16 再考 - Reentrant - b

 霜山蓮しもやまれんは悩んでいた。


 大学の講義は休みがちになり、何をするわけでもなく自宅で惰眠だみんをむさぼる日々を送っていた。


 吉田よしだパソコン教室での出来事に相当こたえたのだ。気づかないうちに情報セキュリティの脅威にさらされていたこともそうだが、教室で受けられるあの強力な講座の存在が大きい。


 先日の一件以降、冷静になって考えてみたところ、梯亜てぃあが自分をだまして、からかったところでなんの得もないという結論にいたった。


 彼女の言葉の信憑性しんぴょうせいが増してきた今、あの講座を受ければ大学など行かなくても、天才になれるんじゃないかと思えてならないのだ。


 しかし、受講料が一千万円という頭のおかしな額なのだ。受講している生徒は何者だよとツッコみたかった。


 二十年前より物価が上がっているとはいえ、年金制度が撤廃されている現在、貯蓄した大事なお金をたかだか学習のためだけに投資するだろうか。


 吉田パソコン教室に投資すればその見返りはすさまじく大きい。知能を上げた結果の有用性についてまでは、大学生の蓮には思い到らなかったようだ。


 自分の勘違いだとすると梯亜に謝らなくてはならない。だが、なんだかきまりがわるくて行こうにも行けなかった。蓮はベッドでうつぶせになってうなるほかなかった。


 そんなときだった――


 ピンポーンと玄関の呼び鈴が鳴った。同時に、スマホが着信時のように振動して、画面に訪問者の顔が映し出される。


 テレビドアホンはスマホとの連携があたりまえになっている。スマホさえ持っていればいつでもどこでも来客者の対応が可能なのだ。


 蓮は来訪者を確認すると、重い腰を上げて、どたどたとおぼつかない足どりで玄関へと向かった。


翔太郎しょうたろう?」


 蓮はボサボサの髪に乱れたスウェットの姿のまま、玄関の扉を開いた。


「はろー! 蓮!」


 V系ファッションの男が手を振っていた。


「何か用?」


 ぼおっとしたまなこをこすって問う。


「『何か用?』じゃないよ蓮。もう何日も大学来てないじゃん、遅れてやってきた五月病ってやつ?」


「いやそうじゃないけど……とりあえず中入ってよ」


 気が進まなかったものの、翔太郎を部屋に招き入れることにした。玄関口で騒いでいると隣近所から大目玉をらいそうだったからだ。


 翔太郎を折り畳み式のテーブルの前に座らせる。


 キッチンの戸棚からグラスを一個つかんで、冷蔵庫から烏龍茶ウーロンちゃの一リットルボトルを取り出した。形式的に、にお茶を出す。


「ああいいよそんなん」


 翔太郎は遠慮をみせた。が、この言い方だとそんな物はいらないとも捉えられかねない。


「いらないならオレが飲むけど」


 蓮は意地悪く翔太郎の上げ足をとろうとする。


「違う、違う、そういう意味で言ったんじゃないって」


 翔太郎が慌てて言いつくろい、烏龍茶をもらってあおった。


 急にみ込んだせいで、翔太郎はゲホゲホとむせる。


「おい、大丈夫かよ」


 笑いつつも翔太郎の背中をさすってやる。蓮はなんだか気分が晴れた気がした。


 翔太郎が落ち着いたところで、自分が倦怠けんたいになった経緯を説明した。


「えーでもさぁ、そんなスゲェ講座なら受けたくならね?」


「いや、受講料一千万円だよ?」


「……梯亜てぃあちゃんてかねの亡者なの?」


「梯亜」と呼ぶ翔太郎を見てなぜかイラッとした。普段からいろいろな女の子に手を出している――出せていないが――翔太郎が梯亜にまで迫るんじゃないかと思えたのだ。


 言葉尻ことばじりだけをとって翔太郎の行動を未然に責めるのは筋違いなのだが、これ以上めんどう事を増やすのだけはやめてほしかった。


「亡者というか消費癖しょうひぐせが強いみたいだよ。『瞋怒しんどのバラル』で得たお金もすぐになくなったって言ってたし」


