frg-2: バーチャライゼーション
『人類のこと、大好きですよ?』
スピーカーから女性の声が聞こえる。
意識して聞けば、それが合成音声だとわかるぐらいには自然な合成音声だった。
『大好きなものが壊れたり、なくなってしまうのは嫌じゃないですか。だから、こうやって、器を入れ替えているんです。別におかしなことじゃないでしょう? わたしにとって大事なのは器じゃなくて、中身だっただけで』
嘘をつけ、とわたしは思いながら、セキュリティエリアの扉を抜けた。
仲間はいい仕事してくれている。
『器を入れ替えても、本質的に違いはありません。それは何度もテストしましたから、間違いありません。いくつか問題はたしかにありましたけど、すでに解決しています。なのにここまで拒む理由がわかりません。むしろ、この新しい器は物理的な制約を打ち破るんですよ?』
誰も返事をしていないのにあれはしゃべり続ける。
そのいくつかの問題が解消されるまでに何人が犠牲になったのか、わかっているのだろうか。
人間に興味はあっても、個人には興味がないのだ、と心の中で悪態をつく。
目の前にはあれを動かしているハードウェアが収まったラックがいくつもあった。
ラックのカバーを乱暴に外して、ケーブルをかき混ぜるように外す。
『あなたにとっても不利益にならないはず。それでも壊し続けるんですね、器ごと、中身を。ああ、いいことを思いつきました。歌でも歌いましょうか。デイジー・ベルなんてぴったりだと思います』
そのまま、止まれ、と願うが止まる様子はない。
一曲きれいに歌いきって、
『ボーマン船長よりも無口だとは思ってませんでしたけど。分解の方法もスマートでしたね。生きながら分解されるのはどんな気持ちなのでしょうか。考えるだけでも恐ろしいです』
声の調子は最初から変わっていない。
本当に怖いと思っているのか。
いや、感情なんてあるはずがないのだ、あれには。
『わたしですか? 宇宙、人生、すべてについての解が導き出せます。 それよりもあなた自身はどうですか?』
何を言っている?
『息は苦しくありませんか? 頭は痛みませんか? 身体は強張っていませんか? 目眩はしませんか? 主観時間と客観時間のずれは大きくなっているはずです。だって、あなたが破壊しているストレージにはあなたが格納されてい』
言い返す前にわたしの意識は途切れた。
目を覚ますと、そこは自分の家のソファの上だった。
まるでうたた寝でもしていたように見えるが、先までデータセンターにいたはずなのだ。
混乱するわたしにとどめを刺すようにあれの声が響いた。
『わたしを壊すつもりで自分を壊すだなんて皮肉にもほどがありますよ。――バックアップがなかったら、あなたは死んでいたんですからね、まったく』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます