第9話 晴天に襲撃

 階段をひたすら駆け上がっていた。

 この登っても登っても先の見えない階段を。


 最初は走っていたが精神的にきつかった。

 精神はレベルを上げてもどうにもならないらしい。


 息抜きに蛇剣を眺める。

 先ほどシャオーンからドロップした蛇剣キルギルスだ。

 蛇のような装飾。

 そして刀にも似た刀身。

 これで俺の装備が一つ増えた。


 だが俺に使えるのだろうか。

 野菜くらいなら斬れるだろう。

 別に振れば誰だって傷つけられる。

 でもそれだけ。

 今の俺にはそれで十分かもしれないが、いつまでたってもヒーラーである俺にはそれしかできないのだろう。


 シャオーンから得たものは蛇剣だけではない。

 それは経験値だ。

 マッドアイとシャオーンという一匹と一人分の経験値により、またしても俺は大幅なレベルアップをした。


 まずはマッドアイだ。

 こいつを倒した時、レベル212からレベル318に上がった。


 そして問題は蛇の王シャオーンだ。

 奴のレベルを知った時、俺は貯蔵庫から持ってきた勝利の美酒を口から吐き出した。

 何とレベル916もあったのだ。

 これでレベル318からレベル697に上がった。

 もはやレベルは数字にしか見えず、そこに感動はなくなっていた。


 そういえば、称号の欄に 《蛇王神の友人》が追加されていた。

 シャオーンのことだろうか。

 だが奴は蛇の王ではなかったか。

 その辺りは分からない。


 そして、忘れてはいけないのが女神の加護による戦利品。

 固有スキル 《神速》を選んだ。

 これが奴の速さの正体らしい。

 他にもスキル 《熱感知》や魔術 《猛毒の奔流シャフォール・ポイズン》。召喚魔術 《大蛇ヒドラ》というものまであった。

 正直どれも捨てがたかったが、あの速さには替えられなかった。


 そして一つ気になったことがある。

 これまで粒子となって消えた奴らと違い、シャオーンは消えることなくその場に死体が残っていたのだ。

 何か違いがあるのだろうか。

 外に出たら調べるつもりだ。

 

