55 愛の結晶をつくる

「起きたか」


 顔に冷たい刺激を感じて目を覚ました


 ガサガサの手が自分の顔の水を払い、今どうなっているかはすぐに分かった

 体中に残る痺れによって、先程シコルスキーにされた仕打ちを思い出した

 気絶するまでスタンガンを当て続けられ、ヒデとシコルスキーが言い争いをして爆音がなり始めた頃に気を失った


 野生解放はできない

 そんな力はもうどこにも残っていなかった



「ここ…は?」

「ハルピュイア。何年も前にお前の居た部屋だよ。もちろん覚えているだろう?」


「覚えてない」



 嘘だ

 しっかりと覚えている


 しかしその場しのぎの答えはやつには通じず、覚えている前提で様々な思い出を話し始めた


 思い出と言っても楽しかった覚えなど


 微塵もない



 _______________



「できた!!!!! ついにできた!!!!!!!!!! 生き返ったぞおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」



 私は白い毛皮を着たたくさんの人間に囲まれて、狭い場所で生まれた

 起きた瞬間に知らない人間に抱きしめられ、びっくりして思い切りひっかいてしまった


 次の瞬間頭に強い衝撃を感じ、次に起きたときにはさっきよりは遥かに広いが飛べるほどでもない場所に居た



「ここで暮らすんだ。君の名前はハルピュイア。生きるのに必要なものはここに揃っている」

「ここじゃ飛べない。飛べる場所がいい」



 なんとなく希望を述べた瞬間、さきほど自分がひっかいた人間が怒り始めたのが分かった

 自分も引っかかれるか、それとも命を奪われるか


 そんな心配とは裏腹にそいつは笑って



「ハルピュイアの翼と爪は飾り物だ。人間としてここで静かに暮せば良いんだ」



 そしてその変な場所での生活が始まった


 その部屋には机、ベッド、そして本棚だけがあった


 朝起きたらいつもあの男がご飯を運んできた

 日が高くなったらまたそいつはご飯を運んできた

 太陽が沈むとそいつはまた来てご飯を運んで、そしてベッドで寝るよう命令された


 喜びも悲しみもそこにはなかった


 ただ生きるのに必要なことだけをこなし、不便もなくただただ削られていく寿命



「本棚に本があるから読むと良い。そろそろ専属の教師も付けてやろう」

「ほんってなに」

「本は先人たちの知識が詰まったものだ。まずはそれを使って最低限私に見合うだけの学を身に着けてもらおうか」


 それからご飯を食べていない時は本棚にある本を読み漁るようになった


「黒…ちゃーと…虹色…ちゃーと…? これは何の本…さんかく? えす…あい…えぬ…しー…おー…えす…てぃー…えー…えぬ…???」


「びっぐばん…がんませんばーすと…ちょうしんせい…」


 何が何なのかさっぱりわからないお


 そもそもこれは何


 結局三日目には恐怖すら感じ、本棚に手を付けることはなくなった



 ___



「さあ今日の朝ごはんだハルピュイア。最近寝てばかりだが本はどうした? 読みたくないのか?」

「何が書いてあるかわからないの。…やっぱり暇。空を飛びたい」


「空なんて無い」


 男の態度が急変した


 今までは敵とも味方とも分からず、まあご飯を持ってくるから敵ではないと勝手に思っていた

 しかし違った


 まるで縄張りに侵入されたケモノのような、完全なる禁忌に触れられ本能的に敵対する動物のような敵対心が感じられた


「空なんて無いぞハルピュイア。この世界にはそんなもの無いんだ」

「じゃあ外はどうなってるの」

「知る必要はない。この世界にはこの部屋だけ。いいか? 出たら命を落としてしまうぞ」


「嘘よ! だって私には羽がある。この羽でどこへだっていけるはずなの!」



 そう言うと男は部屋から消えた


 諦めたかと想ったその時、何か恐ろしい気配を背後に感じた



「あなたは誰?」



 ソイツは何も言わない

 吸い込まれそうなほど黒い体に自分の頭くらいの大きな目が一つだけ付いていて、その異様な姿で一瞬で敵だと分かった



「ずも」



 気味が悪いほど大きな一つ目が自分を睨みつけた


 食べられる


 本能に刻まれていた記憶を元に爪を使って渾身のひっかきを当てたが、ソイツには傷一つ付かず先程と変わらない様子で迫っていた



「いや…いや、いや!! 来ないであっちいって!!」


 ソイツは勢いをつけて自分に飛び込んできた


 怖い


 でも避けないと



「っ!? ああっ…」


