ニトの怠惰な異世界症候群~最弱職〈ヒーラー〉なのに最強はチートですか?~

酒とゾンビ/蒸留ロメロ

第一章:【虐げられた者】

第1話 グッバイ! 日常!

 昼休みのチャイムが鳴る。

 いじめの始まる合図だ。


 今日も佐伯にパシらされる。


「おい日高、ジュース買ってこい!」

「じゃあ俺のも頼むね、日高っち」


 これは佐伯の金魚のフンこと、木田きだ

 俺は毎日のように二人に都合よく使われる。棒人間だ。


「うん……じゃあ、炭酸でいい?」


 何が“炭酸でいい?”、だ。気を利かしているつもりか。

 それは奴隷根性が染みついてきた証でしかないというのに……。


 これが俺の日常だ。

 高校に入学してからの二年間、今に至るまで俺はこの佐伯と木田の奴隷だ。

 虐められていると認めたくないから、あくまで佐伯とは友達であるかのように振る舞ってきた。

 無理やりやらされている訳ではないと、自分に言い訳できるギリギリの関係を演じてきた。

 でも自分に嘘をつくことはできない。

 そんな意味のない日々を過ごしている。


「佐伯くん、また日高くんを虐めてるの? 恥ずかしくないの、高校生にもなって」


 彼女は、学級委員の河内かわちさん。


「ちょっとジュース買いに行ってもらうだけじゃねえか。なあ日高、俺たち友達だよなあ」


 佐伯は、腹は殴っても顔は殴らない。

 パシる時は必ずジュース代を握らせる。


「そうだよ、河内さんの勘違いさ。俺たちはこれでも親友なんだから」と木田。


 親友と思ったことは一度もない。

 木田は天然と言えばいいだろうか。手を出すのは佐伯で、こいつはいつも傍で見ているだけだ。

 木田は自分が虐めに加担しているとは思っていないのかもしれない。

 そこが佐伯と違うところだ。

 無意識ほど性質たちの悪いものはない。


「日高くんも黙ってないで何か言ったらどうなの。虐められてるって、はっきりそう言えばいいじゃない」


「……虐められてない」


 河内さんの大きな溜め息が聞こえた。呆れたように苦笑いを浮かべている。


「日高くんは、それでいいの」

「言ってる意味が分からない」


 そう言い残し、教室を後にした。


 廊下にまで響く佐伯と木田の笑い声。

 人を馬鹿にして何が楽しいんだ。

 いや、楽しいのだろう。だからいじめはなくならない。


 虐めの四層構造という考え方がある。

 ――加害者、被害者、観衆、傍観者。

 つまり虐めの現場において無関係な者などいないという考え方だ。それぞれが作用し合い、その結果、俺は虐められている。

 でも現実は違う。

 誰もが関係ないと思っている。

 ただ楽しければそれでいい。

 他人を見下せればそれでいい。

 だから俺は自販機の前ではなく、校舎の屋上へとやって来た。


 もうほとんどの学校では、屋上への立ち入りが禁止されているそうだ。

 でも俺の通うこの学び舎では、屋上は解放されていた。

 つまり、こういうことだろ?


「生きるのが辛くなったら、いつでも飛び降りてどうぞ……」


 俺は正常ではないのかもしれない。


「でも狂ってるのは俺じゃなくて、この世界なんだよ……」


 そう声に出してみても何も変わらない。

 フェンスの先、その向こう側は大空だ。

 いつもと変わらない景色を眺めた後、柵をよじ登り俺は反対側へと降りた。

 空を見上げ、目をつむり深呼吸した。


 屋上には俺以外に、昼食を食べながら友人と楽しそうに語り合う何人かの生徒たちの姿が見えていた。


「ねえ、なんかあれ、ヤバくない」

「うん。先生呼んできた方がいいんじゃ」


 そうなんです。俺、これから自殺するんです。


 数人の生徒たちが小声で何かを語り合っている。

 急ぐように屋上を出て行く者の姿もあった。正義感ってやつか。

 無意味だ。余計だ。

 だかが人一人分の命だ。

 放っておけばいいのに……。


 教師とかいう分際が到着する頃には、俺は自由へ真っ逆さまだ。

 空はいつものように綺麗な灰色。

 校舎もグラウンドもアスファルトも、いつも通り全部同じ色に見える。


「……なんで飛び降りるのか、分かるか?」


 遅いくらいだ。

 もっと早く終わらせていれば良かった。

 もっと早くに……。


「じゃあ、みんな、さよなら」


 前のめりに体を倒す。足が地を離れる瞬間、力を抜く。

 俺はもう飛び降りていた。


 死にたかった訳じゃない。

 ただ生きたくなかっただけだ。

 お前らにはその違いも分からないだろう。

 ただ落ちていく。

 俺の考えもこれまでの時間も、すべて落ちていく。

 そして消えるだろう。

 まるで、初めから何も存在していなかったかのように。


 空中で体が仰向けになり遠ざかる屋上が見えた。

 まぶたが重くなり、次第に意識も遠いていくような気がした。

 その時だった。

 目の前に凄まじい光が飛び込んできた。

 それは視界を埋め尽くし奪った。

 その光景に対し、俺はもう深く考えることができなくなっていた。


 最後に見た景色は真っ白だ。

 果ても何も確認できない白。

 そして俺は、これまでのくだらない人生に別れを告げその生涯を終える。


 日高政宗ひだかまさむねは、死んだのだ。

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