54 心の穴埋め

 目の前に広がる大きな川


 そしてバカみたいにでかい橋


 空は腐ったみたいな変な色で、地平線はあるのか無いのかよく分からない感じだ



「まだ若いのに。一体何があったんだい? 病気?」



 急に知らない老人が話しかけてきた


 落ち込んだ目に窪んだ頬

 全身がひどく痩せこけていて、動くたびに辛そうに咳をしている


 これは一体何かの病気か…



「その、大丈夫ですか? すごく辛そうですけど」



 俺が肩を貸してやるとその老人は笑顔で身を任せてきた



「大丈夫なんて言ったって、何もかも遅いじゃないか? 私はもう死んでいる。妻と子供と孫に看取られて本当に幸せだった。君も認めないといかん。ここに来た以上遅いんだよ」


 遅い? 何が?


 俺はシコルスキーに手を突っ込んだらそのまま闇に飲み込まれ、奴の思い出を見たと思ったらここに居た


 足は…透けている

 もしやとおもって胸に手を当てようとすると一瞬触れたが、死んでいると意識してしまった瞬間突き抜けた



「マジだ」



 老人に声をかけようとしたが、既にその老人は橋の向こうで別の人と話をしていた


 ひと目で分かった


 あの人達は誰も生きてない



「タカ…スズ…母さん!?」



 今まで死んだときのことなど考えてこなかったが、今までの人類が死を恐れて宗教や哲学、そして科学を発展させありもしないものにすがりついてきたかが痛いほど分かった


 もう取り返しがつかない


 どうしようもない


 マジ三途入ったパターンだなこれ



 ーーーヒデ


 ーーーデ!!!



 _____________


「お願い起きて!!! ヒデ!! ねえお願い起きてよ! 起きなさい!!!」


「んおぉ!? どうし、ガハッ!?」



 意識がはっきりとしている


 何故か体が液体に浸かっていたが苦しくはなかった



「俺はどうなってんだ!?」

「シコルスキーに捕まってじ、人工サンドスターに漬けこまれてっ! 早くしないと死んじゃう! 今助けるから!」



 さっきのは夢だったようだ


 どうやらこのままでは本当に死ぬようなので、懸命にもがいたが自分がいるカプセルはどこにも出口がなく体力だけが無駄に消えていった


 スズも死にものぐるいでガラスに爪を立てて助け出そうとしてくれているがツルツルの強化ガラスには傷一つ着くことがなかった



「なんか苦しくないし大丈夫だスズ。それよりここはどこだ? なんか放棄された研究施設って感じだけど…っていうか俺はなんでこんなものに浸かってるんだ」


「ここはシコルスキーが今も使ってるの。私はここで生まれた…そこらへんに人型のカプセルがたくさんあるでしょう?」


「えっ、はぁ!?」



 スズの生まれは初めて聞いた

 こんな薄汚いところでどうやって生まれパークに出るまで生きたというのか


 するといきなりスズが口に指を当てて「あいつがくる」と囁いた


 言葉通りボロボロのドアが軋みながら開き、一人の老人がスズに近づいてきた

 ばれないように薄目で死んだふりをしながらそれを観察した



「ふむ。先程は脳波がほぼ無くなったが蘇生したか。原液に漬けたはずだが生身の人間の割によく耐えるじゃないか…まあ生き残ったとしても後で始末するがな」



 椅子に縛り付けたスズに寄り添うと、弄ぶように俺のカプセルをコツコツと叩いてきた


 その老人はシコルスキーに酷似しているが言葉が流暢で、いつも見る姿より20程は年をとって見えた



「アニマルガールの姿にしたのは失敗だった。…まあ思考を覗いた限りこの男が肉欲でも満たすために飼育員としてお前に近づいたんだろうが、見た目が女なせいで余計な繋がりができてしまった。何の価値もない不必要な束縛だ。


 だがそれも終わり。今度ので私とお前は本物の家族になる。誰にも邪魔されることのない最高の繋がりだよハルピュイア。幸せだ。幸せを掴むんだ」



 いかにも正しいことをしていると言った曇りのない顔をしながら、いやらしい手つきでスズのお腹を撫で回した


 家族…もしや!?



「いや…嫌! あなたと家族になんかならない! タカたちと一緒にいるほうが嬉しい! こんな気持ち悪い人間となんか絶対に! 私は! 嫌だ!!!!」


「なら誰と家族になりたい。タカのアニマルガールは除外だ…あいつは女だからな。つがいを組むならどんな男がいいのか教えるんだ。石油王か? 俳優か? それとも政治家…金か? 権力か? それとも美貌か?

