53 本拠地
「もうハルピュイアは振り向かなイ。見ろ…!」
青筋を立たせて再び人工サンドスターを生み出すと、今度はそれに混じって白い何かがシコルスキーの手元に出現した
スズだ
「ゲホ…は、放して…! はな…して…」
「やめろ今すぐスズから離れろ!!」
奴は真っ白な首にしわが寄るほど指を食い込ませて持ち上げている
スズが抵抗して蹴飛ばしたり引っ掻こうとするも液状化して全て避けられていた
奴が一瞬向こうを向いた
助けるなら今しかない
「無駄なことはしないほうがいイ。ああ…ハハ、今から面白いものを見せてやろウ。ハルピュイアの人工サンドスターが安定した今はこんなことだってできるんだヨ。よく見ていろ飼育員」
「ぐぁ!? あっ…」
手から生み出した小刀を首筋に押し当てると、真っ白な肌に少しだけ血が滲んだ
奴はそれを見届けるとおいしい食べ物でもみたかのように首筋に噛みつき、背筋が凍る様な汚い音を立てて滲み出た血を舐め取り始めた
さすがにこれは寒気を通り越して普通に吐き気がする
食事?に気を取られている間に奪い返そうと踏み込んだが、それをしようとした瞬間に汚い手がスズの首にかかった
「やっぱりそうだ同じ味がすル!!! ハハハ!! お前が暴れ出し脱走するイレギュラーはあったが計画通リ! あの時のまま生き返ってくれテ…あの時ノ…」
その時一瞬だけ腕の力が緩んだのを見逃さなかった
呑み込まれないよう余計なことを考えながら素早く腕を突っ込み、スズを締め付けている腕を形状崩壊させスズを助け出した
「アアッ!? 待テ!! 私の元へもどレ!!」
首を圧迫され続けたのと出血で意識が朦朧としていたスズが必死で絞り出した悲鳴が聞こえた
シコルスキーが急に動かなくなった今、こいつを消し飛ばすにはこうするしかない
フレンズ…タカ…キツネ…風呂…ベッド…
「よし、よし…大丈夫! 今なら行ける。全力で余計なことを考えながら頭を潰せばっ!! スズ安心しろ!!」
頭の中を限界までお花畑にしたところで、空手の突きの要領で思い切りシコルスキーの頭を殴り飛ばした
体に触れた瞬間ネガティブな感情に襲われかけたが、妄想しか取り柄のない俺に多少のネガティブなど通じるわけがない
「淫らな妄想で私の体を壊すというのカ。大人気のない下品さダ」
「女の子傷つけて血い舐めるほど下品じゃないぞ? さっさと妄想でまみれた輝きに押しつぶされて消え失せてくれ」
「妄想…ありもしない現実を頭の中で描く、カ。ならばかけがえのないものを失った過去もそれで塗りつぶしてみロ。できるわけがないがナ」
「お前失って困るものなんて自分から捨ててるだろがっ!」
その時奴から流れ込んでくる闇のようなものが一層と濃くなったような気がした
まるで何年もずっと背負い続けた暗い過去に苛まれるような、そんな感じだった
闇に紛れて、少しだけ輝きのような明るい思い出も見ることができた
「このまま全部吸い取ってお前をただのロシア人のオッサンにしてやるよ」
「常人ならこの時点で廃人と化し既にセルリアン化してもおかしくないはずダ!! 早く手を抜くのダ!! お前も私も人工サンドスター濃度の変化が大きすぎて最悪命を落とすゾ!!!」
「命乞いか? 残念だが俺は大丈夫だ。変態だからな」
だがその時
頭に入ってきた一つの記憶が自信に満ちていた俺の心を一瞬で打ち砕いた
頭に大きな羽の生えた白い服を着たフレンズがセルリアンに囲まれ、あっという間にぼろぼろになって動物に戻るという記憶だった
だめだ耐えろここで耐えなければ奴がまたパークを襲い始める
ここで廃人になってでも闇を受け止め切らなければ
「残念だったナ。お前の一番キライなフレンズを目の前で失うという過去を私は体験していル。そして耐えたが…お前はだめだったようダ」
「俺はその白い子をよく知らん…そんな挑発は効かない」
「どうせミライたちが色々と喋ったのではないカ? 分からないなら教えてやる、その白いフレンズはシロオオタカ、ハルピュイアそのものダ。一度死んだフレンズを生き返らせたんだヨ」
