在りし日の私たちへ Those Days’Memories

内川慶佑

第1話 全ての始まり

 今でも鮮明に覚えている。決して忘れることのない、大切な日々を――。


 セミがけたたましく鳴く、夏真っ盛りの8月。僕―――武田和弘はこの街に引っ越してきた。理由は極めて平凡。父の転勤だ。夏休みに入る少し前に突然そう告げられ、あれよあれよという間に気づけば今この街に住んでいる。

 友達はあまり多くは無かったけれど、夏休みは花火を見に行ったりセミを取ったり、それからキャンプをしたり―――、そんな約束をしていたから、やっぱり寂しいし、悲しい。

 お父さんは、

「友達なんてまたすぐできるさ。心配は要らないよ」

 何て言うけれど、人見知りの自分にそんな自信は無かった。


 やがて引っ越してから数日してから、ふと、自分が通うことになる小学校にまだ行ったことが無いということに思い当たった。当然だ。何せ今は心躍る夏休みなのだから!

 とはいえここ最近は、慣れない街でそうそう活発に遊びに出る気にもならなかった。丁度いい機会だ。夏休みも直に終わるんだし、いい加減少しは外に出ないと。


 お母さんに出かけることを伝え、玄関を開けて外に出た。とても、暑い。例えでもなく、焼け死にそうだ。夏の暑さは嫌いではない。とはいえ、限度はある。早速戻りたくなる気持ちを抑えて、僕は歩き出した。


 小学校は意外と近かった。お母さんから地図も貰っていたから、実際場所は分かってはいたにしても。家からは15分程だろう。

 それなりに大きく、改築をしたばかりだという校舎は中々に立派だ。ここに至るまでも、住宅街があったり、畑道があったり―――案外、面白そうなところだ。

「・・・これで、後はいい友達が出来ると良いんだけど」

 僕はそんなことを思った。まあ、できなかったらそれでも良いのだけれども。一人で本を読んだり、勉強をしたり、ゲームをするのも好きだ。


 そんなことを思いながら、燦々と煌めく太陽が少し疎ましく感じたので家に帰ろうとしていた―――のだが、

「なっ!?」

 公園の横を通り過ぎようとした時、突然右頬に痛烈な痛みが加わった。どうやらドッチボールとかで使うようなボールが飛んできたらしい、と地面に転がるボールを見て思った。

「わっ!大変!すいません、大丈夫ですか?」

「全く・・・。だから思いっきり投げるなと言っているじゃないか。・・・怪我は無さそうだな」

 そんなやり取りをしながら、二人の少年少女が駆け寄って来た。

「あ・・・、うん、大丈夫だよ」

 多少ヒリヒリする頬を撫でながらそう答えた。

「本当に?良かったー。また怒られちゃうところだったよー」

「これに懲りたらもう少し気をつけることだな」

「はーい、気を付けまーす」

「はは・・・」

 なるほど、この子はよくこんなことをしょっちゅうしでかすのだろう。通りで落ち着いた感じで、少年が対応できるわけだ。慣れちゃったんだろうな。


「ところで、あんまりこの辺じゃ見ない顔だけど、もしかして引っ越してきた   の?」

 少女がそんなことを聞いてきた。眼鏡を掛けた、一見真面目そうな学級委員長タイプだけど、実際は結構お転婆なんだろうな、さっきの感じからして。

「うん、つい最近。今度からそこの小学校に通うんだ」

「あ、やっぱり?私たちもそうなんだよ!二人とも四年生」

 となると、二人とも同級生だ。そのことを伝えると、少女は嬉しそうに笑った。

「本当に!?なんか嬉しいなー。よろしく!」

「う、うん、よろしく」

 こんなに嬉しがられるのも不思議だけど、要は人懐っこいんだろうな。それにしても・・・

「ぐいぐい行き過ぎだ、夏希。まだお互いの名前も知らないだろ?」

 少し思案していると、少年がそう突っ込んだ。

「あ・・・、そうでした。てへへ、私は明川夏希です」

「俺は和田琉人だ、よろしく」

「あ、僕は武田和弘です。よろしく」

 明川さんに、和田君か。和田君の方は雰囲気というか佇まいというか、イメージ通り大人っぽい感じだ。


「そういえば。」

 それから三人で少し話していると、和田君がふと思い出したように疑問を投げ掛けてきた。

「さっき、少しぼんやりしていたが、暑さのせいか?」

「あー、暑いよねぇ今日」

 さっき、というと明川さんが嬉しがっていたあたりのことだろう。

「ううん、違うんだ」

 決して暑さのせいではなかった。

「僕、結構人見知りする方なんだけれど、明川さんは妙に喋り易いなぁって思って。明川さんだけじゃなくて、和田君もすごい喋り易いけど」

 そう、本当に何でか妙に緊張せずに話せる。何だか不思議な感覚だ。

「えー、そうかなぁ、何か照れちゃうな」

「人見知りか、全然そうは見えなかったけどな。まあ、話し易いのは良いことだ」

「うん、結構、引っ越ししたばかりで不安だったから、嬉しいよ」

 心から、そう思った。

「あ、じゃあさじゃあさ!」

 彼女は暑さに負けない明るさで言い放った。

「私たち、もう友達だよ!間違いない!」

「え?」

突然そう告げられ、僕は困惑した。

「・・・良いの?」

思わずそう聞き返した。

「もちろん!私もそう思っていたし!」

「ああ、俺も妙に馬が合いそうだと思ったよ」

二人揃って鷹揚に頷いた。その姿は余りにも自然に僕の心に浸透していった。気付けば疑問も困惑も、すっかり消え去っている。

「そっか、えっと、じゃあ二人とも、改めて友達としてよろしく!」


 ――そう、これがささやかで平凡な始まりだった。僕と、かけがえのない人達との。

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