第2話 勇者召喚

「成功しましたぞ陛下!」

「とうとう私たちは成功したのですね!」


 意識が戻り目を開ける。

 俺はどこかも分からぬその場所に直立していた。


 目の前に老人が見える。

 清潔感のある茶色のローブを纏い、白い髭を蓄えた老人だ。


 純白の白いドレスに身を包む美女の姿もあった。

 艶のあるブロンドヘアーとシミ一つない透き通った白い肌をしている。

 興奮した様子で「成功した」と繰り返し歓喜している。


 二人は玉座のような椅子の左右に分かれてっ立ていた。

 赤い布地に、金色で縁取られたその椅子に深々と腰かけるのは、横柄な態度でこちらを見下ろす、ブロンドの髪と髭を蓄えた男だ。

 その風貌に、威厳を感じた。


「アルバート、これでそなたのこれまでの努力も報われよう」

「ぐすっ、勿体もったいなきお言葉」


 涙をそでで拭いながら一礼する老人へ、


「良いのだアルバート」と王様は微笑んだ。


「意味の分からねえことを言ってんじゃねえ」


 怒号が聞こえた。

 俺は、声のした方向へ振り返った。

 そこにいたのは佐伯だった。

 他にも、二年三組の生徒の大半が集まっているようだった。


「何が魔族だ戦争だ、こっちは迷惑してんだよ。せっかくの昼休みが台無しじゃねぇか、お前ら分かってんのか、これは誘拐だぞ」


 ここはRPGによく出てくるような玉座の間だろうか。

 建物を支えているらしき各支柱の前には、銀の鎧に身を包む兵の姿も見え、彼らはそれぞれ槍を構えていた。凝った演出だ。


「なにが勇者召喚だ、ふざけやがって。さっさと解放しやがれ」


 チンピラの剣幕で玉座へ怒鳴りつける佐伯。

 なにやら俺の意識が飛んでいた間に話が行われていたようだ。

 佐伯は何を怒っているのか。


「国王陛下に向かって何という——」


 衛兵数人が佐伯の周りを囲み、槍を向けた。

 あれほど威勢の良かった佐伯が表情を引きらせ物怖じしている。

 その背後では震えている木田の姿があった。


「よい」


 だが「陛下」とやらの声が響くと、彼らはあっさりと槍を納め元の位置に戻った。

 統率された者たちだと分かる。


「長らく魔族との戦争に身を投じてきたが、未だ終戦には至っていない。奴らの魔力は恐ろしく強力だ。幸運にも魔族に対抗しうるだけの力を我らは持っていた、だが数は減少し枯渇の一途を辿っている。勇者召喚により呼び出された者は神の加護を受け、恩恵なる能力を宿すと文献には記されておる。どうか力を貸してはくれまいか」

「俺たちを元の場所へ帰せ」

「申し訳ないとは思っている。だが召喚した者を帰す術はない。そなたらはもう、ここで生きていくしかないのだ」

「帰れない訳ねえだろ。何が召喚だ、馬鹿にするのも大概にしろ」


 佐伯いわく、俺たちは誘拐されてしまったらしい。

 それも異世界に。


 佐伯は怒りの形相で玉座の王を睨んでいた。

 そんな佐伯へ、王は何やら静かに手の平をかざした。

 王の不思議な行動に、佐伯は眉間にしわを寄せ反抗的な態度で睨みつけた。

 対し王は小さく何かを呟く。

 佐伯は言葉を遮られたと勘違いしたのか、「もっとはっきり喋れ」と威嚇した。


 そこで突然、王の手の平が青く光った。

 次の瞬間には空気を振動するような衝撃音と共に、青く光る球体が王の手の平より放たれていた。

 それは俺たちの目前に迫ったかと思うと、佐伯の足元で小さな爆発を起こし光の粒子となり消えた。


 佐伯は足元を恐々と窺っていた。

 そこには焦げ付いた跡があり、辺りには焦げ臭いニオイが広がった。


「驚かせてしまい申し訳ない、これは魔法という。だが信じぬ者に説明するのは難しい。信じてほしいだけなのだ、どうか許してほしい」


 王は静かに、穏やかな表情で語った。


「ところでそなた、名をなんと申す」

「佐伯」


 答えるまでには間があった。

 王は佐伯へ語りかけた。俺たちへも視線を向け、この国のことを話し始めた。

 

 気づくと俺はその話にワクワクしていた。

 異世界に魔法、王様に、聞いたこともない種族。


「何が言いてえんだよ、はっきり言えよ」


 だが佐伯にとってはそうでもないようだ。

 王の魔法を見て畏縮したように見えたが、いつも通りらしい。


「さっきから話がなげえんだよ」


 そこに一人の生徒が割って入る。


「佐伯くん」

「何だよ」

「申し訳ございません、その……陛下、少し彼に話があります」


 一条幸村。

 毎日のように女子に囲まれバラ色の学生ライフを送るイケメンだ。

 そんなリア充が何をするつもりなのか。


「佐伯くん、俺たちは刃物を持った衛兵に囲まれている。つまり、王様の一声でいつでも殺せる状況にあるんだ。勝手な都合で召喚されたとはいえ、もう仕方のないことだと思うし、俺たちは右も左も分からない状態なんだ。とりあえず、その横柄な態度は引っ込めて、話を最後まで聞くべきじゃないか。怒鳴るのはそれからでも遅くないだろ」


