第10話 政宗、勧誘される

「少し手合わせしたい。それだけだ」ジークは鞘から長刀を抜いた。

「お前イカれてんのか」

「いや。至って冷静だが」不敵な笑みを浮かべるジーク。完全に壊れてやがる。おまけに戦闘狂か。


 蛇剣を抜いた。かといって剣の使い方など知るはずもなく。


「なんだその構えは。まるで隙だらけじゃないか」

「お気に召さないか、イケメン」


 見ぬかれた。当然だ。剣術など知らないのだから知らない。

 ブロンドの女が何か叫んでいる。

 どうやらこの男を止めたいらしい。

 ジークとやらにその気はないようだが。


「《火炎(ファイア)》!」


 右手の拳に火を灯し振り払った。

 直後、無数の火の玉が飛んでくる。

 一振りで無数の火を放つジークは、何度も振り払いとてつもない数の火球を放った。

 初めて目にする火の魔法。

 それを容易く使いこなす男。

 ヒーラーでさえなければ俺にもあんなことができたのか。

 と、 《神速》でよけた。


「これすらもよけるか。ならばこれならどうだ。《火炎の鉄槌ディボルケード》!」


 ジークの足元に赤く光る巨大な魔法陣が現れた。


「ジーク、やりすぎだ! 彼を殺す気なのか!」


 赤毛の男が訴えかけている。


「どちらにせよ俺たちの会話を聞かれたんだ。生かすべきではない」


 これはヤバい。俺の何かがそう告げている。

 ジークの頭上に凄まじい勢いで燃える巨大な火の玉が出現していたのだ。


「ジークとか言ったか」


 蛇剣キルギルスを異空間収納にしまった。


「何だ。ん。お前、それは異空間収納か。ふ……まあいい。もう驚きはしない。ところでなぜ剣をしまった。命乞いでもするつもりか」

「俺はそもそも剣士じゃない。それよりいま命乞いって言ったか?」

「そう聞こえなかったか?」


 火の勢いは強く、熱風で草木が揺れる。


「お前、職業は何だ?」気になり聞いてみた。

「教えるわけがないだろう」


 職業というのは安易に人に教えないものなのだろうか。

 教えてくれてもいいだろう。

 減るもんじゃない。


「……まあそうだよな」ここは合わせておこう。と 《真実の魔眼》を発動し、ジークのステータスを覗きみた。


ーーーーーーーーーー

ジーク・ラテュール・バッハ

Lv:48

職業:龍騎士

種族:人間

生命力:3936

魔力:2640

攻撃:720

防御:624

魔攻:720

魔防:432

体力:528

俊敏しゅんびん:864

知力:816


称号:龍の子

装備品:大太刀【一斬いちざん

固有スキル:残龍の力ドラグ・フォース

魔術:火炎ファイア守護炎陣ファイア・ウォール火炎の刃ファイア・アギト火炎の鉄槌ディボルケード稲妻の一流ライトニング・バース稲妻の刃ライトニング・アギト雷の槍サンダー・ランス稲妻の一速ライトニング・ソル羽織の雷装クオーツ・レイス稲妻ライトニング雷帝の憤怒ラース・イレ・インドラ

