドに簡単にかわされてしまう。
「馬鹿な、死角を狙ったはずだ」
ダニエルは驚き、避けられてしまった理由を求め考えを巡らせた。
「そんな大袈裟なだけの動きで、よく騎士などと名乗っていられますねえ。ふざけているのでしょうか、その純白の鎧はお飾りなのでしょうか? 分かりました! 何もないから白い! そう言うことですね?」
「この野郎ぉおおおお!」
感情任せに見える動きだが、ダニエルの頭は冷静であった。
だがギドはそれすら見抜いていた。
「演技が下手くそですねえ。ではここで拳の使い方を教えてあげましょう――《
ダニエルの腹にギドの拳がめり込んだ。
ダニエルはレイド同様、胃液を吐きその場に倒れる。
魔法ではない、ただの突きだ。
「これぞ帝国式武術です! あなた方とは基礎が違うのですよ、基礎がね」
するとそこへ現れたサイクロプスが、横たわるダニエルの体を持ち上げる。
「は、離せ……」
ダニエルは痛む腹を抑えながら必死に抵抗する。
「叩き付けてしまいなさい」
ギドの言葉に雄叫びを上げ、サイクロプスは両腕で持ったダニエルを地面へと投げつけた。ダニエルは反動で一時的に体が硬直している最中であり、拘束から抜けられず地面へ叩き付けられた。
「《
そこへギドの背後を取り、エミリー・アンダーソンのメイスが振りかかった。
「見えていますよ。皆さん、大振りが好みのようですねえ」
言葉通りギドは背後から迫った攻撃を避け、エミリーのメイスは勢いのまま地面へ突き刺さった。
「これで終わりじゃない」
エミリーは小さくそう呟いた。直後、ギドの足元に亀裂が入り地面が大きく割れる。
「なっ!」
ギドはここにきて初めて焦りを見せた。
だがギドの動きは素早く、地割れの及ばない安全地帯へと逃げられてしまう。
「それは地属性魔法ですか? 珍しいですねえ」
ギドはエミリーを見て微笑む。
「こんなところに地属性魔法を使える者がいたとは、あなたを殺せるのが楽しみですよ」
「それはどうかな――」
「のわっ!」
ラインハルトが直剣でギドへ襲い掛かった。
ギドは取り出した短剣でラインハルトの剣をさばく。
「これはこれは白王騎士序列一位、ラズハウセンにて最強――ラインハルト殿」
「……」
「どこで調べたのか?――そう言いたげな顔ですねえ。実は私も知りません」
ラインハルトがギドを止めている一方で、ダニエルとレイドは気絶していて意識がない。
ヒルダは後退しエドワードは死んだ。
残る白王騎士はラインハルトとエミリー、そしてシエラのみだ。
シエラはトアやネムと共にAランクモンスターの相手をしており手が離せない。
「《
エミリーの足と腕を赤いオーラが覆った。
それは加速と物理攻撃強化を生む。
ラインハルトの剣を受け、手詰まりな様子のギドへメイスを構え飛び掛かった。
「あなたも魔装ですか――セイッ!」
だが防御が甘く、隙が生じた瞬間、エミリーの足の甲にギドの魔球が直撃した。
「ぐっ!」
右足の魔装が消え、痛みを堪えるようにエミリーは唇を噛む。
足の骨が折れ動きが止まった。
「私が強いのではありません。あなたが弱いのです」
「《
ラインハルトの足に白い無数のベールが現れた。
「あなたまで……やれやれ、あなた方は魔装ばかりですねえ」
ギドは「邪魔です」と近くで足を止めていたエミリーの横腹に回し蹴りを入れた。
エミリーはそこから遠くに飛ばされ、冒険者の群れにぶつかり止まった。
「何のためにこんなことを……」
ギドとラインハルトの刃が交差する。
「私に勝てたら教えてあげましょう。つまりあなたは知らぬまま死ぬということです」
周囲ではオークキングやアースゴーレム、レオウルフやサイクロプスといったSランクモンスターを相手に戦う、冒険者と王国騎士の姿が見えていた。
だが太刀打ちできず、次々と薙ぎ払われていく。
コカトリスやワイバーンなど、Aランクモンスターもまだ残っており、動ける白王騎士もラインハルトとシエラしかおらず、苦戦を強いられていた。
「このままではお仲間が死んでしまいますよ?」
ラインハルトは剣を交えながら刃越しにギドを睨んだ。
「黙れと言っている……」
その言葉にギドは嬉しそうな笑みを浮かべていた。
※
冒険者たちの顔は疲れ切っていた。
だが剣を休めることはできない。
「セドリック! また何か来るぞ!」
「分かってる! ヨーギ、そっちを援護してやれ!」
セドリックとヨーギも手詰まりだった。
「トア! また別のモンスターが来ます!」