 佐伯をさとす一条の両腕には、二人の女子がしがみついていた。

 真島と木原だ。

 二人は恋した乙女のような瞳で一条を見上げていた。


「佐伯空気よまなすぎ~」


 右腕にしがみ付く女は真島京香まじまきょうか

 日焼けした肌に後ろでまとめた茶髪。

 ピンク色のセーターを腰に巻きつけている。


「そうそう、ちょっと黙ってて欲しいんだけど」


 左は木原まどか。

 白い肌にブリーチで傷んだ金髪。

 同じく腰にはピンクのセーターだ。

 真島と揃えているのだろう。


「もう、よいか」


 二人の会話を王が遮った。

 一条は「申し訳ございません」と一礼し、佐伯は不貞腐れた顔で向きなおる。


「悪いようにはせぬ、ただ魔族から助けてほしいだけなのだ。ここには寝る場所も、食事も服も、そなたらに必要なものは完備してある。しかし一歩でも国の外に出れば、そこはそなたらにとって未知の領域。今のそなたらでは太刀打ちできん」


 ここにいれば、安全に安心して異世界ライフを楽しむことができる。

 王はそう言っているんだ。


「文献によれば召喚された者はこの世界のことを何も知らぬとあった。そうなのであろう? ならば結果は明白だ。ここより安全な場所などない」


 金髪の美女と白髪の老人、玉座の王が改まったように俺たちへ向き治った。


「どうか我々を……この国を救ってほしい。この通りだ、勇者、、たちよ」


 王は悲痛の表情で、俺たちに頭を下げた。


「俺たちはただの高校生だ、流石に冗談きついぞ」


 佐伯が小馬鹿にするように言った。


「冗談などではない。我らが行ったのはただの召喚魔法ではないと、そう申したであろう」

「勇者召喚だったか」


 王が頷く。


「勇者召喚により呼び出された勇者は、先ほども言ったように高い能力と上級職を授かる。さらに職業に《勇者》を持つ者は、それすら上回る高い能力を得ると言われている」

「ここからはわたくしが説明させていただきます」


 玉座を正面に左に立っていた金髪の美女が前に出た。

 名をアリエスと言うらしく、王に代わり説明を始めた。

 その美貌と豊満な肉体に一瞬、心を持っていかれそうになったが、直ぐに目を逸らし平常心を保った。


「まずステータスの確認をしていただきまして、《職業欄》を見て頂きます」

「すいません、ステータスはどうすれば確認できるのでしょうか」


 尋ねたのは一条だった。

 見ると両脇にいる真島と木原も首をひねり互いに顔を見つめ合っている。


「ではまず“ステータス”と復唱してください。その後、目の前に表示されるはずです」


 その簡単な説明を経て、それぞれは早速、声に出し始めた。

 各々そこに表示されたステータスの職業欄を確認していく。


「アリエスさん、ちょっと見てくださいよ」


 目立ちたがり屋な声が聞こえた。

 無論、佐伯のことだ。

 先程まで横柄な態度であったはずの佐伯が、今は敬語。

 どういうことなのか、幸せそうに微笑んでいる。

 自身のステータスを覗き込むアリエスさんに、鼻の下を伸ばし、いやらしい顔をしている。


「こ、これは」


 アリエスさんが喜びの声を上げた。


「陛下、佐伯様の職業は賢者です。ステータスも初期レベルとは思えない数値であり、さらに火属性の上級魔術――《火炎の鉄槌ディボルケード》まで習得されています」



《名前》サエキ ケンタ

《レベル》1 《職業》賢者 《種族》人間

《生命力》70《魔力量》60

《攻撃》15《防御》17《魔攻》25《魔防》20

《体力》15《俊敏》13《知力》17

《称号》勇者

《魔術》火炎の鉄槌ディボルケード



 その知らせに、王は傍に立つアルバートさんと喜びを分かちあっていた。


「陛下、勇者が出ました、勇者です」


 そこでまた喜びの声が聞こえた。

 広間は静まり返り、アルバートさんや王様だけで衛兵までもがざわつき始める。


 その渦中にいたのはイケメンリア充こと、一条だった。


「どこを見ても信じられないステータスです。さらに驚くべきことに、一条様は固有スキルに加え固有魔術までお持ちです」



《名前》イチジョウ ユキムラ

《レベル》1 《職業》勇者 《種族》人間

《生命力》100《魔力》100

《攻撃》20《防御》20《魔攻》20《魔防》20

《体力》20《俊敏》20《知力》20

《称号》勇者

《固有スキル》勇者の剣エクスカリバー

《魔術》火炎ファイア水流ウル雷電サンダー・ボルト風刃ソリード砂の槍サブル・ランス 

《固有魔術》爆轟烈覇エクスプロージョン



 徐々に体から力が抜けていく。

 世の中は残酷だ。

 そして理不尽。

 リア充はこの世界でも優遇されるのか。

 恵まれた者がさらに恵まれるなど、おかしな話だ。


 だがねたんでも仕方がない。

 勇者は一条で決定なんだ。

 ならば次は俺の番だろう。

 勇者でなくとも佐伯と同じ賢者か。

 それとも別の、何か強力な職業であることを祈る。


「ステータス」


 そう言えば。

 他の皆は普通に理解できていたようだが、俺たちはそのステータスとやらの内容は理解できるのだろうか。

 言葉が違う可能性がある。

 当然、文字が違えば読めないだろう。


 だがそこに表示されたステータスの職業欄には、それまでと変わらない現実が映し出されていた。


 職業 《ヒーラー》。


 それが俺に与えられた恩恵、、だった。

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