ーーーーーーーーーー


 レベルの低さはともかくとして、こいつもあいつらと同じか。


「羨ましいよ。そんな魔法が簡単に使えちゃうんだもんな」

「おかしなことを言う。まるで自分には使えないとでも?」

「ああ。使えないが?」

「まったくふざけた奴だ。あれほどの俊敏さを見せておきながら、剣もこれしきの魔術も使えないだと。どうやら人を馬鹿にするのが好みらしい」

「魔術なら使える。治癒魔法ならな」


 ジークの目がわった。

 奴巨大な火球が轟音を発しながら向かってくる。


「《術式破壊ソウル・ブレイク》!」即座に詠唱した。


 直後、迫っていたはずの巨大な火球は内側に吸い込まれるように収縮し消滅した。

 ジークの足元で赤く光っていた魔法陣は、まるでガラスが割れるように散った。


「……バカな」


 目の前で起きたことが呑み込めず、その場で固まるジーク。


 ところで何故、俺にこのような魔法が使えるのか。

 あれはシャオーンの亡骸と別れ、あの暗い階段を上っている時のことだった。

 ワインで酔っ払い気分の良くなった俺は、狭く暗い階段を破壊したくなり、何かいい魔法はないかと習得している魔術に片っ端から反転の悪戯をかけていった。

 その時、 《属性付与エンチャント》が反転し、俺のステータスに表れたのが 《術式破壊ソウル・ブレイク》というわけだ。


 能力は見ての通り術式を破壊するというもの。

 つまり魔法を消し去ることができるようだ。

 と、いま知った。


 説明欄には”術式を破壊する”ということしか書かれていなかったからだ。

 元が属性付与ということもあり反転後の能力については想像できていた。

 が、結論は保留にしていた。

 なにより勘違いという可能性があったからだ。

 術式という言葉の意味もわからないし、具合的に何を破壊するのかも分からない。

範囲は? 規模は? 分からないことだらけだ。

 結局のところ、実戦で使うまで分からないという結論を出したのだが。 腕を噛まれてからでは遅いし腹を刺されてからでも遅いわけで……。


 だが天は俺に味方したようだ。


「ざまあああああああ!」


 感情の収まりがつかず叫んでいた。


 ところでこの魔法は普通なのだろうか。

 答えはあそこにいるイケメンの表情を見れば分かる。

 さらにあいつらは 《神速》を目で追えなかった。

 あんな馬鹿デカい火を出せる奴がレベル48であることに対して、俺のレベルは697。

 つまり現時点で俺は最強!

 百歩譲って最強ではないとしても弱くはないはずだ。

 そこそこ強いはず。


「おい、イケメン」ジークへ近づいた。一歩一歩。「お前さあ。ここで死んどく?」


 ぐうの音も出ないらしい。

 イケメンは俺を睨みつけた。


「そっちが仕掛けてきたことだ。それでも心優しい俺はその人を開放してやった。にもかかわらず、あんたは背後から俺を襲ったんだ。分かるよな?」


 負けを認めたように膝をつくジーク。


「お前……術式を破壊したのか?」

「よく知ってるじゃないか」


 周知された魔法なのか、どうやら何か知っているらしい。


「化け物か……」

「化け物だと? 俺は人間だ。正真正銘のな。意味もなく襲ってきたお前の方が化け物だろ」


 そこまで言われないといけないようなものなのか。


 その時、背後のブロンドの女性がこちらを見ていることに気づいた。

 俺は目を逸らすように視線をイケメンに戻す。


 だが先ほどから胸のあたりにあるこの感覚はなんだろうか。

 前にもあったような……知っているはずの嫌な感覚だ。

 だがそれはジークと俺の間に彼女が割って入ってきたことで確信した。


「お願い。彼を見逃して。私たちにとっては大切な……大切な仲間なの」


 ブロンドの女は涙目で訴えかける。


 自分が虐められていた頃を思い出していた。

 佐伯は毎日「買って来い!」と俺をパシった。

 最初の頃、一度だけ断ったことがある。

 だけど殴られた。何度も何度も。

 なぜ今になってそんなことを思い出しているのか。

 いや、分かってる。

 昔の自分を重ねてしまったんだ。

 俺が佐伯みたいになってる。


「俺が悪いみたいじゃないか……」


 そうか……。

 こいつには仲間がいるんだな。

 俺にはいない、仲間が。


 彼らに言葉をかけることなく、その場を立ち去ろうとした。

 と、背後でまたあいつの声がした。


「待ってくれないか」ジークは立ち上がっていた。

「聞き飽きた」

「攻撃したことは謝る。すまなかった。ただ最初の時点でお前がただものでないことは分かっていた。だからあの程度なら簡単に避けられるだろうと思ったんだ」

「簡単なんて言葉を簡単に使うのはやめろ。あと少し遅かったら裾を焦がす程度じゃすまなかった」

「申し訳ない。ただ悪意はなかった。何も殺すつもりで攻撃したわけじゃないんだ」

「……」殺そうとしているように見えたがな。

「俺たちの仲間にならないか?」

「は?」


 唐突に何を言うのか。


「お前は馬鹿なのか?」

「おいジーク! お前――」と赤毛。

「大丈夫だ。分かってる」こちらへ振り向いた。「俺たちはある組織に属している。だが仲間は今のところ俺たちを含めて4人と少ない。だから旅をしながら仲間を集めているんだ」


 呆れて言葉も出ない。

 反省の色がない。


「誰でも良いというわけではない。俺たちの仲間になるには強さが求められる。だから……お前なら問題ないはずだ」

「問題大ありだろ。はい分かりました、とでも言うと思ったか。殺すつもりはなかっただと。バカにしてるのはお前のほうだ」

「ジーク、彼を私たちの旅には巻き込めないわ」と金髪。「彼は善人よ。あなたはそれでいいの?」

「罪悪感はある。だが躊躇っている時間はない。少しでも多く、強き者を集めなければならないんだ」

「それで、俺に何のメリットがある? まさかただで見逃せと言っているわけじゃないよな?」


 正直、俺にはもう殺す気がなかった。

 何と言えばいいのか……。

 別に同情したわけでもない。

 単純に気分が悪かった。

 ジークを守る金髪女。

 惨めな者を見ると自分を思い出す。


「なんでも望みのものを与える。金でも何でもだ」

「そんなものはいらない」


 一瞬、ジークの隣にいる女を見た。

 ブロンドヘアーに白い肌。まるで異世界だ。


「……ではエリザならどうだ」

「ジーク!」ほっぺを膨らませ起こる女。


 なるほど。こういう関係か。

 彼女はエリザというらしい。

 

