56 人間×人工フレンズ

 断れば気持ちの悪い説教が始まり

 逃げようとすればスタンガンの激痛に襲われる


 つがいでもなければ友だちでもない

 それどころか私は正直言ってこの人間が大嫌いだ


 それでも何十年も前のシコルスキーの優しさが脳裏によぎり、未だに恨むべきなのかがわからない

 サンドスターのおかげもあるが、鳥のままでシコルスキーと会っていなかったら自分は既に寿命が尽きて大地の一部となっていたはずなのだから


 そもそも会っていなかったら銃で撃たれたあのときに雪の上で凍え死んでいた


 良くも悪くも自分の人生を変えた人間を前にして結局何も決められずじまいだった



「大変だっただろう。苦しかっただろう。さあ悲しい過去は放り捨てて、無力な人間も忘れ去るんだ。もう命を危険に晒すこともない。私が何もかもからハルピュイアを守る」


 _______________



「私が今日から先生だ。あの本を理解してあの方に肩を並べられるほどになるんだよ」

「あの方って…いつもごはんを運んでくるアイツのこと? あいつに追いついてその後はどうすればいいの」

「そうだな、君はあの方と結ばれてつがいになるのが最終目標だから、そのために必要なことも色々教えてあげる」


 それから毎日ご飯を食べた後にその男はやってきて、半年ほどその男と本棚の本についての勉強をした

 言われたことをなんとなくやっただけだが、いつもその男は自分にすごいすごいといい続けていた


「半年で大学受験レベルまで覚えた…し、信じられない! 半年終えてどうだった!?」

「どうだったって」

「面白いとかつまらないとか、もっと色々教えてほしいとか」


「つまんない」


 思ったままのことを言った


 半年の間やることを言われ、それを難なくこなし、男が喜ぶ

 ただそれの繰り返しで何も感じることがなかった


 頑張って出した感情がさっきのものだ


「ねえ」

「な、なんだい」

「外はどうなっているの? 空の他には何があるの? 私それが一番気になる。色々教えてほしいわ」


 先生として呼ばれたその男は実は釘を差されていた

 元教師で生活苦から非行に走った自分を、なぜか専属家庭教師として採用したシコルスキーが守れと言ったルール


 1 外の世界のことは聞かれても一切答えないこと

 2 数学、物理、言語は日本語の文法のみ、外の世界に興味を持つ教科は教えないこと

 3 もしも外の世界について聞いてきたらその瞬間にハルピュイアはお前のもの。何をしてもいい



「半年よく頑張った。今からご褒美…ごほ…ごほほほほほほほほほほほほほほほほ」


 外について聞いただけなのに、いきなり男が目の色を変えて飛びかかってきた


 何故か全身からあの一つ目の化け物と同じドス黒い液体を撒き散らしながら迫る男に恐怖を感じ、すぐさま助けを呼んだ


 一瞬でシコルスキーが駆けつけ、拳銃でその男を撃った


「きゃあっ!? このひと…いきなりうごかなくなった…」

「私が仕留めたんだよ。悪いことをしたからね。ああ、まさか外に興味なんか持っちゃ無いよな。な? 新しい先生を派遣するが私だけを信じて、何かあったらまたすぐに助けを呼ぶんだ」



 こうして人工サンドスターで理性の鎖を断ち切った人間を使った、シコルスキーによる一種の洗脳が始まった

 外に対する興味を無くし、自分以外を疑わせ、そして何より自分を信頼させるための、作戦だった


 一人二人…三人…十人…二十人


 男も女もそれ以外も先生としてスズの元へ訪れたが、みんな同じようにスズに驚き、最終的に理性のタガが外れて襲いかかるという繰り返しだった


 しかしスズが生まれてから1年と8ヶ月ほど過ぎた頃


 36人目の先生は誰とも違う人間だった


 しかしここから先が何故か思い出せない

 でもどんな事があったかは何となく分かる


 とにかく感情が動いた

 感情が動いて、最高に楽しくて、最高に悲しかった


 あまりにも悲しくて


 だから自己暗示をかけてその記憶を消そうとしてきた



 _________________________


「あの無力な飼育員によって何を得た? どこへ言っても凶暴な人間に襲われ、セルリアンに狙われ、男の無駄な行動によってハルピュイアが関わらなくていい多くの事件に巻き込まれただろう。世の中にはな、暖かい部屋で生まれて一生を安全な場所で過ごし、家族の愛に包まれながら生きて愛されながら人生を終えるような人間もいるんだ。しかし今までどうだった?」


