第27話 龍の心臓

「まったく、王も人使いが荒くなりました。バジリスク程度であれば、ギルドの冒険者でも十分に倒せるはずです。それに“依頼が終わったらギルドへ”だなんて、エドワードもエドワードですよ。ギルドを通しているなら、わざわざ私に頼まなくても良いではありませんか」


 商人の町ウィークへと向かう道中、機嫌の悪いシエラさんは馬車の中で愚痴をこぼしていた。


 舗装のない道が平らであるはずはなく、現代人の俺に馬車移動は堪える。

 主に尻へのダメージが酷い。

 これならまだ《神速》で行った方がマシだろう。

 だがそのうち慣れてくるだろうと、しばらくシエラさんの愚痴を聞いていた。


「ねえ、ネムはどんなことができるの? 魔法は使える?」


 シャロンさん曰く、ネムは強いらしいが、トアも気になるのだろうか。


「魔法は知らないのです。でも猫拳なら使えるのです。昔……教えてもらったのです」


 まだ俺たちといることに慣れていないのか、ネム少し緊張気味だった。


「その猫拳ってのはなんなんだ? 武術か何かか?」


「ご主人様は猫拳を知らないのですか?」


「ああ、初めて聞いた」


「ではネムが説明するのです!」


 するとネムは突然、たくましい表情と共に馬車の中で立ち上がった。


「猫拳とは!――」


 俺とトアは「猫拳とは?」と同時に尋ねた。


「……ネムもよく知らないのです」


 何故かしんみりしたように大人しく着席するネム。

 訳が分からん。

 だがあえてツッコミは入れなかった。


「でも猫族に伝わる獣術の一つだということは知っているのです」


 十分知ってるじゃないか。

 急に雰囲気がしんみりするから変に気を遣わされた。


「なるほど、獣術の一種ですか」


 そこで愚痴っていたはずのシエラさんが会話に入ってきた。


「獣術とは獣族が得意とする武術のことです。それは獣族の中でも種族により様々で、ネム殿の故郷ではそれを猫拳と呼んでいたのではないでしょうか」


「つまり猫拳って名前の流派ってことか。でも魔法は使えないんだよなあ?」


「使えないのです。でもネムはキャットウィザードなので、勉強すれば使えるはずなのです」


「キャットウィザードですか!?」


 あからさまにシエラがさんが驚く。


「キャットウィザードって何?」


 どうやらトアは知らないらしい。

 もちろん俺にもさっぱり分からない。


「キャットウィザードというのは猫族特有の職業のことです。中でもそれは高位のものであるらしく、先天的なものだと本で読んだことがあります」


「先天的? ちょっと待ってください。じゃあ職業には先天的でないものもあるんですか?」


「もちろんありますよ。職業はそれぞれの成長に合わせてレベルアップすることがあります。私も以前は騎士でしたが、今は上級騎士です」


「じゃあヒーラーが、例えばプリーストになる可能性もあるんですか?」


「プリーストですか? それは不可能です。プリースト自体は希少ということでもありませんが、あれも先天的な職業ですから。それに各職業の派生先はおよそ解明されています。私の知る限り、ヒーラーに派生先はありません」


