17 再考 - Reentrant - c
地下のライブハウスを貸し切ったようだ。付近には、居酒屋や中華そば屋、牛丼チェーン店といった飲食店から、カラオケ店やゲームセンター、ケータイショップなどがある。
入部希望者以外の参加も歓迎しているということだったので、
梯亜はパソコン教室があった――というかインストラクターの仕事中だったが、「最後に退出する人は教室の
ライブハウスはあまり広いところではなかった。
三十センチ大のピザを一枚乗せられる程度のテーブルが四脚あった。ニスがけされた黒い四角い板に、黒い鉄の支柱が一本通っている。その上には落ち着いた赤い色合いのテーブルクロスが掛かっている。テーブルクロスも四角だが、テーブルと頂点どうしを合わせないように掛けられており、
テーブルの上にはあまり物を置けない。お酒や食べ物は、基本的には入口付近のバーカウンターでもらい受けるようになっている。テーブルは、注文した飲食物を一時的に置いておくために利用するものらしい。
翔太郎と蓮と梯亜が着いたときは、会場を埋め尽くすほど人が集まっていた。
三人はカウンターでシャンパンを受け取ると、入部希望者らの邪魔にならないように隅に移動した。
ステージは少し高い位置にある。といっても、観客のいる場所より十数センチメートルほど上なだけだ。
中央に大きなドラムがある。そのドラムを向いて左側にキーボード、そしてマイクが数本並べられている。
すでにバンドメンバーがスタンバイしていて、アンプに通したエレキギターとピックを構えている。
真っ白な
蓮たちから見て、右でギターを担いでいる男や奥でシンバルを
左でキーボードを担当しているのは女の子か。黒髪ロングストレートで、頭にハイビスカスの青い造花を
真ん中の男だけが周囲の雰囲気からズレていて、逆に目立っていた。体格も長身
一応、中央にいるわけだし、サークルのリーダー的存在なのかもしれない。その男がマイクに口を近づける。
新入生歓迎の挨拶でもするのかと思いきや――ドラムの男がスティックでシンバルを叩き始めた。それから右の男がギターを奏でて、左の女の子がキーボードを
およそ三分ぐらいだろうか。わっと嵐のような一曲が終わると、男は背を向けて《ありがとぉー!!》と叫んだ。
その背中には、飛躍する
「あのさぁ、あの一番前で歌ってる人って――」
中央で歌っていた白いTシャツの男について、壁にもたれ掛かってグラスを揺らす翔太郎に質問した。
「――ああ、うちのサークルのリーダーだよ」
部でもないうえに運動系のクラブでもないため、部長、主将、キャプテンといった呼び方はしないようだ。
「あの人だけ、翔太郎たちとは格好違くない?」
「ははは、ああ、まぁちょっとね。蓮みたいに一人暮らしなのにバイトしてないっぽくて、服に
ちょっとどころの差異ではない気がするが…… まぁ、お金がないならしかたがない。
「バイトはしない感じなのかな?」
「リーダーだし、
「なるほど……」
いっけん派手に見えるサークルだが、まとめ役に
《今日、この新歓に参加してくれてる新入生たちは、存分に楽しんでいっちゃってよぉー!》
リーダーの先輩が遅ればせながら新一年生に向けて挨拶のエコーをとばす。
会場を見回して、意外に女の子も多いんだなぁと蓮は思った。
《あれ? 二、三年生? それは……忘れて……ないさぁ! 君らも楽しんでいっちゃってよぉー! え? 四年生? せ、先輩方、お忙しい中、ご参加ありがとうございます》
四年生に対してだけまじめな口調で言ったので、一斉に笑いが起きる。リーダーの先輩は三年生なのだろう。
どうやら四年生は就職活動のためか、あまり参加していないようだ。
《けどぉ、この会場、三時間しか使えないから、覚悟してくれぇーい!》
異口同音に《えー!》という声が発せられる。
《はい、はい、
《二次会、三次会、オッケーだけど、終電前にはゴーホームッ! 俺ん
軽くラップ調に歌って締めた。歌詞が二つ以上の意味でひどかったのでブーイングの嵐になったが。
「キミ新入生? けっこうカワイイね?」
数人の男子大学生が少女の周りに集まっていた。どうやら、リーダーの熱気(
――が、ナンパされているのは梯亜だった。
助けるべきか――
しかし、ナンパなどという大胆なマネができる新入生はいない。相手は
蓮は覚悟を固める。
「おぃ――」
「座標」
《んん?》
男子大学生らは、少女が何かを言い出したが言いたいことがつかめず疑問符をならべた。
「『X
素直に
「うぶな反応ですね。それとも寒いと言いたいのでしょうか」
どちらにせよ、意味は梯亜にしか
カージオイド曲線という心臓形のグラフを、代数方程式でよりシャープにして
数式を実際に目にしたところで、脳内でハートを
おまけに、
――まぁ、解けたところで、それについて協調し合える変態はまずいない。
ちなみに、梯亜の言った「寒い」の意味は、「愛について語り合い」というダジャレが成立するからだ。
「梯亜、大丈夫だった?」
一応、心配してみる。
「平気ですよ。ナイトクラブなんかではよくありましたからね」
すでにやり手だった。
「
……そういう問題ではない。
「ナイトクラブの会員制Webサイトを作成するお仕事がありまして、素材を集めるために通っていました」
あーそういうことか。当時の梯亜じゃ、どう考えても年齢制限に引っかかっていただろう。
「でもそのお店、もうないんですよね……」
おい! どんなヘボサイトこしらえたよぉ!
「あ、蓮くん、なんか失礼なこと考えましたね?」
――ちょッ!? 梯亜にしては鋭い。
「オーナーさんは
――百億円ぐらい稼いじゃったのか? 蓮は脈絡のない数字を考えてみた。
梯亜は悲しそうな顔をしてうつむいた。
「私は十万ドルでWebサイトを作成しましたが、最終的な彼の総資産は百億ドルになりました」
もう少し
推測した数字はあたっていたが、いかんせん通貨単位が違った。蓮はデノミネーションの被害にショックを受けるのだった。
会はその後も続いたが、梯亜は電話があって途中で抜けてしまった。
蓮も翔太郎に礼を言って一次会で切り上げた。翔太郎はいいと言ってはいたが、部外者が調子に乗って二次会や三次会にまで参加するのはさすがに
講義をサボっている身で、よもや、ひとのサークルの歓迎会に参加することになろうとは思っていなかったが、梯亜と仲直りすることができたことは非常に喜ばしい。翔太郎には感謝しきれないなと改めて思うのだった。
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