57 甘い罠、あとついでに絶望
「子供、作るんでしょ…早くして、ほら早く」
「焦らないでおくれ」
唐突にスズが煽ったので、まだもう少し前菜を楽しみたかったシコルスキーが着ているものを全て取り払った
その時スズの中で常識が壊れた
そもそも鳥の交尾とは一部を除いて総排出腔同士をこすり合わせて数秒のうちに精子を交換するだけで終わる
もちろんそれはタカ科も同じで、シロオオタカもしっかりその常識の範疇に収まっているはずだった
それがシコルスキーの張り裂けんばかりの怒張を見せつけられたことで何もかもがひっくり返ってしまった
「どうした?」
「は、初めて見たからそれ…つい驚いちゃって。あと私を繋いでるロープを外してほしいの。う、うつ伏せになったほうがその、いいでしょ?」
「ああ。ずっと繋いでいて済まなかったハルピュイア。今自由にしてやろう」
固結びしていたロープをナイフで断った瞬間、スズが素早く上体を起こして目があった
瞳には少し野生開放の光が見える
まさかと思って身構えたシコルスキーだったが、その心配はすぐに無用なものとなった
首の後ろに彼女の手がまわり、次の瞬間には唇を奪われていた
すぐに唇を離した彼女は恥ずかしそうに笑みを浮かべ、うつ伏せになってベッドに横たわると目の前にはまた雪のように白い肌が広がった
肩甲骨やうなじの凹凸に目を奪われながらも、今度は下半身の毛皮…スカートに手をかけビリビリに破いてしまった
「最後の毛皮だ。ハルピュイア…愛しているよ」
「私も」
最後の毛皮を隠していた大きな尾羽根がゆっくりと背中側に倒れ、今剥ぐべきものの姿が完全に現れた
肌を傷つけぬよう慎重に隙間に指を差し入れ、ゆっくりと力を入れてそれを下ろしていく
「ハハ…ハハ…」
尾羽根の付け根が完全に見えた
あと少しだ
少しづつ毛皮が下ろされていき、だんだんとその全てが目の前に見えてくる
あと5センチ…
あと2センチ…
布が擦れる音とともに全てが…
ああ、あははは…
あははははははh……
あべし!!!!!!!!!!!??????????????
「わざわざ拘束解いてくれてありがとう。このド変態。下等な人間はキャンキャン鳴けば油断するって聞いてはいたけど、本当に引っかかるなんてバカね」
スズのかかとがシコルスキーの顎を綺麗に捉え、意識とともに上体が大きく後方へ飛ばされた
大きく浮き上がった体が重力に従って下向きに落ち始めると、今度は首に豪快な回し蹴りが炸裂し、上下運動を終えた体と意識は今度は真横へと吹き飛ばされることになった
「信じた相手に騙された気分はどうかしら」
しかしシコルスキーは何も答えない
スズは着ていた服を全て再生させると、帰り際にシコルスキーの股間へ野生解放を伴った全力の下段突きを叩き込んだ
「気持ち悪いのよそれっ!!」
「ぐあああああああっっああああああ!?!?!?」
絶叫をするためだけに帰ってきた意識は今の衝撃でさらに遠いところへ飛ばされてしまった
________________
あの偽スズを閉じ込めた俺は、ドアの先の薄暗い廊下を走っていた
「スズ!!! スズ!!! どこだ、居たら返事してくれ!!!!」
この場所は階層が分かれているのか、どれほどの広さがあるのかすら分からない
そもそもパークの外なのか中なのかも分からず、どこかに地図がある様子でもないのでただただ分からない
持ち物は先程人工サンドスターに漬けられて腐食した時計型ラッキービーストの本体と、何故か無事な携帯、そして携帯サンドスターゼリーと対セルリアン警棒
残念なことにラッキーも携帯も壊れてしまって役に立たなくなっている
せめてここがパークの中かどうかだけでも知りたいものだが…
「もしかしてこれなら…おっ」
サンドスターゼリーを試しに出してみると、ゼリーは虹色を保ったまま落ち着いていた
もしパークの外ならすぐに揮発して無くなってしまうはずなので、ここはパークの中のようだ
しかしそんな事がわかったことで全く意味はない
さっきから1時間ほどはこの薄気味悪い謎の研究施設で走り回っているが、足跡も匂いも、見たくはないが血の跡すらも見つからない
「スズ!! スズ!! 返事しろよ!!!」
おそらくだがこの施設には階層がない
しかも何度も同じ場所を回っているので一階だけの建物がドーナツ状に構成されているようだ
しかしここまで見つからないのもおかしい
スズどころか入り口に当たるものも見当たらない
そこである記憶が蘇った
ミライさんが何故か案内してくれた、トイレから行ける秘密の地下室
「トイレ…トイレ…あった」
女子トイレが何故か一つだけあるのを見つけ、個室に入ってできることはしてみたがボタンのようなものはない
「古くせえなぁ…壊れてんじゃねえか?」
だがシコルスキーがここを使っているならば壊れているはずがない
…古い家電ならば、殴ればいけるか?
