第50話 帝国の力

 Sランクモンスターであるサイクロプスが現れたことにより、王都には緊急避難警報が発令されていた。度重なる高ランクモンスターの大量発生に苦戦を強いられ、誰もが終わりの見えない戦いを続けていた。


「《猫風怒キャット・フード》!」


 ネムはワイバーンの顔面に一撃を入れた。

 だが衝撃は与えられてもダメージと呼ぶには火力が足りない。

 ネムのレベルは「10」と王都のギルド全体では中間に当る程度だが、ここに残った冒険者の中で言えば下から数えた方が早い。

 Aランクのワイバーン相手に、残った冒険者のほとんどが苦戦していた。

 彼らを差し置いてネムがワイバーンを倒せるはずもなかった。


「ネム! 一度下がってください!」


 シエラはネムを心配し、焦るように声を上げた。


「嫌なのです! ネムも役に立つのです!」

「ネム!」


 突如、ネムを上空からコカトリスが襲った。


「ネム! 避けて!」


 トアの叫びはむなしく――風圧で舞う砂煙。

 悪い視界に砂埃の匂い。

 トアはそんな視界の中、必死に目でネムを探した。すると徐々に視界が晴れる。


「ネム!」


 砂煙の中に見えた影へトアは叫んだ。だがそれはネムのものではなかった。


「え、シエラ…………シエラ!」


 コカトリスに捕まれているのはネムではなく、シエラだった。

 シエラの右肩をコカトリスのくちばしが挟み、肩は石化している。

 だが一方で、コカトリスの首を氷結晶のレイピアが貫いていた。


「シエラ?……」


 自分の盾になったシエラを前に、ネムは声が出せなかった。

 頬を涙が伝った。


「ネム……心配は、いりません。少し右肩は動かしにくいですが、左手は使えますから」

「ごめん、なさい……」


 トアはコカトリスの首を切り落とすと、シエラからコカトリスを引きはがした。


「シエラ、これを――」


 トアはシエラに回復薬を飲ませた。


「ありがとうございます」


 だが回復薬では肩の石化は治せない。


「焦る必要はありません。ネム、自分にできることをすればいいのです。こんなことを言っていますが、私にも力はありません。白王騎士でありながら、皆の足を引っ張っているだけです。情けないとは思っています。ですが悔やんでいても何も変わりません。かと言って、がむしゃらに突っ走っていては命を無駄にするだけです」


 シエラはゆっくりと立ち上がる。


「ネムはこれから強くなります。マサムネやトアと旅をして世界を見て周り、どんどん強くなっていくでしょう。無理に加勢して命を落とす必要はありません。自分のできることをすればいいのです」

「……分かったのです。ごめんなさいなのです」


 ネムは涙を拭った。


「と言っておきながら、すみません。ネムに一つ頼みがあります」


 そこでシエラは神妙な表情でトアを見た。


「トア、気づいていますか。このモンスターたちの様子に」

「様子?」

「はい。以前回収したヌートケレーンですが、あれには中身がありませんでした。つまり最初から死んでいたんです」

「それって……」

「そうです。つまり、いま私たちが死体を相手にしているのだとすれば、原因は死霊魔法でしょう。極めて稀な魔術だと聞きますが、こんなことができるのはそれしか考えられません。おそらくラインハルトも気づいているはずです」

「それで、シエラはどうしたいの」

「そこでネムにやってもらいたいことがあります」

「ネムにですか?」

「はい。おそらく、あとはもうネムしかいません。索敵や感知を使いましたが敵の姿は見当たらず、魔力の気配すら感じられません。これが認識阻害の類だとすれば、仮に気づいていたとしてもそこに意識を向けられません。なのでネムに敵の居場所をつきとめてもらいたいのです」