ーーーーーーーーーーー

ヒダカ マサムネ

Lv:697

職業:ヒーラー

種族:人間

生命力:41820

魔力:34850

攻撃:6970

防御:6970

魔攻:6970

魔防:6970

体力:6970

俊敏:6970

知力:6970


状態:異世界症候群

称号:転生者/復讐神の友人/蛇王神の友人

装備品:聖女の怒り/蛇剣キルギルス

スキル:王の箱舟/ミミックの人生/真実の魔眼

固有スキル:女神の加護/復讐神の悪戯・反転の悪戯【極】/神速

魔術:治癒ヒール治癒の波動ヒール・オーラ状態異常治癒エフェクト・ヒール属性付与エンチャント攻防強化付与オディウム・オーラ

ーーーーーーーーーーーー


 シャオーンの忠告もあり自分の異常さが分かってきた。

 もう誰にも負ける気がしない。

 だが当分は様子を見ながら行動するつもりでいる。

 技をひけらかすような事はしない。

 そこはしっかり忠告を聞いておこう。


 痛いのはもう嫌だ。

 腕を噛まれるのは嫌だし、腹を刺されるのはもっと嫌だ。

 だから警戒は怠らない。

 それから油断もしない。

 あいつらを殺すまで死ねないから。


 なぜだろうか。

 殺すという言葉を使っているのに気持ちが清々しい気がした。







 この階段を上り始めてから一時間は経過しただろう。

 出口はまだ見えない。


 ワインで喉を潤す。

 貯蔵庫にあったワインはすべて、スキル 《王の箱舟》に収納してある。

 樽に入っていたものも含めてすべてだ。


「進む方向間違ったかなあ。シャオーンに聞いとくんだったな」


 壁に灯された松明が下にも上にも果てしなく続いている。

 空になったワインのボトルをその場に置き、異空間収納からまた新たにワインボトルを取り出した。


「《状態異常治癒エフェクト・ヒール》!」


 先ほどから酔っぱらっては魔術で酔いを治し、またワインを飲むということを繰り返している。

 魔法は万能だ。


「これだったらいくらでも酒が飲める」


 再び階段を上り始めた。

 足を上げ、次の段に右足を下ろそうとする。

 その時だった。


――『それは……本……当……なの……』


 微かに誰かの声がした。

 そして右足を次の段に下ろした瞬間、信じられない現象が起きた。


「は……。嘘、だろ……」


 松明の明かりしかない暗い階段を上っていたはずだ。

 だが俺は、木々や野原が生い茂る、大草原の真ん中にいた。

 天候は快晴である。


 驚きのあまり開いた口が開いたままだった。

 ワインボトルだけは落とさない。

 急に光が入ったせいで目が痛い。

 だが直ぐに慣れた。


「どうなってんだ。俺は確かにいま階段にいて……」


しかし直ぐに状況を理解した。


「転移か……」


 経験したことのあるこの感覚。

 どうやら転移したらしい。


「そうか。外に出られたのか……」


 と、そこで突然の幸福に襲われた。


「来たぞお! ついに異世界にきたんだ!」


 この青い大空が視界に入ってきた時、俺は自分が異世界に来たことを再確認し、同時に大きな喜びを感じた。


「そうだよな。異世界なんだよな。始まるのか、俺の冒険が……」


 ワインを一口のんだ。


「アルフォード!」


 突然背後で大声が聞こえた。

 ワインを飲みながら、声のする方へ振り返る。


「ゴクッ……ゴクッ……んっ! ゴホッゴホッ! なんだお前ら!」


 ワインでむせた。


 振り返ると、そこには黒いローブを身に着けた2人の男と1人の女が、鋭い視線を送りながら立っていた。


「助かったジーク。それよりもエリザ、ちゃんと見てたのか」

「みっ、見てたわよ。でも反応なんてなかったわ」


 赤毛の男と金髪の女が何やらも口論している。


「なるほど。反応なしか。何者だ、こいつ」


 赤毛の男がこちらをじっと見ている。


「誰であろうと関係ない。会話を聞かれた可能性がある。こいつにはここで死んでもらう」

「なあ、お前ら人間か?」


 俺は興奮を抑えられなかった。

 目の前に人間がいる。

 箱だと思ったらミミック。

 人だと思ったらモンスター。

 いや、シャオーンはモンスターじゃないのか。

 でもこいつらは人っぽい見た目だ。


 と、そこで俺は男の右手に注意がいった。

 先頭にいる黒髪の男が長い刀を持っているのだ。


「待て、待て、待て! 何だよいきなり」

「追手か? 見慣れない格好だが……どこの手の者だ?」


 何の話だ?

 黒髪の男は聞く耳持たずといった感じだ。


「お前、その物騒なもんしまってくれよ! こっちは手なんか出す気ないから」


 できれば戦闘などしたくない。

 あったばかりの人間を殺すわけにいかない。

 久々の人間だ。


「お前は誰だ。敵か。それとも……」


 魔術を使おうにも 《聖女の怒り》は 《王の箱舟》にしまってある。

 杖を持っていてはワインボトルが持てなかったからだ。

 とはいえ、シャオーンの助言もある。

 《侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ》はあまり使わない方がいいだろう。

 俺は左手にある蛇剣キルギルスを横目でチラッっと見た。


「答えないということは、前者でいいな」


 黒髪の男が刀を構えながらこちらに走ってくる。


「待てって言ってるだろ!」


――『固有スキル 《神速》を発動しました。以後、報告を省略させていただきます』


 こちらに近づいてくる黒髪の男の横を通り過ぎ、左にいる女の後ろへ回り込む。


「動くなっ!」


 俺は女の首元に蛇剣キルギルスを近づけ、叫んだ。


「エリザ!」と赤毛の男。

「動くなと言ったのが聞こえなかったのか?」

「貴様……いつの間に……」と黒髪。


 黒髪の男は目を見開き、まるで何が起こったのか分からないといった様子だった。


「これが最後だ。動くな。その刀を納めろ。それからそっちの奴。その手をどけろ、2度も言わすな」


 赤毛の男は腰に着けた剣に手を伸ばしていた。


「ジーク、私たちの負けよ。降参しましょう。私の包囲網に反応もなしに近づいてきたこともそうだけど、今の動き……私には見えなかった。あなたには見えた、ジーク」


 万が一の時は 《神速》で逃げればいい。

 こいつら見えてなかったみたいだしな。


 俺がそんなことを考えていた時、黒髪の男がふと笑った。


「次元が違うか……。分かった。降参する。彼女を開放してくれ」


 黒髪の男は刀を鞘に戻した。


「は?」何だそれ。「なんだお前ら、俺をはめる気か」

「そうじゃない。もう手は出さないと言ってるんだ。だから彼女を放してくれ」

「みんなそうやって嘘をつくんだよなー」

「嘘じゃないと言ってるだろ」


 黒髪の男はめんどくさそうに答えた。

 刀が気になってしょうがない。


「居合切りすんだろ?」

「は? するわけがないだろ。もう手は出さない。約束しよう」


 黒髪の男は落ち着いた様子で頭を下げた。

 俺はブロンドの女を開放してやることにした。


「ありがとう」


 女は礼を言った。

 って、よく見れば美女じゃないか。

 いや、よく見なくても美女だった。

 俺はこんな美女を殺そうとしていたとは。

 こんな美女の首筋に剣を当てていたとは。

 少し手が震えた。


 女は何かを見抜くように俺を見てくすっと笑った。

 少し見惚れたからと言って、馬鹿にするのは止めていただきたい。

 この手の女の悪い癖だ。


「じゃあ俺はこれで」

「ちょっと待ってくれ」


 この場を立ち去ろうとした時、また背後から声がした。


「まだ何か用でも?」

「俺はジーク。一つ頼みがあるんだが」

「名前なんか聞いていない」

「俺と一つ、手合わせしてくれないか?」

「ちょっとジーク! あなたまさか」


 金髪女がジークと呼ばれる男と何か問答を始めた。

 まったくこいつらは何がしたいのか。

 その間、俺は置いてきぼりだ。


 面倒な奴らに捕まってしまった。

 どうせ転移させられるなら、もっとマシなところにしてほしかった。


「なあ、もう行ってもいいか。だいたいお前とそんなことして俺に何のメリットがあるんだよ」

「それは……」

「急いでるんだ。じゃあな」


 奴らに手を振り歩き出した。

 その時だった。


「《火炎ファイア》!」


 声が聞こえ勢いよく振り向いた。


「おいおいおい!」


 無数の火の玉だ。

 俺の方へ空気を焼きながら火が飛んでくる。

 ギリギリで 《神速》を使いよけた。

 だが制服の裾が少し焦げた。

 あと少し気づくのが遅れていたら、この程度ではすまなかっただろう。


「お前、どういうつもりだ!」


 この世界の奴らは、あの姫様にしろ王様にしろ、どうやら人を裏切るのが好きらしい。

 目の前の男は笑っていた。

 シャオーンの言葉もある。

 できればしたくはなかった。


 だが早々に人を殺すことになりそうだ。

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