第3話 最弱という名の職業

 勇者。賢者。上級騎士。中にはプリーストという職業も。

 召喚された生徒は総勢21名。

 そのうち、ほとんどの生徒が攻撃系の上級職を授かった。

 そんな中、俺の有した職業は……ヒーラー。


 ヒーラーとはいわゆる回復職のことだろう。

 俺の認識が正しければそれで間違いないはず。

 いや待てよ。

 この世界でのヒーラーはもしかすると、勇者をもしのぐ”上級の中の上級”という可能性がまだ残っている。

 まずは確認だ。


「あの。すみません」

「どうされましたか」


 アリエスさんを呼びつけた。


「俺だけステータスの確認がまだなんです。見て頂いてもいいですか」

「そうでしたか。では失礼します」


 だがステータスを見るなり、アリエスさんの表情が次第に歪んでいくのが分かった。


「こ、これは……」

「どうしたんですか、アリエスさん」佐伯が横から現れた。

「なんだ、日高じゃねえか。そういやお前、職業なんだった? 仕方ねえからこの賢者である佐伯様が見てやるよ」


 賢者に選ばれたことがよほど嬉しいらしい。

 佐伯も俺のステータスを覗き込んだ。

 と、とたんに噴き出す。


「マジかよ。ぷっ……ぶはははははははは! なんだよこれ。日高。いくら何でもこれはねえだろ。ヒーラーってお前。真島でもプリーストなんだぜ。なのにお前ときたら」一条の腕にくっ付いている女子を指差してそう言った。

「あの、アリエスさん。ヒーラーって何ですか?」


 佐伯の評価でなく、この世界での基準が重要だ。

 万が一。ということもある。


「ヒーラーとは治癒職。つまり……最弱職です」

「最、弱……」


 絶句した。

 そんなはずはない。

 他は上級職だったじゃないか。

 何で俺だけが最弱職なんだ。

 在り得ない。どう考えてもおかしい。


「とりあえずステータスの数値を確認しましょう」


 アリエスさんの声はどこか冷たいものだった。


ーーーーーーーーーー

ヒダカ マサムネ

Lv:1


職業:ヒーラー

種族:人間

生命力:60

魔力:50

攻撃:10

防御:10

魔攻:10

魔防:10

体力:10

俊敏:10

知力:10


状態:異世界症候群

称号:転生者

固有スキル:女神の加護

魔術:治癒ヒール

ーーーーーーーーーーーー


「無能だとは思ってたけど。日高。お前、ここまでくると天才だな」

「どうしたんだい佐伯。そんなに大笑いして」

「おお木田。それがやべえんだって。日高のステータス見てみろよ」

「日高っちのステータス? ん……どれどれ」


 高笑いの意味が気になり木田も覗いた。

 ドンマイ、と俺の肩にポンと手をおいた。


「佐伯くん! またあなたは日高くんを!」


 河内さんだ。

 正直この人が嫌いだ。

 いつも佐伯の怒りを助長させる。

 いい加減なことしか言わないし……。

 おかげで佐伯はいつも余計に苛立つ。


「だってよ、ヒーラーはねえだろ。こいつ。この世界になにしに来たんだ。誰かを癒しに来たのか。違うだろ。俺たちは魔族と戦うために召喚されたんだろ。だってのに、これを笑わずにいられっか」

「そのくらいにしといたらどうだ」と一条。

「またお前か」

「君の人を馬鹿にした態度は目に余る。不愉快だ」

「不愉快ねえ。前から言おうと思ってたが、お前の方が不愉快だって知ってたか? 毎度、女子を侍らせやがって。ひがみじゃねえぞ。チャラチャラしてる割に聖人君子だとでも言いたげな態度でいやがる。不愉快極まりねえ」

「聖人君子か……」黙る一条。「ならば謝る。すまなかった。だがそれとこれとは話が別だ。お前の日高くんに対する行いは度が過ぎる」

「謝ってねえんだよ。お前はなあ」

「ちょっと、一条くんに噛みついて何がしたいわけ」と真島。

「そうよそうよ。一条くんは日高を虐めてる佐伯が悪いって言ってるだけなんだから」と木原。

「女はすっこんでろ!」怒号が飛んだ。


 佐伯の剣幕に2人は一条の後ろに隠れる。


 そこにアルバートさんが現れ、俺のステータスを覗きこんだ。


「アルバート、どうしましたか」

「少し気になりましてのお。何故お主だけ称号欄に“転生者”とあるのじゃ」

「転生者?」疑問を浮かべるアリエス。

「そうなのです。他の者は皆、勇者。なのに何故かこの少年だけが転生者なのです。とはいえ、その理由は本人に聞けばよいこと」


 アルバートとアリエスに加え、気づくとみんなが俺を見ていた。


「その。実は……」


 屋上から飛び降りた。

 などとは言えない。言いたくない。


「ふむふむ、なるほど。言いにくいか。なるほどの。事情は大体分かった。ならばこの話はまた後にしようかの。陛下」アルバートさんは王座へ体を向けた。「話を進めてもよろしいですかな」

