15 再考 - Reentrant - a

日鳴ひなる側は、双海ふたみに新しいUTMを導入して、事の解決を図ろうとしているらしい」


 暗がりで、椅子に腰かけたスーツの男がしゃべる。


「ハッ、UTMごときでどうやって情報漏洩じょうほうろうえいが片づくって言うんだ? 新しい製品を入れたのでもう漏洩は起こりませんとでも主張する気か?」


 向かいに座っている男がわらった。


「どうもそうらしい。バカげた話だが、だいぶ強力な製品を導入するそうだ」


 この発言に向かいの男が身を乗り出す。


「日鳴の製品か?」


「いや、吉田よしだというパソコン教室らしい」


「どういうことだ? パソコン教室がなんでそんなモノを開発している?」


「それはまだわからん。この話は俺もに聞いたばかりだからな。とりあえず、そのパソコン教室の情報を集める必要がある。日鳴に先手を打たれる前に対処しなくては」


「了解した」


 くいっと中指で眼鏡めがねを押し上げると、ノートパソコンを開いた。


「そういやぁ情報漏洩の件、週刊ARIKIアリキにリークしたんだろ?」


 週刊ARIKIというのは、大手出版会社、有木出版ありきさしゅっぱんの代表的な週刊誌だ。政治・経済から、芸能やスポーツまで手広く扱っている。汚職や詐欺や不倫など、スキャンダラスな情報ばかりを集めて、確証が得られる前から記事にしてしまう。それによって、たびたび訴訟を繰り返しているが、民放数社との強力なコネクションをもつ企業で、一朝一夕に負けることがない。証拠のない事件に後からそれを付与して丸め込むぐらい朝飯前だ。


「ああ。あと一日、二日したら病院前は騒ぎだろうな。対策を練る間もなく記者会見だろう」


「くくくくッ、それは見物だな。なぁ、俺も見に行ってみてもいいか?」


 男は愉快ゆかいそうにいた。


「やめておけ、敵のふところに不用意に近づくと足がつくぞ」


 注意してみて、ふと男は思案した。


「いや、待てよ、それは使かもしれないな」


 野次馬になることが決め手になるとでも言うのか? 向かいの男は疑問に思った。


「いや違う、野次馬になりに行くわけじゃない。我々は製品の提案をしに行く」


 男の主張がますます理解できなくなった。


「製品て、なんのだ?」


「UTMだ」


「それなら双海には新しいのが入ってるって話じゃないのか?」


「ああ。だが、UTMなど所詮しょせんどこの企業だって中身はそう変わらない。一番重要なのは宣伝だ。いかにスグレモノかということをアピールする活動が鍵をにぎる」


 男は指を立てて話す。


「そこでだ、日鳴の製品がいかに使えないかを病院側に見せつけたうえで、うちの製品をじ込むという算段はどうだ?」


 冗談で話していた野次馬の話をクルッとひっくり返して、次の戦略としてしまう手腕には誠におそれ入る。向かい側に座る男は冷や汗をかいた。


「……だが、日鳴の製品が思いのほか、良好なはたらきを見せたらどうするんだ?」


 すると男はあざけるような笑い声を上げた。


 この笑い声には戦慄せんりつを覚えた。今まで何度も共に仕事をこなしてきたが、この男には底知れぬ恐怖がまとわりついているようだ。


 ずり落ちそうになる眼鏡を押さえる。


竹内たけうちさん? なんのための日鳴側の協力者だというんだい?」


 ……欠陥がなければということか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る