 …残念だがその全てを人工サンドスターを使えば叶えることができるんだよ。


 ああそうだお前の好きだった食べ物を用意してみたぞ。ひとまず腹を満たすと良い」



 このタイミングで飯出すか普通!?


 しばらくすると武装した男がカートに料理を載せて持ってきて、スズの隣の机に丁寧に置くと去っていった

 薄目で見える限りフカヒレの姿煮と、明らかにお高い店で出てきそうな肉料理がそこにはあった


 スズは何度か匂いをかぐと、一瞬でそれをすべて平らげた



 いやこんなやばいやつに出されたもの口に入れちゃだめだろ!?



「吹き飛ばそうと思ったけど…もったいないから…」



 良い子すぎて涙が出る



「旨味成分がパークで出るどの食べ物より高い。どうだ? 何を思った?」

「みんなで食べたひしゃげたジャパリまんと…賞味期限の過ぎたジャパリマートのお惣菜のほうが良い」


「味覚が麻痺してしまったのか。変なものを食べるのはやめろと言ったはずだ」

「楽しくないし! なんか暗いし! 嫌いな人が目の前にいるし! お腹は満たされるけどぜんっぜん美味しくない! あなたは家族どころか友だちも居なさそうだから分からないでしょうけどね!」



 流石にこの一言で奴を刺激してしまったのか肩がプルプルと震えだした

 椅子に縛られているスズに何をするかわからない以上今すぐここを飛び出して抑えたいが、強化ガラスに閉じ込められて何もできない


 奴が手を振り上げたのでついに手を出すかと身構えていると、笑顔で手を肩において一言つぶやいた



「だから家族になるんだハルピュイア」



 それだけ言い残すと奴はどこかへ歩いていった


 ________


「家族になるって…マジか? 今まで変なことされてないよな!? 大丈夫だよな!?」

「ここで暮らしていたときに何度もやってきた。寝てる間にいつの間にか横に居ていきなり抱きついてきた…」

「いくらなんでも気持ち悪すぎるだろう!?」


「ヒデだってやった」


「ごめんなさい許してください」


 一瞬蔑んだ目をしたが、俺がわざとらしく土下座(と言っても液体の中に浮いていたので土下座の姿勢のままその場で一回転した)すると一瞬だけ笑顔になった



「それよりどうして今起きてるんだ? ずっと横に張り付いて起こそうとしたのにスズはずーっと、ずーっと寝たまんまだった。一時は…その、あれだな…もう…」


「ずっと、心配して…くれてたの? わ、私のことを?」


「当たり前だ! スズは大事な担当フレンズだからな! お前が居なくなったら俺は仕事がなくなっちまうんだ」


「担当中のフレンズが動物に戻ったりしたら新しいフレンズが担当になるんでしょう? 私が居なくなったとしてもヒデはお金が貰えるしご飯も食べれるでしょ。これ前も言ったかもしれないけど、私に執着したところで害しか無いわよ」



 スズはそう言うと椅子に拘束されたまま器用に体重を移動させて椅子ごと元いた場所に戻っていった


 …嫌だ

 スズじゃないと嫌だ


 絶対に一緒に居続けたい


 まるで子供のように、湧き出す感情が抑えきれずに噴き出すのが分かった


 仕事上湧いてはいけない情が…子供の時知りたくて知りたくてしょうがなかったものが今は目の前にある



「会いたい…会いたい」



 心の声が声となって漏れ出た


 スズが一瞬驚いてこっちを見た



「俺はさっき夢を見たんだ。三途の川を渡りかけたんだ…死にかけた、いやほぼ死んだんだ。今までは人生なんてとりあえず適当に生きて、母さんだけには恩返ししてフレンズで変なこと考えて同人イベントで委託販売だけしてればそれでいいと思ってた。でもその時はスズと…タカに何にもできずに死ぬってめちゃくちゃ寂しいって思ってどうしようも無くなって…!!