「任せた」一礼しまたこちらへ体を向ける。「それでは皆のステータスも確認できたところじゃ。そなたらの今後について話したい。まずそなたらには学園へ入学してもらう。そこで魔法や剣術について学び、魔族に対抗しうるだけの力を身に着けてもらう。よって、今から転移魔法で学生寮へ移動してもらうことになる。移動した後はここにおられるアリエス様の指示に従うように」

「では皆さま。転移を行いますのでこちらにお集まりください」


それぞれが移動を始める中、佐伯が近づいてきた。


「やっぱお前、俺らのジュース買うくらいしか才能なかったな」醜悪な笑みを浮かべている。「まあ精々がんばれ。何もできねえよりはマシだろ。ヒーラーの方が。お前なんてこんなことにでもならなけりゃ、高校卒業したところでニートくらいしか道はなかったんだ。少なくとも職を与えてくれたあいつらに感謝すべきだろ。そうは思わねえか?」


 世界が変わっても、俺はまたこいつに虐められ続けるのか。


「佐伯くん、いい加減にしろと言っているだろ」

「うるせえ!」


また一条か。

辟易へきえきする。

佐伯も一条も河内さんもだ。


「一条くん」声をかけた。


 ”普段、何も言ってこない日高が初めて自分から話し掛けてきた”。

 一条のこの表情の意味はそんなとこだろう。

 だから結局、こいつも同じなんだ。


「もうそういうの、止めてくれない」疑問をぶつけた。

「ど……どうしたんだい急に」

「正義の味方気どりか。一条くんを見てると吐き気がする」


 こいつは自分の株を上げるために俺を助ける。

 いや、助けるフリをしているだけだ。


 佐伯の高笑いが聞こえた。


「だよな、日高。気持ち悪いんだよな、こいつ。分かるわー」

「君もだよ。佐伯。俺を虐めて楽しいか?」


 諸悪の根源。佐伯。

 こいつさえいなければ、俺の人生はもっと輝かしいものになっていたかもしれない。


「……言うようになったじゃねえか」佐伯が睨んだ。鼻にしわを寄せている。「どうなるか分かってんだろうなあ」

「分かりたくもない。君のことなんてどうでもいい」


 いつも通りの表情だ。

 だが初めて反抗的な態度を見せたせいか、少し動揺しているようにも見える。


「河内さん。いつも助けてくれてありがとう。面倒臭かったでしょ?」

「私はそんなつもりは……」

「嘘つかなくてもいいよ」


 こいつは一条とよく似たタイプだ。

 要は学級委員気取りなわけだ。

 人を助ける自分。つまり正義を為す自分に酔っているだけ。

 一条と河内……どちらの方がたちが悪いのだろうか。

 だが結局は同じだ。

 佐伯と変わらない。


「みんなは俺が虐められてる時、よく見て見ぬふりをしてたよね」全員の方へ体を向けた。「別に助けてほしかったわけじゃないんだ。一条くんに言ったことは本心。でも無罪だなんて思わないでね。君たちやここに召喚されなかった残りのクラスメイトも、大いに関係してるんだから」


 虐めがあったことなど知らない者もいるかもしれない。

 でも、だからそいつらだけ無罪とは思いたくなかった。

 

「アルバートさん。さっき俺のステータスを見て“転生者”という表記について聞いてましたよね」

「いかにも」

「でもそれは、不思議でも何でもないんですよ。だって俺は一回死んでますから」

「ふむふむ。そうじゃろうとは思っておったわい。そもそも転生とはそういう意味じゃからのお。それにのお、お主の目を見れば分かるわい。つまりそういうことじゃろ」

「はい、俺は自殺したんです。校舎の屋上から飛び降りて……」


 思ったよりも生徒たちの反応が薄い。

 本当に驚いた時というのは、表情に出にくいものなのかもしれない。


 そりゃそうだ。こいつらは俺を殺した。

 俺を死に至らしめた人殺しの傍観者だ。

 だから申し訳ないという気持ちすら表情に出来ない。

 分からないんだ。どうすれば償えるのか。

 そうだ!後悔しろ。見殺しにしたことを。そして詫びろ。

 土下座して謝れ。そして悪かったと言え。


「落ちて、意識が薄れかけた時。光が見えました。おそらく召喚の光だったんだと思います」

「ふむふむ。なかなか興味深い話じゃのお」


 何だこの爺は。それだけか。

 あまりにもあっさりし過ぎていないか?