そこでシエラが大声を出した。
トアは振り返る。
「……あれは、レオウルフ」
トアの視線の先には迫るレオウルフの姿があった。
だがトアは立ち止ったまま動こうとしない。
「トア!」
そんなトアを疑問に思い、シエラは呼びかけるように叫んだ。
だがトアは何故か動かない
危機一髪のところで、ネムがトアへ体当たりした。
トアは体勢を崩しネムと共に地を転がるはめになったが、レオウルフの突進を受けずに済んだ。
「トア! しっかりするのです! 」
「ネム……」
心ここにあらず、といった様子だ。
トアは放心状態だった。
「あの時は、父様がいたから……」
「トア?」
ボソボソと呟くトア。
ネムは不安そうな表情でトアの顔を見つめた。
「ネム、レオウルフがもう一体きます!」
そこへシエラが合流する。
「Sランクがこんなに……」
叫び声が聞こえるたびに誰かが死ぬ。
シエラとネムは戦場を見つめた。
ラインハルトはギドの相手をし、中央の冒険者たちはフランとAランクモンスター。
残りの者たちはSランクモンスターと応戦中だ。
だが戦いにすらなっていない。
「このままでは……」
シエラはその光景に表現のしようもなく言葉を失い、肩で呼吸を繰り返すばかりだった。
「嬢ちゃんたち! あぶねえ!」
その時、ヨーギの叫び声が聞こえた。
ネムとシエラは振り返り、すると先ほどのレオウルフの姿が見えた。
まるで空を切る速さで走ってくる。
シエラは剣を構えトアとネムの前に立つ。
「ダメだ、嬢ちゃん、さっさと逃げろ、そんな体じゃやられちまう!」
ヨーギは逃げるように訴えたが、シエラは逃げなかった。
それがシエラにとってのとっさの判断だったのだ。
体は自然と動き、気づくと二人を守っていた。
二人を抱え逃げるべきだと気づいた時にはレオウルフの突進が直撃していた。
「シエラ!――」
宙を舞うシエラの体が見え、ネムは叫んだ。
ヨーギとセドリックは言葉を失い、目を疑うようにその光景を見ていた。
放心状態のトア。
シエラの体は地面に落ちた。
「くそっ!」
ヨーギとセドリックの叫びに応えるように、声を上げながら周囲にいた冒険者たちがレオウルフに向かって走っていく。
この短い時間、シエラと共に戦っていた者たちだ。
「俺の最大だ!――《
ヨーギは光る拳を突き出した。
「《
セドリックは剣の刃に渦巻く風を纏わせ走った。
冒険者たちは、それぞれにとっての最大の魔法を詠唱しレオウルフへと向かった。
戦場に雄叫びが響き、その熱に地は振動し、だがレベルの差があまりにもあり過ぎた。
セドリックの剣はレオウルフの体に当たった瞬間、刃が折れ砕け散った。
ヨーギの拳は意味をなさず、レオウルフの体毛に触れると小さな音を出すのみで止まった。
まるで大きな熊の体に小石をぶつけたような反応だ。
冒険者たちの集団攻撃にレオウルフは見向きもしなかった。
だが感触はあったのだろう。
気づいたレオウルフは振り向くと、前足を軽く上げた。
「おい、嘘だろ……」
セドリックは硬直し、動くことができない。
直後、レオウルフは右足を地面に強く叩き付けた。
「ぐはっ!」
衝撃波と共にヨーギとセドリック、その他冒険者たちは飛ばされた。
落下の衝撃で体に激痛が走り、呻き声を上げる冒険者たち。
レオウルフは前方で震えているネムを見た。
隣にはトアもいる。目は虚ろだ。
レオウルフは二人へのそっと近づくと、その右足を同じように上げる。
「ご主人様……」
ネムの頬を一粒の涙が伝った。そして死を覚悟し、そっと呟いた時だった。
「――――――――――――――ネム、伏せてろ」
どこからか聞き覚えのある声が消え、そこに一枚の黒い羽根がゆらりと現れ、地に落ちる。
一瞬の出来事であった。
レオウルフの体はまるで風船を針で突いたかのように、肉片と鮮血を飛び散らせ弾け飛んだ。
戦場の空気を入れ替えるように、辺りに充満していた砂煙をすべて外へ押し出すほどの突風が巻き起こり、辺りの冒険者や騎士は大きく体をのけ反った。
「間に合って良かった」
「ご主人様……」
だがその風圧はネムやトア、そして少し離れたところで倒れているシエラには影響を与えない。
「ネム、後は俺がやる。休んでろ」
――赤黒い巨大な翼を背負い、政宗は平原に現れた。
ネムは潤んだ目を拭い、政宗を見つめた。
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