「そう言えば、ネムは嗅覚が鋭いんだったわよね?」

「それは分からないのです。でもここに来た時からずっと、何か臭い感じはしていたのです」

「それはおそらくモンスターの匂いでしょう」

「でもモンスターではないと思うのです。何だかずっと、おばさんくさい臭いがするのです」

「おばさんくさい? どういうことですか?」

「シャロンが偶に匂わせているのです。でもシャロンではないと思うのです」

「まさか香水ですか? ネム、それはどこから臭いますか?」


 ネムは目をつむり鼻をクンクンとさせながら、辺りを探った。


「大体で構いません。方角だけ教えてもらえればそれで大丈夫です」

「……あっちなのです」


 ネムはある方向を指さした。

 それは平原を抜けた先にある、小高い丘の方角だった。



「この辺りのはずですが……気配がありませんね。何か感じますか?」

「……何の気配も感じないわ」


 ラインハルトの指示により、ヒルダとエドワードは小高い丘の上へ到着していた。

 そこからは戦場が見渡せ、だがそれほど高所でもなく、町は見えないが防壁と王城が見えるくらいだ。


「どうやら当てが外れたようですね」

「……戻りましょう。サイクロプスは手強いわ」


 二人には戦場で苦戦する白王騎士の姿が見えていた。


「その方が良さそうですね。ですが様子を窺うならこの位置は絶好の場と言えます」

「そうね」


 そして二人が丘を下ろうとした時だった。


「《貫通する悪意ラーミア・ド・アニマ》!」


 背後で魔力の気配を感知し、二人は同時に振り返る。


「ガハッ!――」


 だが気づくのが遅すぎた。


「エドワード!」


 ヒルダは前方のエドワードへ叫んだ。だがその時点で、エドワードの体には大きな風穴が開いており、くり抜かれたように心臓と肺がなかった。


「ゴホッ!……大、丈夫です……これしき……ガハッ!……」


 エドワードは口から血を吐き、うつぶせに倒れる。


「エドワード!」


 ヒルダはエドワードに駆け寄り、直ぐに回復魔法を施し傷口を癒やした。


「すみ、ません……気づく、のが、遅れて……」

「喋らないで!…………エド、ワード?」


 だが既に魔力の反応はなく、エドワードの呼吸は止まっていた。


「いやいや、魔法とは実に素晴らしいものですねえ。こうも簡単に人の肉を破壊できるのですから。そうは思いませんか、マダム・フラン」

「はい、ギド様」


 ヒルダの前に二人は現れた。


「まさかここまで簡単だとは思っていませんでしたよ。噂は噂と言うことでしょうか」

「ギド様。わたくし、手ごたえを感じていませんわ」

「私もですよ。と言ってもSランクは私でも骨が折れますけども。ニッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!」

「確かに。オッホッホッホッホッホッ!」


 ギドとフランは醜悪な表情で笑い、その隣ではユンが嫌悪感を示していた。


「――《拘束する雷撃バインド・サンダー》!」


 ヒルダは空かさず鞭のようにしなる二つの雷撃を放った。


「おっと! 避けてみたりなんかして~」


 だがギドはふざけた様子で横に小さく飛び跳ね、ヒルダの魔法をあしらった。

 フランは右手に持っていた扇子でいなす。


「この女を殺して残りは五人。まるで子供のお使いのような任務ですねえ」

「ギド様、それは違いますわ。子供のお使いより容易いですもの」

「これはこれは! 一本取られてしまいましたねえ。それで、あなたに伺いますが――」


 ギドは不敵な笑みと共にヒルダを見た。


「――その男、死んでますよねえ?」

「《共鳴する聖球セイント・レゾナンス》!」

ヒルダの目が据わった。

ギドの質問を無視し、ヒルダは光球を放つ。

光球は地面を抉りギドとフランへ迫った。

だがギドは目前の魔法にニヤッと笑い、ゆっくりと手をかざす。


「《火炎の盾ファイア・ケイル》!」


 ギドの前に巨大な炎の盾が出現した。

 盾はヒルダの放った魔法を接触と共に止めた。

 勢いを殺され、光球は盾に付着したように動かない。


「光など火で焼いてしまいましょう! ぎぃぇえええええ!」


 その直後、光球を盾の火が覆い、ヒルダの立つ右隣へと跳ね返った。

 火を帯びた聖球の勢いは凄まじく、丘の一部が削れて消えた。

 横たわるエドワードの体が巻き込まれ一部損壊する。


「おや? 少し狙いがズレましたねえ」

「牽制のつもり?……」とヒルダは睨む。

「いえいえ、本当に馬鹿正直に打って外してしまったのですよ。と、そんなことよりフラン。もう飽きてしまいまし、そろそろこの女を殺してしまいましょう」


 その瞬間、ギドの姿が消えた。


「ぐはっ!」


 ヒルダはその一瞬でギドに殴り飛ばされてしまった。


「フラン。あの男の死体は使えますか?」

「難しいですわねえ。おそらく修復に時間が必要かと」

「上手くいきませんねえ。思い描いていたものがまた一つ、また一つと消えていく……仲間の死体と戦う騎士。そういうものも一興かと思い妄想していたのですがぁああっと!」


 ヒルダが体勢を立て直そうとしているところへ、空かさず蹴りを入れるギド。


「あっ……私としたことが」


 蹴りの衝撃により、ヒルダは丘の下へと転がり落ちていってしまった。


「あらあら、逃げられてしまいましたわね」

「お前が遊んでいるのが悪い」


 ユンは酷く苛立った様子でギドにそう言った。


「うるさいですねえ。とはいえ、もうミスは許されません。ここで殺すつもりでしたが、まあいいでしょう。フラン、私たちも戦場へおりましょうか。そろそろ彼らも弱ってきているころです。残りのモンスターもすべて使ってしまいしょう」

「分かりましたわ。では、わたくしは戦場の一凛の花となりましょう」

「一凛の……」

「ユン、余計なことは言わなくて良いのですよ。それより、あなたはここへ残ってくださいね。あなたに来ていただいても足手まといになるだけです」


 ギドを睨むユン。

 そんなユンを横目に、ギドはそう言い残し丘を去った。

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