 避けたつもりがソイツの体当たりが肩に直撃し、そのまま後ろの壁に叩きつけられた

 視界が揺れ意識がはっきりせず、まともに立つことすらできない


 反撃しようとした瞬間、今度は腕が上がらないことに気がついた

 それどころか息をするだけで肩のあたりに激痛が走り、とても戦いどころではなかった


 今まで危険な目になど一度も会ったことがないだけに現状を受けれることができなかった


 死がすぐそこにある



「誰か…誰か助けて!!! 助けて!!!!」



 自分しか居ない部屋に声だけがこだまし、いよいよ助からないと覚悟した時見覚えのある声が耳に入った


「あーあーなんてことだーハルピュイアの命が危ない。うおーがおー…ほら倒したぞハルピュイア。もう安心だ」


「え…? あいつは…? 私は助かったの?」


「そうだ。間一髪で私が倒せた。あと少し遅れていたら今生きては居ないだろう」



 ___________________________


「どいて」


「抵抗しても無駄だ。いや今のハルピュイアには抵抗などできないだろう? お前が奴に抱いているのと同じ気持ちを私は抱いているんだ。愛しているんだよ心の底から。ヒデとやらはもう諦めるんだ」


 まるで役者のように感情の入った声で囁いた


 無表情なところ以外は


「私はヒデのこと嫌いよ。だからあなたも私のこと嫌いってことでしょ」


 しかしシコルスキーは何を言われてもお構いなしに愛?をささやき続け、体がしびれて動けないのを良いことにシコルスキーはスズを床に押し倒しその上に覆いかぶさった


「子供を作ろう。愛の結晶だよ…二人きりで、いや三人で愛を育むんだ。私はもう準備ができている。後はハルピュイアが私を認め受け入れるだけ」


 あまりの嫌悪感にスズの全身から冷や汗が吹き出した


 まるで魂が直接毒か何かに浸されるような圧倒的不快感がスズを襲った

 動物の方の本能と、もう半分の女性としての本能が逃げろと警告を鳴らし続けている



「私は子供なんて要らないわ。つがいを作る気もないの。分かったらその気持ち悪いベタベタしたお腹をどけて。生憎あなたは理想的なオスと真逆の存在なの」


「パークで少しはまともな教養を身に着けたかと想ったら相変わらず子供のままか。人間には人間のやり方がある。フレンズだって同じだ。今までの人間が全てハルピュイアと同じ様な子供だったら未だに類人猿にすら進化していないだろう


 いいか? そもそ…」


「うるさい馬鹿」


 渾身の説教を一言で止められ流石に頭にきたようで、シコルスキーはその後何も言わなくなってしまった


 傷ついている間に抜け出して一撃加えようと企てたスズだったが、抵抗した瞬間に首に冷たい感触を覚え、自然に力を抜いた


「流石にトラウマになったか」

「それだけはやめてっ!」


「残念だ、本当に残念なことだ」


 _________________


 首の周りが包帯だらけになった状態で目を覚ました

 いつもと変わらぬ無機質な天井が見えた


 本能に刻まれた、自分の居場所である青色の空が恋しい


「だから外は危険なんだ。ハルピュイアはここにいれば良いんだ」


 なにか考えようとすると脳裏にあの一つ目の化け物の顔が浮かび上がった

 結局その時は「分かった」と言うと男は笑顔になり、またどこかへ消えてしまった


 でも


 やはり


 飛びたかった


 狭い部屋では羽ばたいても天井に頭をぶつけるだけで、遊び回りたい欲を抑えようと飛ぶと逆にもどかしさが募るばかりだった


 そしてその時一つのことに気付いた


 今までご飯の合間に謎の機械で変な検査をされることがあったが、それに快く応じて協力すれば男の機嫌がかなり良くなる

 あの時助けてくれたからきっとあいつは味方に違いない


 だから機嫌を取り続ければいつか安全に外に出してくれて、自由な空で羽を使って飛び回れる


 それから数日後、夕食を運んできた男に久しぶりに話しかけた


「私は何をすればいいの」


「いきなりどうした? まあいい、まずは私に見合う知能を身につけるんだ。まずはそこからだ。だからあの本を読んで…」



 その時考えに考え、無意識にサンドスターを活性化させた結果シコルスキーも予想外のことが起きた


「あそこにある本はあれだけじゃわからないものだと思うの。きっと段階を踏んで、その上で身につけるものだと思うのよ。あそこにある本は全部三周づつ読んで内容自体は暗記したけどどういうことかはよくわからない。きっとああいう本があるってことは、あれをある程度理解して他の人間に教えられるような人間がいると思う。だからそれを早く呼んで。教えて」