「話しても否定するだけでしょ。いいからどいて、お願い」


「最後に一つ聞こうかハルピュイア」



 顔を掴む手に力が入った


 もうシコルスキーは自分の話など耳には入っていないようだ



「お、お願いヒデ助けて…誰か来て! お願い! 嫌だ、絶対イヤだ! ヒデ、ヒデッッッ!!!!!」


「私はそんな嫌われていたのか。私を前にして他の男の名を連呼し助けを乞うほどに…? ああ、ちなみに奴は既にお陀仏だ。聞こえるだろう? 並のセルリアンと比べ物にならない大きさの化け物が暴れる音が」



 先程から不可解な衝撃を感じていた

 特に押し倒されて床に寝ているので、まるで工事でもしているような衝撃とかすかな音が今も聞こえている


 言葉より先に涙がこぼれた


「油断させるために数分毎に弱体化するようになっている。倒すなり閉じ込めるなりしたと思ったところを、ドン、だ。ちょうど今頃擬態から解ける頃か…今の衝撃で人間ハンバーグの元が完成したぞ。飼育員製の、な」


 その時ひときわ大きな爆音が響き、古びた天井からパラパラとホコリが落ちた



 なんでこんな状況でシコルスキーは笑えるのだろう


 もう二度とヒデと会えなくなった

 どうしようもない

 取り返しがつかない


 最初会った時思い切りひっかいて未だに傷が残るほど怪我をさせたのに、何度も何度もへばりついてきた

 邪念と性欲に満ちていたけどそれ以上に大切にしてくれた


 その人間が今こんな簡単にこの世から居なくなってしまった



「助けて…」

「助ける? 一体何からだ? 誰が?」

「シコ……ル…スキ……」


「呼んだっ!? 初めて私の名をっ!! さあおいで、私の腕の中へ」


 シコルスキーがスズに覆いかぶさったまま腕を広げると、スズもそれに応えるように腕を開いて吸い込まれるように抱きついた



「ああもう安心だ安全だ怖がることはないさあおいで大丈夫だ……ああ…」



 経のごとく言葉を投げかけながら何度も涙を拭いたが、あまりの量で一瞬でハンカチがビシャビシャになるほどだった


 涙がとめどなくあふれる目から頬までを撫で回すと、口に手をおいた


 シコルスキーが口を少し尖らせて顔を近づけたがスズは一切拒まず、むしろ受け入れて自ら唇を重ねた



「ああ…やっと手に入った。何年も求め続けた…やっと…やっと…!!」



 若い頃に有り余る金を使って呼んだ女とは違う

 交わる前に何度も唇を重ねたりしたが違う

 何かが根本的に違う


 温かいと思って居たら、彼女の唇は雪のように冷たかった

 それでもシコルスキーにとってはその温度が最高に心地よかった


 そして吸い込まれるようなブラウンの瞳がこっちを見てくる

 取り込まれそうだった

 まるで子供の時見た夜空のようだった


「す、好き…」

「ああ好きだ愛しているよああああ、ああああああっ!! ハァ、ハァン!! ゲホ、ウァァァァァァアアアアアア!!!」


 気が遠くなるような時間と金をかけてようやく完成させた人工サンドスター

 金も地位も名誉もこの手の中に握っていて、いま残りの一つを手に入れた


 あまりに透き通った純粋な瞳に気圧されて、一瞬ここまでしても釣り合ってないんじゃないかとどこかで思った

 全てのピースを埋めても開いてしまう小さな穴があるような気がした


 でもどうでもいい


 邪魔するものは全て消した

 専属の先生として呼んだのに関係を持とうとした三十何人目かの男は目の前で処刑した

 そして今危ないところまで言った男もセルリアンでミンチ


 この世界には自分と彼女の二人きり……



「んっ……」

「ハァ…ハァ! 綺麗だよ本当に綺麗だハルピュイア!」


 もう衝撃音も聞こえず、部屋にはお互いの唇が出す音しか存在していない

 乾きを癒すように何度も何度も強引に奪うたびに、弾力のある唇に押し戻されて弾かれた


 彼女は自分の腰のあたりに手を回したまま、聖母か何かのように静かに見つめていて、その時煮えたぎるような下腹の疼きと野獣の目覚めに気がついた



「毛皮…」

「再生させないでありのままを見せてくれ。ハルピュイア」