 気色悪い。


「それだけか?」佐伯の問いが聞こえた。

「え?」いつも通りニヤニヤしている。

「えじゃねええよ。てめが自殺しようが俺らには何の関係もねえ」

「……は」整理が追い付かない。

「俺が今までのことを泣いて謝るとでも思ったか。お前、馬鹿か。後悔するくらいなら初めからやっちゃいねぇよ。元はと言えばてめぇが無能なのが悪いんだろうが!」


 俺が悪いだと。

 こいつは何を言ってるんだ。

 自殺したんだぞ。

 人を殺したんだぞ。

 何故そんな言葉が出てくるんだ。


「佐伯くん、よさないか!」一条。またこいつか。

「一条、お前も聞いてただろ。吐き気がするんだとよ。つまりこいつはそういう奴なんだよ。助けようとしたお前にすら暴言を吐くような奴なんだ。自分のことしか考えてないクズだ」


 うるさい。

 黙れ。

 死ね。お前なんか死んでしまえ。


「死にたきゃ勝手に死ねよ。そうしてくれた方が助かる。これから得体の知れねえもんに挑むって時に、つらいから死ぬだと? は? 同情誘ってんじゃねえよ」


 なんだこれ。

 言葉にならない。

 みんなが俺を見ている。

 何だ、その目は。 

 見るな……見るなよ。

 俺を見るな。


「日高くん。佐伯くんのことは放っておこう。さあ、魔法陣の中へ」

「一条……」


 話しかけるなよ。傍観者が。

 傍観者だから無実だと。

 関係ないと。

 そう言いたいのか。


「日高様。転移を行いますので、こちらへ」

「行かない……」

「は?」2回も言わすなよ。

「行かないと言ったんです」

「そうですか」落胆したようなアリエスのため息。「陛下。許可をいただけますか」

「任せる」


 俺は何も見えてなかったようだ。

 こいつらに心があると。

 どこかでそう信じていた俺が間違いだったんだ。

 気づくべきだった。

 こいつらは人の皮を被った化け物だと。


「日高様。実を言いますと日高様がヒーラーであると分かった時点で、日高様には皆様とは別の場所へ行っていただくことになっていました」

「……どういうことですか。別の場所?」

「転移場所はランダムであり私たちにも予想がつきません。そしてこれは救済措置として我々が設けたシステムなのです」

「救済措置?……。ということは、俺は助かるんですか? ヒーラーにも救いがあるってことですか?」


 どうやら俺にもまだ希望は残されているらしい。


「何を勘違いしてるのですか?」冷淡な低い声だった。「わたくしたちに対する救済措置ですよ!」

「…………え」茫然とした。

「だってそうではありませんか! この勇者召喚に一体どれだけの魔力と時間を費やしたと思っているのですか! それだけではありませんよ! 国民の、人の命まで犠牲にしなければ行使できないほどの魔法なのです! そこまでして召喚した者が、まさかヒーラーだなんて! 誰が想像できますか! わたくしは命を捧げてくれた者たちにどう説明すればよいのですか!」


 こいつは何を言ってるんだ。

 俺はなぜ責められている。


「はっ……はっ……はははははははは」気づくと俺は笑っていた。


 笑いがこみ上げてきた。


「あなたですよ、日高様! あなたに話しているのですよ! いったい何が可笑しいと言うのですか! あなたのような無能を召喚してしまった上に、さらにそれを保護するなど! この国に無能を手厚く保護するような無能はおりません!」


 やっぱり。

 俺って生きてちゃ行けないのかなあ。


「アルバート、転移の準備を! その無能を飛ばします!」

「ほっほっほっ。分かりました。姫様」


 姫様?


「そうかあんたはこの国の姫だったのか……」


 下らない。

 これが一国の姫だと。

 ふざけるな。

 こんな姫がいていいはずないだろ。


「無能に教える身分などありません!」


 そうか。

 これがこいつらの正体。

 この国の正体か……。

 はは。何が無能だ。


 足元を青い光の円が囲んだ。

 これで飛ばされ、捨てられるわけだ。

 みんな、俺を見て笑っている。

 俺が夢見た異世界とは何だったのか。


「な、やっぱ無能だったろ」佐伯も笑っている。

「この召喚に協力してくれた者たちの命を無駄にした罪! その身で償いなさい!」


 その時だ。

 俺の中に、何か悍(おぞ)ましい感情が沸き上がってきた。

 なぜ俺ばかりがこんな目に遭わなくてはいけないのか。

 なぜいつも俺ばかりが負けを背負わされるのか。


 こいつらは笑う。

 そして楽しむ。これからもずっとだ。

 俺が望んでいた異世界ライフを魔法や剣の授業と共に満喫する。

 一方、俺は訳も分からず飛ばされる。

 嘲笑あざわらわれ、罵られながら。


「この世界のどこに飛ばされても! 今のあなたが生き残るのは不可能でしょう! それほどにこの世界は厳しいのです! 恥を知りなさい!」


 こいつらを殺してやる。

 いや殺さなきゃダメだ。

 自然とその発想が浮かんだ。


「どうせろくでもない国なんだろ。そうだ。消してやるよ。この国ごと……」


 できるはずもない。

 が、これが今の俺にできた精一杯の反抗だった。


「遺言はそれだけですか? 愚か者は恥すらも理解できませんか!」

「外道が……」


 アリエスを睨みつけた。

 佐伯を。視界に映るそいつらを睨みつけた。


「笑いたければ笑うがいいさ」


 だが――


「必ず……殺しに来るからな。お前ら全員」


 睨みつけることしかできなかった。

 怒りで胸が張り裂けそうになる。

 だが決して最後まで目を閉じなかった。

 この光景を。

 殺したい奴らの顔をこの感情と共に、心に刻み込むために。


 全員一人残らず殺す。


 最後に見たのはあの女の笑った顔と、あいつらの見下した目だった。

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