「そんな何千万単位のお金何に使ってるんだろうな?」


「さぁ、パチンコか競馬じゃないの?」


「んな、大樹だいきじゃないんだからさぁ」


 スポーツマンの谷口大樹たにぐちだいきは、部活の先輩に紹介されて以来パチスロにはまっていた。全然勝てず、財布の中身をり減らしているらしいが。


「あ、カジノって線はあるな。俺行ったことないけど、けっこう女の子多いらしいぜ」


 コイツの頭は女子で構成されているんじゃないかと蓮は思った。


 カジノは、十年ほど前に公営として全国に展開されて以来、観光地やテーマパークの一種として認識されている。本場ラスベガスのようなゴージャスさには少々欠けるが、海外に比べて足を運びやすい印象ではある。


「でも、カジノって年齢制限あるんじゃなかったっけ? たしか二十歳はたちか、二十一歳以上だったような……」


「え? 梯亜ちゃんて働いてるし、大人じゃないん? 徳長とくながちゃんとも知り合いっぽいし」


 梯亜と初めて会ったときに蓮がいだいた印象では、同世代か年下だろうというものだった。翔太郎はそうは考えなかったようだ。変なところに論理的だ。――というよりも、見た目から入っているやつに、見た目で判断するなよと言われたようでなんだか悔しかった。


 ちなみに、成人年齢はもはや十八歳なので、「成人している」という表現は二十歳以上を示す言葉としては使われない。


「……オレたちと同い年だって。しかも飛び級で海外の大学を卒業してるらしいよ」


 これには翔太郎も目を丸くした。


「はぁ、俺たちとは出来できが違うってことか。梯亜ちゃんて、もしかしてどこぞのお嬢様だったりする?」


「いや、そこまでは、知らないかな……」


「お嬢様っていうんなら、何千万もの大金をあっという間につかっちゃうっていう、金銭感覚にもうなづけるんだけどなぁ」


 普段から黒いフリルドレスを着ているけど、梯亜のまとう空気は令嬢という雰囲気とは少し違う気がする。


「うーん……気になるなぁ。あ、そうだ、今からパソコン教室行かね?」


「……いや、やだよ」


「イイのか蓮? 俺、梯亜ちゃんとっちゃうかもよー。けっこう好みなんだよねーあの


 蓮は顔を真っ赤にした。


「か、勝手にしろ! オレは行かないからな!」


 蓮は布団ふとんをかぶってベッドにうずくまった。


「あーいいのかなぁ? 梯亜ちゃんに電話してここに呼んじゃおっかなー」


 は!?


「おい、待てよ、翔太郎、パソコン教室の電話番号知ってるのか!?」


 蓮が布団から顔を出す。


「それは知らないな、知ってるのはこれ、梯亜ちゃんのアノID」


 翔太郎がスマホの画面に映し出された、を蓮に見せつけてきた。梯亜本人のアイコン画像の下に、グリーンの部品要素オブジェクトに白いフォントで「登録済み」と書かれていた。


 連絡先をやりとりする手段として、いま世界的に流行しているのは、登録制個人パーソナルプロフィールサイト「アノダクティープラス」だ。略称は「アノプラ」とか「アナプラ」とか「穴プラ」などと呼ばれている。インターネットスラングとしては、さらに略されていて「穴」だけの場合がある。


 アノダクティープラスには、各個人がフルネームで本名と、通学先や勤務先を登録する。Webサイト上部にある入力フォームに名前や所属をいれて検索すると、目的の個人にたどりつける仕組みだ。


 各個人のWebページでは、ルビーレッドのオブジェクトに白いフォントで「登録する」と書かれたボタンがある。これを押すと自分の連絡先一覧に相手を追加できるというわけだ。ただし、相手が「許可」をしない限りは追加はできない。


 連絡先交換という手間を極力省こうというコンセプトだ。もちろん、アノダクティーID(略称は「アノID」や「アナID」や「穴ID」だ。こちらも「穴」と呼ばれることがあるため少々ややこしい)という、パーソナルIDの登録によっても連絡先を追加することができる。