「ああ、そうだな。今すぐ呼んでやろう。思った以上に知能の発達が早いようだ」


 ___



 その時の様子をシコルスキーの部下、マッド=サイエン=ティストjr(57)は後にこう語っているッッッ


「いやあ私ね、あの人に認められてフレンズを作るとかいう実験に参加したんです。誰もできなかったことを彼はいきなりやってみせたんですが何よりすごいのはそのフレンズ!! こう…一瞬で! バアンって爆発したみたいにIQが! 彼が試しに九九の最初の段を言ったら一瞬で規則性を見抜いて、20の段まで言い終わったところで彼が止めて終わりましたが。一日前まで幼稚園並みの知能だったのに。天才。もはや人智を超えて神ですよ」


 終了おわりッッッ!!!!!!

 刃牙ネタわからない人圧倒的謝罪いごめんなさいッッッ!!!


 ___



 _________________



「当たり前だけど言葉通じないよね!! ほら俺くっても変態すぎて美味しくないから!! それより俺はスズのところに!!!」



 スタンガンで気を失ったスズがシコルスキーに連れ去られてしばらく経った頃

 俺はまだフレンズだった頃のスズを食べたというセルリアンと退治していた


「うお!? うわ!? ぐあっ!? ったく早くそこ通せよっ!!」


 セルリアンから伸びた腕が床を深くえぐりながら俺を狙ってあちこちから襲ってくる

 知能はないが凶暴性が普通のと段違いである


 特殊警棒で極太の腕をいなすのが精一杯だ

 横に叩けばありあまる力が逃げ切れずに部屋の壁をぶち壊していく


「ていうかなんで俺こんな事できてるんだ? これ衝撃数トンレベルだろ? んん?」


 さっきから無意識に戦っていたが、いなそうと横向きに殴打するたびに凄まじい衝撃音が鳴り響いている

 セルリアンの力に対応するレベルの人間ではない力が俺の体から発揮されている


 だが戦えるならどうということはない


 現実離れした自分の動きに戸惑いながらも、砕けたコンクリートを使ってひたすらに応戦した


 伸びてきた腕を間一髪で避けて力を地面に向かわせ、腕が埋まった瞬間に飛び移ってスズの連れて行かれた扉へ大きくジャンプした


 飛び移った瞬間に両側から俺を潰そうと腕が伸びたが、別の触手を引きずり出してそこに突っ込むと予想通りセルリアンが自らの触手を断ってしまった


「バカ目玉はそこで痛がってろ!」


 セルリアンを蹴飛ばしてスズの消えたドアへ飛び込んだが、今度はセルリアンから人型の影が伸び俺を殴り飛ばしてきた


 人型の影の背中に先程の巨体がスルスルと吸い込まれ、その姿が顕になっていく


「スズ? いやスズはさっき連れ去られたんだ。じゃあお前は? お前は誰なんだ」


 見た限り人工サンドスターの塊だ

 スズの姿をしてはいるが理性どころか知性の欠片も感じない


 早速俺に向かって飛びかかってきた

 好戦的だが羽も爪も使わず、さっきより弱体化している程だ


 しかし一つ大きな問題がある



「エロいっ!!!!」



 フレンズの姿で大胆な動きで暴れまわるので色々と目のやり場に困ってしまうのだ


 たとえそれが偽物だと分かっていても


「戦えない…それにこのままじゃスズのとこにもいけないぞ! …あれは?」


 偽スズのキックを受け止めた時、シコルスキーが捨てたスイッチが視界に入った

 なんとか俺はスイッチをひろうと、さっき閉じ込められていたカプセルの前に立ちふさがった


「来い!」


 タカ達の動きを普段覗きまくっていたおかげで動き自体は読める

 走ってきたスズの足をタイミングよくつかみ取り、その勢いでカプセルの中に投げ込んだ


 後はスイッチを押すだけだ


「ぐも゛も!!!!!」

「ごめんな。後でまた戻ってくるからな偽スズ!!」


 命を確実に奪ってくるようなやつが出てくるかと思っていたら滅茶苦茶弱いセルリアンで良かった

 これで本当に終わりなのかと思ったが特に続きが来る気配はなかった


 俺はセルリアンがカプセルの中で暴れるのを尻目にスズが連れ去られた方へ走り出した

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