第11話 馬車の中で

 あいつらと別れてから、一体どのくらい経ったろうか。

 異世界を旅してるのにモンスターが一匹もいない。


「暇だ~」異空間収納からワインを取り出しかぶ飲みした。


 肉が喰いたい。

 そういえば異世界に来てからワインとチーズしか口にしてない。

 ワインもチーズも腐るほどあるために食料には困らないが、それでは腹が満たされない。

 いや、チーズは元々腐っているようなものか。

 とにかく肉だ。

 王都についたら真っ先に肉を食べよう。

 そう心に誓った。


「にしても暇だ」空を見上げながらあくびをする。


 その時だった。

 草むらから何か音が聞こえた。

 ビクッと、音のする方へ目をやった。


「なんだ?」草むらが揺れている。


 凝視した。

 と、音の正体が姿を現した。


「ん。狼か?」


 モンスターが草むらから飛び出してきた。

 そして俺は、気づくとあっという間に数匹の狼に囲まれてしまった。


「これでこそ異世界だろう!」


 久しぶりの戦闘に興奮してきた。


「この鬱憤を晴らすには丁度いいな。侵蝕を一発かましてやってもいいが……」


 スキルでモンスターのステータスを覗いた。


「やっぱりモンスターにも使えるみたいだな。いや使えなきゃ変だ」


ーーーーーーー

ハンティングウルフ

Lv:8


非常に狩りに優れたモンスター

牙や爪による攻撃を得意とする。

ーーーーーーー


「レベル8だと」驚愕する。


 ここに来てまさかのレベル8。

 おかしいとは思っていた。

 あいつでさえ48だったから。


 シャオーンがいたあの迷宮は少し常識はずれな場所だったのかもしれない。

 ハンティングウルフをみて思った。


「それにしてもよく生きて出られたもんだ」今になって迷宮攻略の功績が感慨深く思えてきた。


 ハンティングウルフは唸るばかりで襲う気配がない。

 何故かやたらと俺を警戒するハンティングウルフ。


「なんだよ?」疑問しかない。「そっちがこないならこっちから。って言うお決まりなセリフを異世界に来たから言ってみたい気もするが……」

「伏せてください!」その時だった。


 どこからともなく声がした。

綺麗な銀色の髪をなびかせながら、一人の美女が現れた。

 刀身の細い剣で次々とハンティングウルフを切り伏せていく。


ーーーーーーーーーー

シエラ・エカルラート

Lv:32

職業:上級騎士

種族:人間

生命力:2080

魔力:1760

攻撃:576

防御:608

魔攻:608

魔防:576

体力:544

俊敏:512

知力:480


装備品:レイピア

魔術:氷の風激アイス・ウィアード氷の一速アイスド・ソル氷の大刃アイス・プロアギト

固有魔術:氷冷の風剣フリーズ・フェザー

ーーーーーーーーーー


「シエラ?……あれは、レイピアか」


 呑気にそんなことを言っていると、目の前で唸っていたはずのモンスターたちはすでに血を流しすべて絶命していた。


「危ないところでしたね。お怪我はありませんか?」


俺の戦利品たちが……。

俺の楽しみを奪いやがって。


「いやあ。助かりましたよ」

「ん? 危ないところを助けられたというのに、あまり嬉しそうではありませんね。むしろ何故か恨みのようなものさえ感じます」

「恨み? そんなわけないじゃないですか。いやー、ホント助かりましたよ。後少し遅かったら間違いなく奴らの腹の中でした」


 女はじーっと俺を見つめた後、「そうですか」と言って微笑みかけた。


「シエラ殿!」


 そこへ一台の馬車がやってきた。

 偶然にもこの馬車は王都ラズハウセンに向かうらしく、俺は同行させてもらうことにした。







「私はウィリアム・ベクター。こっちは護衛のケイズです」

「ケイズです。よろしくお願いします」

「私はシエラです。シエラ・エカルラートと申します」

「俺はニトです」

「ん、変わったお名前ですなあ」


 見た目30代後半。

 若々しさの中にも貫録があり、気品の溢れるこの男性はウィリアムさん。商人をしているらしい。

 偶然通りかかったのはラズハウセンへ商品を送り届ける道中だったからだそうだ。

 無償で護衛を頼まれることと引き換えに、馬車に乗せてもらった。


 どうやらシエラさんも俺と同じく、王都へ向かう途中にウィリアムさんと出会い、護衛と引き換えに乗せてもらっているとのことだった。

 自己紹介が終わった後、話はあの場に居合わせた経緯に移った。


「それにしても飛び出して行かれた時は何事かと思いました」とウィリアムさん。

「飛び出して行ったんですか?」

「ええ、気配がするとだけ言い残されて、飛び出して行かれましてね。いやはや、いったい何が起きているのかと思いましたよ。ですが流石、噂に名高い白王騎士ということでしょうか」