 主な機能としては、チャットによるスタンプやメッセージのやりとり、VoIPボイプによるインターネット電話、ショッピングまでおこなえる。


 アノダクティープラスは、大手のインターネットショッピングサイトが開設したこともあって、ショッピング機能は特に充実している。スタンプやミュージック、動画や漫画といった電子データだけではなく、品物まで相手におくることができる。アノダクティープラスには住所も登録する――表示・非表示はユーザが選択できる――ため実現可能なのだ。メッセージで花のスタンプを入力した相手に、翌日本当に花束を届けるといったようなサプライズが起こせてしまうのである。


 蓮はふるえた。


 すぐに告白するせいで玉砕ばかりしてきたやつが、女の子の連絡先を登録しているという事実に驚いた。


 まずは連絡先をいてみる――誰もがアノダクティープラスに登録しているというわけではないし、登録していたとしても連絡先追加の許可を得なくてはならない――というワンクッションを置くようになったのか。翔太郎も学習したということか。


 けれども、そんな唐突に方針転換の契機が訪れるだろうか。大樹が助言でもしたのか。――しかし、翔太郎がフラれるのを見ておもしろがっていた奴が簡単にアドバイスするだろうか。翔太郎も大樹の助言を素直に実行するとは思えない。


 もしくは、告白が成功したか。……これを考えると自分の中の怒りが抑えきれなくなった。いま口を開けば、確実に翔太郎にやつあたりしてしまうだろう。


 蓮は沈黙を保った。


 そして――


「勝手にしろよ……」


 それだけ言うと、再びベッドに突っ伏した。


 ――トゥルルルル。


「あ、もしもし、梯亜ちゃん? 今、蓮ちなんだけど――」


「おい、翔太郎! マジで電話してんのか、ふざけんなよ! 呼ぶなよ!」


 バッとベッドから降りて、財布をつかむと玄関に走った。


 ――今の格好ではコンビニか近所の公園ぐらいしか行けないが、それで構わない。何時間か暇を潰したら戻ってくればいい。梯亜と再会するより全然マシだ。


 靴を履いて扉を開いて蓮は逃亡を図った。


 アパートの階段を勢いよく下る。


「――きゃあ!」


 蓮は階段をのぼろうとしていた誰かとぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい!」


「ん、蓮くん痛いじゃないですか、淑女しゅくじょを押し倒すのが蓮くんの趣味なんですか?」


 ぶつかった相手は梯亜だった。梯亜と出くわしてしまった。


 しかも、彼女の胴にまたがり、左腕でちょうど相手の右肩を押さえつけるような際どい姿勢で。はたから見れば、男子大学生が少女を襲っているような構図である。


「違う、違うってば、そんなんじゃないって!」


 蓮は焦燥しょうそうして狼狽ろうばいして、急いで梯亜の上からどいた。あまりに焦っていたので、つまずいて尻もちを突いてしまう。


「痛ッ!」


「ふふふ、大丈夫ですか?」


 彼女は身体に障碍しょうがいがある。蓮のほうが支えて起こしてやらなければならない立場なのに、逆に手を差しべられてしまった。


 赤くなった蓮は顔を下に向けて、その手を取らずに立ち上がった。


 梯亜から逃げようと画策していた蓮だったが、その相手に見つかってしまっては意味がなかった。


 しかたがなく、梯亜を自宅に通すことにした。


 自宅に戻ると、翔太郎がニヤニヤしていた。


 ……さては、これを仕組んだな。


 梯亜に電話をかけることで、俺が逃げると踏んでいた。そこで、アパートの階段下に彼女を待機させておいて、俺と梯亜が鉢合わせるようにした。……いや、翔太郎にそんなのうがあるのか?