 にしてもまた悪い癖が出てしまった。

 美人を見ると凝視してしまう癖を治さなければいけない。

 でないと異世界でもまた気持ち悪いと言われてしまう。


「別に欲しいものなんてない。あったところでお前らには叶えられない。というわけで、その誘いは断らせてもらう。じゃ」

「今じゃなくてもいいんだ。次に会う時までに決めておいてくれればそれでいい」

「次なんて分からないだろ」

「これを」


 そう言ってイケメンが差し出したのは指輪だった。


「俺たちが使っている連絡手段だ。魔力を流し込むと離れた相手と会話ができる」

「へー」


 電話みたいなものか。

 俺は指輪を受け取った。


「俺の名はジーク。こっちはエリザ、それからこいつはアルフォードだ」


 ジークは2人を紹介した後、先ほどのことをもう一度謝ってきた。

 それに続いて2人も「申し訳ない」と謝った。


「俺たちは龍の心臓という。組織の目的は汚職と腐敗の殲滅、そして世界の安寧だ」


 これは大きく出たものだ。

 だが俺も似たようなもの。

 あいつらを殺すことが俺の目的なわけだが、その中には姫や王様もいる。

 俺がやろうとしていることも同じだろう。


「言いたいことは分かった。とりあえずこれは貰っておく」戦利品だ。


 このまま殺しても全然問題ないのだが、何故か踏み切れない。

 侵蝕を広げれば、こんな奴ら一撃だろう。

 だがそれをしたくなかった。


 指輪を異空間収納にしまうと、3人はそれを興味津々という表情で見ていた。


「そんなに珍しいものなのか?」

「噂には聞いていたが。本物を見るのは初めてだ」

「それより。お前らはこれからどうするんだ?」

「グレイベルクに向かう」


 ここで聞き覚えのある名前が出てきた。


「一ヶ月前、グレイベルクが勇者召喚を行ったという情報がある。これから調査へ向かうつもりだ。もちろん仲間探しも兼ねてな」


 俺たちのことだ。

 まあ俺は勇者じゃないけど。

 ……ん? 一ヶ月前?

 どういうことだ。俺がこの世界に召喚されたのはつい数日前のこと。

 まだ一週間も経っていないはずだ。


「お前はどうするんだ?」

「えーと。とりあえず町にいきたいんだけど」


 頭をポリポリとかきながら辺りを見渡した。

 草原だ。

 町などどこにも見えない。


「それならラズハウセンに行くといいわ」とエリザ。

「ラズハウセン?」

「知らないの?」


 エリザは不可思議な顔をした。


「この辺りじゃ一番大きいんじゃないかしら。王都ラズハウセン。ここを南に真っ直ぐ、3日ほど歩けば着くわ」


 3日……。

 だが車も飛行機もない世界だ。

 普通なのだろう。


 ここはラズハウセンとかいう国の傍だそうだ。

 どうやらグレイベルクからは離れてしまったらしい。

 まあいい。

 今の状態でグレイベルクに行ったところで、復讐が成功する保証はない。

 とりあえずラズハウセンに行くか。

 先のことはそれから考えるとしよう。


「ラズハウセンか。行ってみるよ」

「ところでまだ名前を聞いてなかったな」とジーク。

「ああ、俺は……」


 どう名乗ろうか考えていた。


「ニト」


 シャオーンの聞き間違いから出た名前だが、丁度良い。

 これでいこう。

 偽名については必要かどうかが分からない。

 が、ひとまずだ。


 ジークは「考えておいてくれ」と別れ際にそう言った。

 あいつが俺に背を向けた時、次は俺の番だと一瞬思ったがやめておいた。

 また3度目があるんじゃないかと疑ったが、一向に攻撃してくる気配はなかった。


 結局あいつは仲間にしたいが為に、様子を見ていたということなのか。

 これが異世界人のやり方か。

 だとすれば俺は慣れなければいけない。

 文化の違いに。

 異世界は無法地帯なのだろう。

 今そう考えておこう。

 詳しいことは徐々に知っていけばいい。


「よし行くか!」


 釈然としない心境のまま、草原を歩き出した。

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