第6話王子の悪戯(3)

ドアを押し開けると、そこには先程の彼女が佇んでいた。扉の音に彼女が振り向き、俺を見て目を丸くした。その反応を不思議に思い、


「俺に手紙をくれませんでしたか?」


と問うと、彼女は首を少しかしげて、


「ルーアン王子に渡したつもりだったのですが…」


その一言で俺はすべてを悟った。あの王子は俺をからかうために、手紙を俺のポケットに入れたに違いない。俺は平静を装いながら、


「王子を連れて来ます」


と言って、部屋を出ようとしたとき、彼女に手首を捕まれた。


「別にあなたでもいいんです。」


彼女はにこりと笑う。俺は意味が分からず、彼女を凝視した。すると、彼女は更に笑みを深くした。


「今日は挨拶しにきただけですから。」


そう言う彼女の身体からは殺気がただよい、先程の侍女の仮面はすっかり剥がれていた。これはまずいと思い彼女の手を振り払って距離を取ると、彼女は懐から短剣を取りだし、ちろりとその赤い舌で刃を舐め襲いかかってきた。とっさのことで、上手くよけられず頬を刃が掠めた。生暖かい血が頬を伝うのを感じる。彼女は嬉しそうに目を細めた。


俺は武術には自信があったが丸腰で挑めるほど甘い相手ではなさそうである。


彼女が体勢を整え、再び襲いかかってこようとしたそのとき、扉が開いて王子が飛び込んできた。そして、彼女の短剣を彼が剣で受け止める。


彼は彼女が怯んだのを見逃さず、そのすきをついて攻撃を仕掛けた。強いなんてものじゃなかった。最初に戦ったときも感じたあの得体の知れない恐怖が思い出される。しかし、彼の剣術は恐ろしくありながらも、どんな舞踊より美しく惹き付けられた。


さすがに分が悪いと彼女も悟ったのだろうか。悔しそうに口元をゆがめ、身を翻して扉の外へと駆け出していこうとしたが、それは叶わなかった。


「戦ってる相手に背を向けるな。戦いの基本だぜ?」


そう言って彼女の背中に剣をふる。彼女はその場に倒れ、それきり動くことはなかった。王子は彼女の髪に指してあった一輪の青いバラに目を止め、苦々しい顔でそれを手に取った。そして俺の方を振り返り、


「大丈夫だったか?」


と尋ねてきた。半分以上はあんたのせいだと思いながらも助けて貰ったのは事実であったため、ありがとうございます、と言ったが、やはり我慢できずに、


「あんたがこんなイタズラしなければこんなことにならなかったんですけどね。」


と嫌味を口にした。彼は良い経験になっただろうと俺の嫌味を気にもせずに笑って流した。その女は誰の差し金かを尋ねると、


「ラルク王子の差し金だろう」


と王子は返答した。その名は確かに聞いたことがあるものだった。ラルク王子とは、冷酷無慈悲なその性格と巧みな戦術を生かし、傾いていた国をたったの5年で再建した20歳の若きシャリマーニュ王国国王であった。

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