「とんでもありません」何故か頬を赤らめるシエラさん。

「白王騎士って何ですか?」

「御存知ありませんか?」


 ウィリアムさんは少し驚いた表情をしていた。


「王都ラズハウセン。そこには何代にも渡りその地を治める王がいます。そして現国王であるアーノルド・ラズハウセン――その王の直轄部隊こそ、白王騎士団なのです」


 王様の直轄?。

 それはどのくらいすごいことなのだろうか。

 この世界の常識を知らない俺には分からない。


「しかし実態は不明。よほどのことでない限りは公の場に姿を現すことはないとまで言わている白王騎士団の方に、まさかこんなところでお会いできるとは夢にも思いませんでした」


 シエラさんは「それほどでもありません」と言いながら、相変わらず頬を赤らめていた。


 それにしても銀髪だ。

 ウィリアムさんの言葉を借りるわけではないが、俺も銀髪の美女に会えるなんて夢にも思わなかった。


「ですがその若さで白王騎士団に所属されているとは、シエラ殿は流石ですな」


 ウィリアムさんはそう言った後、女性に年齢の話をするのは失礼でしたと頭を下げながら謝っていた。


「私もあなたのことは知っていますよ。ウィリアム・ベクター殿」

「これはこれは、シエラ殿にご存知いただいているとは光栄の極ですな」

「ウィリアムさんも有名な方なんですか?」

「いえいえ、シエラ殿の足元にも及びません」

「ご謙遜を。商人の世界でウィリアム・ベクターを知らぬ者はいないでしょう」


 ウィリアムさんはその筋では名の知れた方で、様々な国に数多くの商品を卸しているらしい。

 中には市場に出回らないような希少な物もあるということだった。


「ところでニト殿は何故あんなところにおられたのですか?」とウィリアムさん。

「俺は……気まぐれと言いますか、少し冒険に出てみたくなりまして」


 まったく要領を得ない発言に俺自身が呆れる。


「と言うことはギルドに行かれるのですね?」シエラさんはそう言った。

「ギルド?」

「違うのですか?」

「ああ、そうなんです。ギルドに用がありまして……」

「やはりそうでしたか。でしたら王都に到着後、私がご案内しましょう」

「羨ましいですな」とウィリアムさん。


「ところでニト殿はご職業はどういったものを……」


 嘘は言えない。

 何故ならこの場を切り抜けられる嘘が思いつかないからだ。

 剣士と言ったらどうなるだろうか。

 剣ならある。

 だがすぐにバレてしまうだろう。

 何しろこの正面にいるのは白王騎士団とか言う凄腕の騎士らしいからだ。

 ソーサラーもダメだろう。治癒系しか使えないのだから。

 いや聖女の怒りがあったか。

 いや、やめておこう。「聖女、どんだけ怒ってんだよ!」とか言われそうだ。


「ヒーラーです」

「なんと!」ウィリアムさんだった。「これはこれは……そうでしたか。ならばパーティーを組まれるのですか?」

「見つかればいいんでけど……」軽く苦笑いしておいた。

「ならば私がギルドに話を通しましょう」とシエラさん。「ここであったのも何かの縁です。ヒーラーはただでさえ冒険者としてやっていくのが難しい職業ですので、私がご助力いたします」


 やはりそうだったのか……ヒーラーは。

 隣でウィリアムさんが「プリーストならまだどうにかできましたでしょうに」と傷口に塩を塗るようなことをさらっと言った。


「大丈夫ですよ。ヒーラーでも共に冒険してくれる仲間は見つかりますから」


 ならばお前は見たことがあるのか、と聞きそうになったが喉の辺りで止めておいた。


「世の中には自分の職業に自信を持てず、その一歩を踏み出したくても踏み出せない方々がたくさんいます。ニト殿、あなたが最初の一人になりましょう」


 いや、だから踏み出すも何も、こっちは冒険者になるって最初から言ってんだけど。

 それに「自信を持てず」って。

 まったく大きなお世話だ。


「最初の一歩を踏む出すんです」と付け加えたシエラさん。

「ははは……とりあえず頑張ります」

「その意気です!」


 少し天然な人なのだろか?

 とりあえず案内だけはしてもらおうと思う。

 後は期待しない。


 それより馬車が揺れて尻が痛い。

 これもファンタジー要素の一つだろうか。

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