…心が
…折れた
_____
「この鳥飼う」
銃で撃たれて弱っていた鳥を助けたのがすべての始まりだった
いつか見たかもしれない懐かしいようなデジャブ
今気づいたがこれは俺の記憶ではない
何故か理解できるのはよくわからないが、記憶の中の映像は全てロシアでのものだった
語学は全く勉強していないが、あの特別な文字と喋り方でなんとなく分かった
ーー飼ってもいいが世話はきちんとしなさい
だいたいそんなことを記憶の中の母親は言っていた
その母はシコルスキーによく似ていたが、雪国住まいの割に顔色が悪く痩せていた
ーーもうあなたと私と、その鳥しかいない
まだ雪が残った畑のような場所で、複数の人が穴に土を投げ入れている記憶が蘇ってきた
周りには地味な服装をした大人たちがたくさんいて「まだ若いのに」とだいたいそんなことを口にしている
土を投げ終わると大人たちが花や枝をその上に飾り、それは何事もなく終わった
しばらくして、家に強面の男たちが頻繁に訪れるようになった
何故か家で飼っているあの白い鳥を探しており、母親の静止も聞かず何度も家に上がり込んで荒らしてきたがその鳥は男たちが来ると逃げるようにどこかへ隠れて居たおかげで見つかることはなかった
「どうしてあの人が来るのが分かるの? 鳥なのに人の言葉がわかるの?」
鳥はその時確かに頷いた
父は居らず母も忙しいなかで唯一大切な家族だと思っていたその鳥が、言葉で表しようのない存在に変わった瞬間だった
家の周りには同じ様な鳥が多く飛んでいたので、絶対に見失わないように鈴付きの首輪を付けてやった
_______________
ーーもうあなたは家族じゃない
鳥を探していた男たちはめっきり来なくなったがその男たちに友だちになるよう誘われ、仲間になる儀式と称してしらない家に火を放つよう言われた
それと変な粉や葉っぱを隠して運んだり、中身の知らない箱とたくさんのお金を交換するようにも言われた
だから全部やった
そのころから母が全く顔を見せてくれないようになり、あっても逃げるように去ってしまうようになった
そしてきなり家族じゃないと言われ、気づいたときには家から居なくなっていた
あの鳥だけが残った
いや最初からあの鳥だけだったんだ
強い思いが記憶とともに刻まれていた
ーーーーーーーーーーーーーーー
それからあの変な男たちの元で仕事をするようになった
体にあの変な粉や葉を隠して飛行機に乗ったり、銃を持って敵の事務所に乗り込んだり、武器を持って店に張り付き金を払おうとしない人間から強引に金をとったり、知らない老人に電話をかけて大量の金を受け取りに行ったり
男たちには警察だけには見つかるなと言われていたが、自分だけはなぜか見つかることはなかった
上手く仕事を終えると男たちに褒めてもらえ、金ももらえた
高いものを色々買ってみたが、それでも無くならないほど金はあった
その頃から鳥の元気がなくなり始めたのが原因で仕事の失敗をするようになったが、ある日ボス?に呼ばれ部屋に行くと満面の笑みで迎えられた
ーーお前は天才だ
ーーだから新しい仕事をやる
ーー今までの仕事の他に、できるだけ多くの動物を捕まえてこい
勉強をしていなかったので頭は悪かったが、自分のいる組織が秘密裏で動物を使った生物実験を進めていることを知るまでそう長くはかからなかった
だから
「店で暴れていた爺さんを黙らせてきた。店で働いて女で元気そうなのも捕まえてきた。銃で撃ったが命はある」
同期の仲間や上司は恐ろしく怒り自分を追い出そうとしたが、ボスだけはそれを受け入れ褒めてくれた
ーーーーーー
鳥が病気になった
自分の家族のことは誰にも話していなかったが、その時初めて周りの人間に鳥のことを明かし助けを求めた
しかし馬鹿馬鹿しいと一周され誰にも相手にされず、その時初めて周りの人間が家族どころか友だちですらなかったことに気がついた
だから無視した仲間を一人ずつ
ーーーーーー
ボスから何人か従業員が居なくなったと告げられ、自分が疑われた