 ああわかんね! とにかく、今この瞬間だけでも…笑顔じゃないと…ああ笑え!!!! 笑えっ!!!!!」



 俺頭おかしい


 スズも何を言っているのかわからないという顔で見ている


 再び椅子ごとこっちの方にやってくると、大きなため息をしてから話しだした



「あいつが、シコルスキーが最初そんな感じだったわ。動物のときに助けてくれたのはあいつだった。悪くない人を傷つけたり何も知らないフレンズで実験しているのと同じ人間とは思えないけれど本当」


「あいつがそんなこと? 不思議なこともあるもんだ」



 たまにスズを助ける映像が俺の記憶のようにフラッシュバックするのはよくわからないが助かった謎がようやく解けた



「信じるの? 普段あんなことしてるのに…?」


「信じられないってのは否定できないけど、あいつのお前を見る目でなんとなく理解はできる。あいつの行動には愛情なんぞ1ミリもないが、そういう気持ちはなんとなく伝わってくる。まあ飼育員の職業病だな


 で、スズは今どう思う?」


 結局答えることはなかった


 その後いくつか質問を投げかけてみたが何も言わずに俯いたままだった



「あいつのことは好きか」


「っ!?」


 俯いていたのが一瞬で覚醒したように起き、開ききった瞳孔が俺を見つめた



「その目怖いよスズ…んじゃ、俺は? ねえねえどう?」


「死にかけてるのによくそんな調子乗れるわねもう! 嫌いよ嫌い!! なんか目が変だし人間なのにフレンズばっかり狙うし危機感ないし! 変態!!」


「ごめんね俺は大好きだよ」



 その時部屋のドアが勢いよく開いた


 見たくなかったシルエットが姿を表し、気味の悪い声で喋りだした

 話しながらもスズのところへ歩み寄り気持ち悪い手付きでベタベタ触っている



「騒がしいと思って来たら随分と楽しそうじゃないか? …お前は今更死んだふりをしても無駄だ。ハルピュイアは、あれは何だったのだ? 私には見せない顔をやつには見せた。絶対に見せない顔で絶対に出さない感情を出した。ああこれは大変なことだ」


 奴は躊躇なくスズの首筋にスタンガンを当てた


「ひっ!? ああああぁぁぁっ!!!???」


 スズが絶叫して暴れても奴はスイッチから手を離さず、力が抜けて動かなくなっても何度も押し当て続けた



「やめろ!!!!! お前、スズのことが好きなんだろう!? それは女の子愛してるやつがすることじゃねえぞ!! とにかくやめろ!!! 頭おかしいのか!?」


「悪いが人工サンドスターの化身体でないと力が出ないのでな、少し手荒な真似をさせてもらった。それに私は至って正気だ。正気だからこうしている。ああほら、こうなるだろう??」


 話している間に縄を引きちぎっていたようで、気絶したと見せかけての渾身のひっかきを繰り出したが再度スイッチを押したことで腕が引きつってそれは阻止された


「もうやめろ!! 本当に死ぬぞ!!」


「今までに何度もやったが死んだことはない。今ここにいるのがその証拠だ。心臓が止まったらAEDを使えばいいだけのこと。それよりもの方がよっぽど重要だ。とどのつまりこれはその罰だ」



 ガラスを何度も何度も殴ったが強化ガラスは目の前の二人と俺を遮り続けた

 このガラスがなかったら俺は今すぐにでもあいつを殺めてしまいそうだ


 それでもスズの悲鳴が人工サンドスターに漬けられている俺の耳にはっきりと届いた



「やめろやめろやめろっっ!!!!! ぐがあああああああ!!!!! 俺のスズから離れろ!!!!! 俺の大切なスズに触るな!!!!! その汚い体で俺の好きなフレンズの5m圏内に入るんじゃねぇ!!!!!!!!」



 感情のままに叫び終わった時気付いた


 言ってしまった



「好き…だと? 今ハルピュイアをなんと言った? なんと言った? 好きな? 大切な? 俺の?」


「そうだ!! てめえみたいな自分のことだけ考えて命を粘土みてぇに遊び道具にする奴よりずっとずっと想ってる!!! 俺はかわいくていい子で素直で可愛くていい匂いでかわいくて純粋でかわいくて!!! 自業自得で担当フレンズ失った心の傷をスズの気持ち無視して埋めさせるやつに何が分かる!!!!」


「パークを想ってやった事だ。それにあの時死んだのもハルピュイアだ。人工サンドスターで生き返らせて心の傷などとうに埋まったよ」


「嘘だ!」


 叫ぶと同時に目の前のガラスが下に吸い込まれていき、俺とあいつを遮るものが無くなった



「なら私より愛があることを証明してみるがいい。こいつでな」



 床が黒く泡立つと、見覚えのある男が目の前に出現した


 と思いきや、人型だったソレは更にボコボコと沸き立つようにうねると、あっという間に巨大化し直径5メートルほどはあるセルリアンに変身した



「フレンズだった頃のハルピュイアを食べたセルリアンだ。ただ殺すだけじゃ物足りない時はこいつを使う。人工サンドスターの原液に耐え抜いたお前も1時間後には肉団子に早変わりだ」

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