個室の壁を渾身の力で殴りつけた
「動かねぇ。ならもう一回」
再び殴りつけると重々しい金属音が鳴り、俺のいる個室は下へ向かって動き出した
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上の階より更に複雑な機械類と、液体で満たされたカプセルが何個も並んでいて、部屋の中央にはこれみよがしに大きな檻が置いてある
何をしていたのかは分からないが不思議な寒気がした
さっきスズがここで生まれたと言っていたが、たしかになんとなく納得がいく
ススがたまに見せる心の闇と同じ様な雰囲気がそこら中から感じられる
「ぬおおおっ!!?? シコルスキー!?」
思わず大きい声を出してしまった
カプセルの中には俺がいつも見る、攻撃が透けたり人工サンドスターを出したりしまくる方のシコルスキーが腕を組んで眠っていた
その隣には複雑な機械が積まれて作動している
おそらくはこの分身体のシコルスキーを最適な状態で保存しているとか大体そんな感じだろう
「電源オフっと。そこでおねんねしてな、ヘッ」
かなり大事そうな機械止めたけど分身体だしまあ大丈夫でしょ!
「ん…なんだあれ」
異様なものが目に入った
この殺伐としたホコリまみれの実験室の一角に、プレハブの小屋のようなものがぽつんと立っていた
壁には機械などはなく、最低限の機能だけを付けているような感じだ
一応ノックしたが返事がなかったので、そのままプレハブに入り込んだ
部屋の中は独房並みにスッキリとした和室になっていて、その隅に置いてある机にスズが突っ伏して眠っていた
俺の声に驚いたのか警戒した目で睨んできたが俺だとわかった瞬間すぐに警戒が解けた
「ヒデ…ヒ…デ!! あ、あああ、あああああ…」
枯れた声で子供のように号泣し俺に飛びついてきた
温かい感触がしたかと思うと一瞬でシャツがびしょ濡れになってしまった
久しぶりにこんな距離で起きてるスズを見れた
それもこんな近くで
「会いたかった。やっと開いてる目を見せてくれた…馬鹿みたいにきれいな目しやがってスズっ! 無事で良かった、無事で良かった」
「うん、ごめんヒデ。寝てる時直接話しかけてくれたときも全然返事できなくて」
「それなんだけど、えっと、俺スズになんかしちゃったか…? 気づかずに嫌なことしてたらこの質問もダメだけど」
ぐしゃぐしゃになった顔を上げると腕の中でニッコリと笑ったのでホッと胸をなでおろした
スズは少し怖い表情で俺の方の後ろを見たので、俺も振り返るとそこには地面に横になって伸びてしまっているシコルスキーが居た
「起きようとしたり幸せな気持ちになったりするとあいつの顔と声が頭に浮かんで押さえつけてくるの。呪いみたいなものだと思うけど、なぜかさっき大丈夫になったからもうヒデの前でも起きれる」
「ああ、さっき人工サンドスターでできた分身体がカプセルの中で寝てたから、その機械オフにするついでに重要そうなところ壊しておいたんだ。多分それで中身がだめになったからそのせいだ」
「機械止めたの!?」
「オフにしたんだ。あとすごい重要そうなパーツにその…用を足してきた。やばいぐらい煙と火花が出て面白かったぞ」
それが本当に面白かったのか、しばらく俺の腕の中で笑い続けた
こんなに笑うスズは初めて見た
頬のあたりが少し赤く染まって…綺麗だ
スズは見た目で言ったら高校生くらいなのに20代中盤の俺が夢中になってしまっていいのだろうか?