しかしすぐに疑いが晴れたので、ボスにも鳥のことを明かし助けを求めた
やはりボスだけがそれを聞き入れてくれて、鳥の治療をしてくれた
しかし助からなかった
動かなくなった鳥を渡されるのと同時に、その鳥はボスが実験で作り上げたタカの一種だと言われ、子供のときに拾って育ててきたと言ったらボスが銃を取り出し次に目が覚めたときには病院の中だった
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「ハハ、私はあいつに撃たれたんだナ。今でもその傷がある…こことここダ。私は捕まっていた被害者と間違われてそのまま社会に放り出されタ。19歳で9*9の計算もできなかった私だったがその後お前を生き返らせるために大学に入り、サンドスター学を学んで、あの時のマフィアたちがどれだけの命を注ぎ込んでも成し得なかった人工サンドスターの基礎を作っタ。全てはお前…ハルピュイアのためニ。私の唯一の家族ダ」
パークの中なのか外なのかもわからない場所で、いろいろな研究資材が乱雑に積み上げられた部屋でシコルスキーがスズと向かい合うように座っていた
スズは古い手術用の椅子に後ろ手で縛られ、上半身と太ももにも拘束がなされ動けないようになっていた
そのとなりには人間が入れそうな大きさのカプセルがおいてあり、反対側には手術用の道具が机の上に散らばっていた
「私はあなたの家族じゃない。家族になんか、なりたくもない! 早くタカ達の住処に行きたい…みんなで…」
手錠を鳴らしながらスズが絞り出すような声で訴えた
頬には涙の跡がついており、その上を新しい涙がさらに伝わった
「私と二人では嫌だとそういうことカ。そもそもお前をこうしてパークで自由にさせているのは友達をつくるためでも新しい家族を作るためでもなイ。狭い研究室に閉じ込めていてはストレスが溜まって人工サンドスターが生成されなくなるからダ!!」
勢いよく押し倒され、椅子と衝突する鈍い音が部屋に響いた
思い通りにならないシコルスキーの怒りがこもったてで押さえつけられ、スズが必死に呼吸をしながらそれをしのいだ
「はなして、おねがいっ…! 息ができないから…」
「それならバ」
スズが咳き込み、シコルスキーが鋭い目つきでそれを見つめた
「もう余計な関わりは持たないと誓えるカ? お前が余計なことをして追手が来たせいでカコやミライを葬るための人工サンドスターを全て使ってしまっタ。人工サンドスターで洗脳した部下たちも今やジャパリ病院で入院中ダ。
もちろんあの男は、特にダ。あいつはいずれ輝きをすべて奪い尽くして私のものにするが、余計なことをすればお前の目の前でそれを実行すル。ただ一度の猶予も与えず即日にダ。今まで我慢してきたが仏の顔も三度までというやつダ」
シコルスキーがいきなり明後日の方向を見たのでスズはなんのことかわからなかったが、その方向を見ると見覚えのある人間が囚われていた
その人間は大きなカプセルにドス黒い液体とともに閉じ込められていた
意識はないように見えるが、そばにある計器類が脳波や心拍数を示しているのに気づいて一瞬の安堵が許された
「ヒデ…生きてるっ…! あれは一体何!?」
「人工サンドスターの原液に漬け込んであル。濾過も上流もしていないから…1mgで命の輝きを奪うには十分ダ。お前の行い次第で生き返らせることもできるが意識は二度と戻らなイ。…まあここまでした以上生き返られるのは人工サンドスターに耐えられる人型のミュータントでも無い限り無理だがナ」
そう言って笑うとスズが一段と強い抵抗を見せた
…ように見えたが、その動きは抵抗と呼ぶのも難しいほど弱々しかった
「ハルピュイアお前は腐ってもアニマルガールの一人ダ。強い感情に突き動かされれば多少は動けるが、それ以上に絶望に支配されるとけものプラズムを生成できずに動けなくなル。諦めロ」
「いや、いや、いやいやいや!!!! ああああああっ!!!」
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