「うん、わかった。もう覚悟は、してるから」



 脳みそを痺れさせるような甘い吐息がかかったのを合図に、上着とシャツを力任せに引きちぎった

 触ったら崩れてしまいそうな白い肌に、肉欲が破裂しそうになるのを抑えながら今度は双丘を覆い隠す布に手をかけて、息を整えながら金具を外しその全てを顕にした


 もう上半身には何も付けていない


 ずっと外に出たことなどないようなシルクのような肌の内側には程よく引き締まった筋肉が備わっていて、手で撫でるとくすぐったそうに引き攣った


 今度は間違えて壊さないように、だめにしてしまわぬように、皮膚の薄い場所や神経の集まった場所を狙って指を沈ませたり円を描いたりして弄んでいると、段々と彼女の体が熱を帯び心拍数が高くなっていくのが分かった



「いい子だ。この時をずっとずっと待っていたよ」

「うん。私も。すき…だいすき」

「ああっ…幸せが振り切っているよハルピュイアっ!」



 話している間にもお互いの体の火照りは冷めることはなくそれどころか度重なる甘い刺激で抑えきれなくなったスズの吐息が、声帯を強く震わせ始めた

 その声はシコルスキーの興奮を余計に高めることになり、結果更に強い刺激を与えられるというサイクルに陥った



「ああ好きだよ…好きだよ…!!」

「…」

「我慢するな。さあ、さあ」



 既にもう片方の手は下腹部に伸びていた


 半目だった目も開ききり、綺麗な白髪が色々な水分で顔に張り付いたのも気にせず声を上げながら神経の塊に詰め込まれる刺激に必死に堪えている



「練習をしてきたんだよハルピュイア…多少強情でもすぐに折れるようにさ。もう耐えるな我慢するな。私を信じて身を預けろ」


「いっ…! 痛っ!」


「どうした? もう限界なのか?」



 歯を食いしばって髪を振り乱し、声を上げながらベッドの端を握っていたがついに限界が訪れてしまった


 シコルスキーの体が軽く浮くほど腰のあたりが痙攣し、手と足が不自然に伸びた状態で固まり、瞳孔が開いた目が天井を睨み、中途半端に空いた口で溺れた子供のような呼吸を精一杯にしている


 密着していた腹を少し離すとスズが今の一瞬で出した汗が蒸発して身震いするほど熱を奪われてしまい、シコルスキーが与えた刺激の強さを実感することになった



 _____


 所属していたギャングから白い鳥の亡骸と人工サンドスターのサンプルだけを持って社会に放り出された自分は、サンドスターなる奇跡の物質が支配するジャパリパークという場所を知ってしまった


 まずは純粋なサンドスターで白い鳥を人間の姿にしようと思い、従業員を騙してパークに侵入し亡骸にサンドスターを振りかけた


 亡骸は虹色の光に包まれたかと思うと、どんな女優よりもどんな人間よりも美しい女性に変身した



「あああ!! 生き返った!! ねえ、私だシコルスキーだ! 覚えているかい? 私だよ!!」


 人間になった白い鳥は自分の方を見た

 恐ろしいほどきれいな瞳で人睨みすると



「あなた誰?」

「え…? 冗談だろう? 覚えていないわけがないよ!!」

「あらごめんなさい。私あなたのことわからないの」



 それだけ言うと飛んでいってしまった


 家族だと思っていた鳥は、見向きもしてくれなかった



 _____________



「ハハハ…私は幸せだ。神というものがいるならば私のことを見てくれているんだろう」


 その鳥が今は自分の目の前で半裸の状態で達しているのだから


「どうしたの? さああなたも毛皮を脱いで…? 私だけじゃ意味がないでしょう? もう覚悟は出来てるの。さあ早く。…ついでに拘束も外して頂戴」


「ん…? ハルピュイアいつの間にそんな元気になった? んがっ」


 豹変した態度に驚いたシコルスキーに見かねたスズが、先程タイツを破られ露出した足の指で容赦なく鼻をつまむと強引に引き寄せた


「さあ早く拘束を外して。じゃなきゃ作るものも作れないでしょう?」


 スズの口元に不敵すぎる笑みが浮かんだ

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