「……そうですか。それは残念ですね」


 ヒーラーは一生、ヒーラーの……最弱のままか。


「ご主人様はヒーラーなのですか?」


「ああ。だから傷を癒やしたりだとか、支援系の魔法くらいしか使えないんだよ」


「そうなのですか……」


 これでネムも俺を“ご主人様”とは呼ばなくなるだろう。


「ご主人様、安心してほしいのです! ご主人様はネムが守るのです! それにご主人様はネムを助けてくれたので、弱いはずがないのです!」


 ネムは無垢だった。


「それよりご主人様、町へはいつ着くのですか?」


「シエラさん、あとどれくらいですか?」


「明日には到着すると思いますが、今日は野宿か馬車の中で夜を過ごすことになりそうです」


「割とかかるんですね」


「ウィークは少し離れていますから仕方がありません」


「ところで、そのまま出てきちゃいましたけど良かったんですか? 少なくとも今日は王都には戻れないわけですよね?」


「エドワードに任せておけば大丈夫です。それに念のためアネットには連絡しておきました」


 いつの間に……そういう魔法でもあるのだろうか。


 そういえば龍の心臓の通称リア充から念話のできる指輪を貰ったが、あれと似たような物をシエラさんも持っているのだろうか。


「もしかして念話のできる指輪とか持ってますか? 実は俺も持ってるんですよ」


 俺はジークに貰った指輪を取り出して見せた。


「もちろん持っていますよ。白王騎士には所持が義務付けられていますから」


 どうやら指輪での会話は主流らしい。


「便利ですよね。どれだけ離れていても会話ができるなんて」


 だが現代人の俺にとっては当たり前のことで、それほど驚くことでもない。


「どれだけ離れていても、ですか? 私のこれは王国の中でしか使えませんよ? マサムネ殿のそれは、まさか国の外でも使えるのですか?」


「俺にこれをくれた奴はそんな感じのことを言ってましたねえ」


「だとすれば、それはかなり高価なものですよ。純度の高い鉱石か何かが使われているのではないでしょうか。でなければそこまで範囲の広い念話はできません」


 高級品か……売ったらいくらするんだろうか。


「その指輪をくれた人って、マサムネの友達?」


「友達ではないなあ。偶々知り合ったというか、いきなり襲われて返り討ちにしたら仲間に誘われたんだよ」


「え、襲われた? どういうこと?」


「そのままの意味だよ。暗い迷路みたいな場所を探検してたんだけど、気づいたら草原にいて、そしたら後ろにそいつらがいたんだ。その時点で敵意を剥き出しにしてたけど、何とか和解をしてその場を立ち去ろうとしたら、いきなり火を投げつけられたんだ」


「なんか、酷い話ね。それで返り討ちにしたの?」


「ああ。そしたら組織がどうとか聞いてもないのに説明されて、勧誘されて、返事は今じゃなくても良いからって、この指輪をくれたんだ」


「なんか、胡散臭いわねぇ……」


 手に取ると、トアはじろじろと指輪に疑いの眼差しを向けていた。


「ですが指輪はおそらく本物でしょう。よく分かりませんが、おかしな気配を感じます。ただどうも納得がいきません。組織の名前は聞かなかったのですか?」


「聞きましたよ、龍の心臓だって言ってました」


 俺がそう言った途端、二人の表情が同時に変わった。

 特にシエラさんは目を見開き驚愕している。


「なっ! 龍の心臓と言ったのですか!?」


「はい。知ってるんですか?」


「知っているも何も、おそらく知らない人などいません」


「ちょっとして有名な組織ですか?」


「有名どころか、多くの国で彼らは指名手配されています。それに多額の賞金もかかっています」


「まさか、犯罪者ですか?」


「彼らが行っているのは言わば政治家殺しです。横領や殺人などの罪を犯した権力者の殺害といったところでしょうか」


「そう言えば似たようなことを言っていました。汚職と腐敗の殲滅がどうとか、国盗りがどうとかって」


「なるほど、確かにその通りですね。彼らは王であろうと罪を犯した者は必ず殺します。それは国盗りとも呼べる所業です。トイラント王国の女王が彼らに殺されたあの一件などは、特に有名な話でしょう」


「トイラント王国?」


「知りませんか? かつてその国を治めていたプリファ王は、自分の国には可愛いものだけが溢れていればいいと大量虐殺を行ったのです。そして国民の半分以上が殺されました。年配の方はほとんど殺されたと聞きます」


「それで、プリファ王は龍の心臓に殺された訳ですか」


「はい。ですが殺されたのは王だけではありません。彼らは王だけでなく、その関係者すべてを殺害したと言われています。中には子供もいたとか……」


 まさかあいつらが子供まで殺すような奴だったとは……人は見かけに寄らないなぁ。


「トアも知ってたのか?」


「私はシエラほど知らないわ。ただ、前に父様がカーペントなんとかっていう知り合いの人が、そういう名前の組織を立ち上げたって母様と話しているのを聞いたことがあって」


「カーペントなんとか? なんだそれ」


「私もよく知らないのよ」


「マサムネ殿は、その誘いについてはどうされるおつもりなのですか?」


「……まだ分かりません。今度っていうのがいつなのかも分かりませんし、正直、今はどちらでもいいと思ってるんです」


 このままもう会うことがないなら考えるだけ無駄だ。

 指輪も売っぱらって忘れればいい。


「そうですか……ですが今や足取りすら掴めない彼らに遭遇するどころか、まさか勧誘までされていたとは、流石といいますか……いえ、流石です」


「そんな大した連中じゃなかったですけどね。それにあいつらに会ったのなんて結局のところ偶々ですから」


 そういえば、確かグレイベルクに行くと言っていたが、今頃あいつらはどうしているだろうか。

 まさか、あの国を亡ぼすつもりなのだろうか。


 そう思った時、ふと佐伯や一条たちの顔を思い出した……。

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