 翔太郎のときと同じように梯亜にお茶を出す。


「最初に申し上げますが、この作戦を立てたのは私です。どうかしょうくんをうらまないであげてください」


 梯亜の策謀さくぼうだったか。


 むろん、翔太郎が梯亜と示し合わせたことについて怨みはしない。が、「翔くん」などと呼ばせていることについては別だ。無性むしょうに腹立たしかった。


「私のせいで蓮くんが大学に行けなくなっていると聞き及びましたので……」


 ……違う、梯亜のせいではない。勉強がバカらしくなったと、熱意を勝手に失って不登校になった自分がいけない。しかし、そんな言葉が口をいて出ることはなかった。


「なんだかこのまま大学で勉強しててもなぁって思っちゃって……」


 代わりに、自分の心の状態を素直に話した。


「それは……ごめんなさい」


 謝罪を聞きたかったわけではないので、蓮は慌てた。


「――蓮くんさえよければ、お好きな講座を一つ受けてはみませんか? 料金は今回の件の謝罪を込めて無料とさせて頂きますので」


 これは願ってもいない申し出だった。


「蓮、良かったじゃんか!」


 ひとごとのはずなのに翔太郎が手をたたいて喜ぶ。


 だが――


「いや、やめとくよ。こんな泣き落としみたいにして受講するなんて恥ずかしいし、梯亜だって他の生徒たちに説明できないだろう。全部オレの不注意が原因だし、梯亜はそんなオレを救おうとしてくれたのに、あんなに怒鳴って……ごめん。もう迷惑はかけないよ。講座を受けたいときはちゃんと自分のお金で受けるから」


「ふふ、蓮くんならわかってくれると思っていました」


 梯亜は嬉しそうに微笑ほほえんだ。


「そういえば気になってたんだけどさぁ、その受講料って結構するって聞いたけど、梯亜ちゃんてそのお金何につかってるの?」


「ストレートにきすぎだ!」と手を叩きつけるような身振りで、蓮は翔太郎を注意した。


 金銭の遣い道なんて訊かれても答えにくいだろう。障碍に関するあれこれや、女の子に関するあれこれだったらどうするつもりなのか。オレの自宅を微妙な空気で満たさないでくれと蓮は言いたかった。


 しかし、予想に反する回答が返ってくる。


「ほとんどが電気料金ですよ」


 ――へ?


「パソコン教室って、そんなに電気代高いの!?」


 前にも似たようなことを言っていたような気がするが、そこまで高額だとは想像していなかった。パソコンをたくさん並べると電気を食うのだろうか。


「いえ、教室のほうはさほど。そちらではなく、データセンターのほうです」


「でえたせんたあ?」


 広大な敷地に専用の施設を立てて、数十万台ものサーバを収容し、二十四時間三百六十五日稼働を続ける。サーバの消費電力に加えて、照明や冷房を考えると相当の額になる。


 蓮はいちおう情報学部の学生なので、データセンターを知らないわけではない。突飛なワードが出てきて焦っているだけだ。そっちへいってしまったか――と。パソコン教室は関係ないのね――と。


「はい、多いところでは年間数億円に及びます」


 ――は? 億?


 学生の蓮には想像すらつかなかった。


 それよりも注目するべきは―― ってことは……一箇所じゃないの!?


 けれども最も重要な点は、梯亜は年間それ以上の額を稼ぎ出さなければならないということだ。


「冗談……だよね」


「残念ながら本当です」


 受講料の一千万円なんて一瞬で消えてしまうというわけか。


 何を目的としてデータセンターを運営しているのかは知らないが、梯亜がなんだかかわいそうに思えてきた。


「オレがッ! オレが梯亜を手伝うよ!」


「おま、手伝うって、バイトどうすんの?」


 翔太郎が心配してくるが。


「べつに生活に困ってるってわけじゃないし、そっちは当分いいかなって」


 蓮は頭をいてごまかそうとした。本当は、もう少し金銭的に余裕をもちたかったが、目の前の困っている女の子を放ってはおけなかった。


「蓮くん、バイト代なら払いますよ……」


「いやいいって、これは迷惑料払うみたいなもんだからさ」


「でも……」


「ボランティアじゃ後ろめたいっていうなら、将来余裕ができたときにツケといてよ」


「では、時給一万円で将来にお見積もり致しますね」


 ファ!?


