22 終章 - Consolidation - a

「ええ、RYDアールワイディーの連中は大半が逮捕されました。観音坂かんのんざかさんのおっしゃったとおり、あの会社はもう再起不能でしょう。あとは破産処理をして――はい、病院には慰謝料の支払いをするはずです」


 RYDというのは竹内たけうちらの会社のことだ。


 国川くにかわは耳にスマートフォンをあてて懸命に会話している。


「え? それは…… またなんてコトを考えるんですか、あなたは……」


『だって今期の収入がなかったからね。働いたぶんは頂戴しようかと』


「それにしたって、破産処理のドサクサに紛れて帳簿をいじろうだなんてあなたしか考えませんよ、ふつー」


『しっ! 声がデカイよ、国川君。まぁ、冗談。そんなことをしたら足がつきかねないからね。それはそうと、僕はそろそろ姿をくらますつもりだ。君のスマホから僕の連絡先一切を削除してくれ』


「ええっ! そんな……」


『いやぁ、そんながっかりしなくたって大丈夫さ。今後どこかで巡り合う機会がきっとある』


「しょ、承知いたしました」


 国川はしぶしぶ了承すると、挨拶をして電話を切った。


 観音坂が言うのだから連絡先は削除しておいたほうが良いのかもしれない。けれども、彼はなかなか実行できなかった。


 国川は、いまの勤め先である日鳴ひなるイノベーションサービスにいていた。


 社会というものをいち早く知りたくて、高卒で入社した。敏腕をふるう若い社長をテレビで目にしてあこがれをいだいたのだ。それは、大学に進むよりも魅力的に映った。


 しかし、いきなり起業しようという無鉄砲さはなかったので、三、四年は企業勤めにあまんじて資金を築こうと考えた。


 が、入社した会社は、良くも悪くも旧弊きゅうへいを重んじる社風で、国川の野心的な思考とは価値観がまるで合わなかった。我慢しようと考えたが、ストレスがまり仕事が手につかなくなった。


 そんなとき、IT戦略コンサルタントを名乗る男から電話があった。どうやって自分の連絡先を知ったのかと思ったが、口には出さなかった。余計なことをしゃべって、このが途切れてしまうことをおそれたからだ。


 とうぜん、国川も手放しで信じたわけではない。怪しげな職種を名乗る者からの電話だ。個人に向けた詐欺か、会社に向けたソーシャルエンジニアリングかと警戒した。


 いかにも怪しかったが、男はそれを緩和させるような口調で話した。その口調に乗せられたわけではないが、一度会えないかと言われたのでそれに同意したのだった。


 観音坂は、スラリと背の高いビジネスマン風の男だった。顔の彫りは浅く、あまり印象に残りそうではなかった。また、表情は柔和で強い野心をもちそうには見えなかった。


 ひと目で国川は、「ダメだなこりゃ」と期待外れを憂いた。


 だが、観音坂との出会いほど、人は見た目で判断できないと思ったことはなかったと後で笑った。


 あえて物腰が低そうに見せているのだという。人畜無害そうな笑顔も作為的なものだというから恐ろしい。相手の警戒心を解き、自然に情報を引き出すための、不自然の行動だ。


 しかも、ひとによってこの表情を切り替えて遣っているらしい。下手したてに出るときと上から威圧するときとではまるで違うらしい。まさに百面相だ。ただし、顔の造形を変えるというよりは相手への印象を変えている。


 観音坂の印象操作を素通りできる者はそう多くない。顔認証システムのように、あらかじめ登録された数値を基にして判別するような人間であれば判断を誤らないかもしれない。もしくは、図太い性格で、全く会話をしないような人間だろうか。感情にのっとって行動するような者であればほぼ確実に間違えてしまう。たとえ、元から裏表のあることを知っていたとしてもしかりだ。


「俺も手玉に取られているのかもなぁ」と国川も自嘲したことがあった。だが、彼自身はそんなことはどうでよかった。


 自分にとって刺激的な新世界を見せてくれるのだから、むしろ代償としては安いものだと考えた。


 このことを観音坂本人に話したところ、「ハハハ、君は僕を買いかぶり過ぎだよ」と笑われた。


 いうまでもなく観音坂は国川がこんなことを話す意味をきちんと理解していた。ある種の牽制けんせい――俺は一筋縄に追放できませんよというメッセージだ。観音坂はそれをしかと受け取った。


 このときから観音坂の自分に対する態度が変わったように思う。彼の中で捨てごまから、予備戦力へと昇格したのかもしれない。


 株式会社RYDに、観音坂の腹心であるかのようにふるまっていた男がいた。竹内といったか。本人は観音坂の信用を得たと思っていたはずだが、それはただの自慰だ。独りよがりに踊っていただけだ。結局は贖罪の山羊スケープ・ゴートにされて散った。


 自分はそうならなくて本当によかったと国川は思った。ここでを終わらせてしまうのはなんともツマラナイ。精いっぱい遊びとおして燃え尽きたい。


 観音坂という男の全貌ぜんぼうを知ることは困難だろうが、国川は今回の件で彼の本質が見えたような気がした。


 想像だが、これから観音坂はあの装置の開発者に会いにゆくはずだ。少なくとも俺ならそうすると国川は思った。


 そのための準備にとりかかったのだろう。


 国川は観音坂に再びまみえることをたのしみに待つことにした。



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