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じゅん

退屈で憂鬱な少年

 人類は滅びるだろう。

 しかしその表現は少し誤りがあるかもしれない。人類は新しい形へと変化をとげるために、自らを破滅へと導くだろう。

 そんな言葉が頭の中に急に浮かんできて、僕は目を閉じた。

 いけない…。またいつものくせが出てしまったようだ…。


 僕は広い講義室の一番左隅の座席に座って、退屈な授業を聞き流していた。講義室は学生が高い位置から教師を見下ろすような構造をとっていたので、僕の目には先生がアリジゴクの巣に落ちていく小さなアリのように映った。教師のささやくような声はマイクでようやく聞き取れるほどの小ささだったので、よほど意識を集中しなければ講義の内容を把握することなど不可能だったが、僕にはその必要がなかった。

 空虚で退屈な毎日は人間を奇怪な妄想へと導く。暇な人間はろくなことを考えないのだということを、僕は自らの体験を通してこの上なく実感した。なるほど、確かに自分はまともな大学生ではないのかもしれない。

 おそるおそる目を開けると、頭上の蛍光灯が痛いほど僕の網膜を刺激した。パチパチとまばたきをして、焦点が合うのを数秒ほど待つ。

 まともな大学生?それってなんだ?

 たとえばバイトをするとか、友達つくるとか、サークルに入るとか、きちんと勉強するとか、本を読むとか、彼女をつくるとか?

 どれもしていない僕は、いったい何を楽しみにして生きているのか?

 いい、もういい、そんなことどうだっていいじゃないか。

 現実なんて、あまりにも具体的すぎて僕の専門外だ。


 ふと極度な不安に襲われた気がしたので、もう一度目を閉じる。少し赤みを帯びた暗闇が僕を迎え入れてくれた。ほっと息をついた。優しい母親のような安心感に包まれるのを感じた。

 僕にとって生きる楽しみはこの暗闇以外のなにものでもなかった。暗闇によって支配された「僕の世界」以外を信用してはいなかった。

 僕はどんなものよりもこの世界を愛していたし、また僕を愛してくれた。

 生まれてから想像力だけが生きがいだったし、存在理由だった。


 現実なんてなんのために存在するのだろうか?

 僕は自分の妄想の中だけで生きたいのに、どうして現実はこんなにも厳しく責め立てるのか?


 空虚な気持ちに支配されて、いたたまれない気持ちが押し寄せてきた。

 ふと立ち上がって、外に出た。もう僕の頭は外界のありとあらゆる情報を受け付けなかった。僕は完全に自分の世界に浸って、答えのない問題を繰り返す。

 何もかもがどうしようもなく無駄に思えた。

 

 五月の涼しげな風が頬を触った。僕はベンチに腰をかけていた。目の前には、小さな池が広がっている。誰もいないこの世界に自分だけが存在しているようだった。

 数本の杭に囲まれたこの池には、藻や水草が無造作に散らばっている。水草には、蝶か蛾か判別ができない白い浮遊物が危うげにまとわりついている。

 この「申し訳程度の自然」は、いかにも窮屈そうだった。その振る舞いはまるで、自分が哀れな運命に突き動かされた弱者であることを表明しているように見えた。

 その奇妙さ、異質さを、僕は愛していた。

 目をつぶると、風が木々を通り過ぎる音が聞こえる。それは赤ん坊を寝かせる母親の子守歌のようだった。

 いつしか僕は、眠りについていた。


 冷たい風が頬を撫でた。目を開けると、辺りはすっかり暗くなっていた。池の水面にはゆらゆらと怪しい光が戯れている。見上げると、三日月が寂しげに微笑んでいた。

 家に帰らなければ。

 そう思ったが、立ち上がる元気もなかった。このまま死んでもいいような気がした。


 遠くで、誰かの声が聞こえたような気がした。

「.....................ねえ。」

その声は近くで囁くように、遠くでこだましているようだった。



「ねえってば。」

ものすごく近くから先ほどよりも大きな声が聞こえた。その声に誘われるように瞬時に横を見ると、そばに人影が見えた。思ったより暗かったために顔はわからなかったが、声色から女の子であることがわかった。

 急に恐ろしくなって、僕はベンチから離れた。顔のわからない正体不明の人物が話しかけてくる。それだけで十分に恐怖だった。


「どうしたの?」

緊張した雰囲気に我慢できなくなって、一目散に走って逃げた。とたんに、暗闇の中にいた女の子も追いかけてきた。懸命に走ったが、思ったより彼女は足が速くとうとう追いつかれてしまった。

 彼女は僕の腕を驚くほどの強さで握った。

「痛いから、放してくれよ。」

悲鳴に似た声でそう言うと、強く握っていた彼女の手のひらの感触が緩まるのがわかった。

「だめ。また逃げるでしょ?」

振り返ると、そこには見たこともない美少女が街灯に照らされてたたずんでいた。ムッとした顔で、彼女の瞳が僕を見つめていた。

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