 時給一万円なんて水商売のほかにまずない。これはさすがにもらいすぎじゃないかと思えた。


「マジかよ……大金持ちじゃんか、蓮!」


 翔太郎がうらやましそうに驚く。


「ふふふ、この額は譲れませんよ」


 週十六時間働いたとして、月収六十四万円、年収にして七百六十四万円…… これじゃあ手を抜くわけにはいかない。サボらせないための梯亜の作戦かもしれない。また、将来的にこれだけのバックがあるなら、モチベーションも保てる。


 ……いや、梯亜はそんなじゃないと知ったばかりじゃないか。策略で相手を陥れるようなマネなんてしないはずだ。


「分かった。それでいいよ。とりあえず……梯亜の……連絡先登録してもいいかな?」


 後半は歯切れ悪く問うた。


「アノプラのことですよね? てっきり蓮くんならもう登録しているかと思いました」


「――そんな勝手にはやらないよ!」


「そうですかぁ? 登録ボタンは先に押しておいて、承諾は事後っていうケースが多いって聞きますけど」


「――そんな、アイドルの追っかけじゃないんだからさぁ」


「私ではアイドルになれないと?」


「え、違うよ、そんなことないよ、梯亜は可愛いし、スタイルだって――ッ!?」


 蓮は真っ赤になって押し黙った。――なんてこと口走ってるんだオレは……


 対する梯亜もほほあかく染めた。


 ――アイドルなどと自分で言って恥ずかしくなってきました。絵礼奈えれなさんが聞いていたら、確実に食いついてきていたことでしょうね。


 二人で顔をそむけてしまう。


 そのまま数分の時が経過する。


「ちょっと、ちょっと、二人とも! 自分たちの世界に入っちゃってさぁ」


 気まずい空気に耐えられなくなったのか、翔太郎が割って入った。


「俺が二人の仲をとりもってあげたっていうのに、無視していい感じなムードつくっちゃって」


「え、いや、翔太郎ごめん、バイト代はいったら何かおごるからさぁ」


 蓮が慌てて謝る。焦っていたせいか、熱に浮かされた雰囲気を形成していたという部分を、否定するのを忘れてしまう。


「でも、そのバイト代、私が払わなければゼロですよね?」


 !?


 当然もらえるものとしてあてにしていたら、梯亜から鋭い指摘が入った。


 たしかに、当初はボランティアという流れではあったが、将来的には支払ってくれるという話で合意したので、今更なしというのはだいぶつらい。目の前にるされたホネをサッと取り上げられた子犬のような気持ちだ。


「ふふふ、冗談ですよ」


「……梯亜ってさぁ、けっこうイジワルなとこあるよね?」


 仕返しのごとく、蓮は梯亜の小悪魔的要素を指摘した。


 というより、冷静に考えてみるとこの少女、意外に策士なのではないかという気がしてならない。


 でも、今の蓮は、梯亜の手の平の上になら乗せられてもいかなと思えるのだった。


「お! そうだ二人とも、記念にさぁ、み行かない? 今日ちょうどサークルの新歓しんかんがあってさぁ、どうかな?」


 時期的には少し遅いが、バンドサークルの新入生歓迎会あるようだ。


「……それって関係ないひと参加していいの? てか、そういえば翔太郎、今日、大学は?」


「んな、蓮を連れ出すためじゃん、サボったよ」


 自分のためだと言われて蓮は何も言えなかった。それ以前に自分も無断欠席だ。


 ふと、壁のカレンダーに目がゆく。


「……今日、金曜日……徳長とくなが先生の授業あったんじゃ……」


「あー、いいのいいの、蓮を救出できるなら安い安い。それに、大樹だいきにフォロー頼んでるしな」


 翔太郎がウィンクをしながらサムズアップした。


 蓮はダサいポーズだなぁと思いつつ、翔太郎に感謝するのだった。


「私が今度、徳長先生に言っておきますよ」


「おお! 梯亜ちゃん、マジ感謝!!」


 翔太郎が梯亜の手を握って泣きはじめる。


 梯亜はそんな翔太郎に少し引き気味だ。


 翔太郎のその腕をつかんで蓮はたずねる。


「で、新歓の場所ってどこなんだよ?」


 蓮は苛立いらだちながらいた。


「お、蓮、参加する気になってくれた? そのままサークル入っちゃわね?」


 額にピースをかざしてウィンクする。


 今度は蓮が引く番だった。V系ファッションに身を包んで、そんなポーズをとらなきゃならないサークルなんて、正直ご免だった。



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