「どうしたの?」
「なんでもないよスズ」
なにかいいかけているのを感じ取ったのか、顔を近づけて覗き込みながら話しかけてきた
こうなってしまったら目の前のスズがこの世で一番怖い
「んー」とか「お腹痛いのー?」とか心配してかけてくれている言葉は、俺の肌に触れる直前に棘に変わって深々と突き刺さっていく
思いを伝えればいいだけなのに、足が震えて止まらない
こんなこと研究所の所長をはじめテレビで普段見るお偉方総勢10名に囲まれながら行う地獄のようなジャパリパーク最終面接でも起こらなかった
むしろあのときは所長に向かって軽口を…いやそんなことはいい
せめて間を…繋がないと
「スズは好きな人とかいるのか? 恋愛的にだ」
絞り出した言葉がそれだった
いや普通に考えてフレンズに恋愛的に好きな人間なんているわけがない
ああ地雷踏んだ嫌われた
スズめっちゃ迷ってるよ…めっちゃ考えてるよもう
言葉選びに困ってるよもう
「いる。今思い出した」
意識が遠のきかけた
「ちょっと、大丈夫!? 今一瞬白目向いてたわよ」
「う、うわあああああああああああ!!!!!!!」
「落ち着いて!」
「で、どんな人なの?」
「うわあ、いきなり落ち着かないでよ。えっと…」
「ヒデみたいな人だった。非常識だし、すぐ触ろうとしてくるし、なんか余計なことばっかり知ってるし、色々気持ち悪い」
俺みたいなやつがこの世にもうひとりいるとしたらそれは事案である
しかしだがそれはつまり俺みたいなやつがタイプと?
…心配と嬉しさが同時に溢れ出した
「その人ってさ、ジャパリパークの職員なのか?」
「違うわ。どこかから先生として来て、この場所で私に色々教えてくれた。その時他の人間がひどいのもあったけどそれ以上に優しくて、大好きだった」
「じゃあここを出たら病院でその人を探そう? シコルスキーに捕まった人たちは全員治療されて入院してるんだ。だから探そう? 俺は飼育員として最後まで担当フレンズの幸せのために働いてやるつもりだ」
「探す…? 一緒に? 今…?」
いきなり目から光が消えたかと思うと「いい」と言い放って俺から少し距離をとった
「思い出したくないこと思い出しちゃったわ。もういいの」
思わず聞き返しそうになった
「フフ、思い出した、全部思い出した。どうでも良くなっちゃった。ここから出たくない。一生出たくない。もう永遠に会えないのに…」
「スズ」
「私がずーっと眠ってたのはそのせい。シコルスキーの呪いなんて嘘。あなたとタカ達に優しくされて思い出しそうになったから籠もってたの」
「スズ…」
涙の跡が刻まれた頬に再び新しい筋が通った
スズがなにか言う前に膝の後ろに手をかけお姫様抱っこの要領で持ち上げた
「いきなりなにするの?」
「さっき面白いものを見つけたんだ。泣いてないでそれ見て落ち着けよ…ていうかこんな事されたのに抵抗しないのか? いつもならぶん殴ってでも抜け出すだろ」
「…いい」
顔を赤らめたので俺の腕から降りると思いきや、そのまま体の後ろまで移動して抱きついてきた
絶対に離さないという意志が込められた凄まじい握力で肩を砕かれそうになりながら部屋を出るといつの間にか後ろから寝息が聞こえてきた
完全に眠ってしまったスズの顔が俺の方にぽすん、と音を立てて落ちてきた
サラサラの白髪がシャツの襟の中に入り込んできてとてもくすぐったい
ここで強引に唇を奪ってしまえばそれでいいのかもしれないと、自分の中の悪い何かが訴えてくる
気になって仕方ない人の顔は自分の顔の横にある
つまり少し首を回して顔を傾けてしまえばそれで済んでしまう
てか…今思ったけど
スズの好意はそのよくわからない人に向いているわけで
つまり俺がいくら好意を向けたところで、スズが別に人にすでに好意を持っている以上その受け皿はどこにも存在しないということになる
ん、つまりスズの好きな人はその人
そして俺が好きなのは…
つまり、つまりこれって俺が入り込む余地ないのでは? 順番と優先順位的にもう俺が何をしても無意味なのでは?
俺は何のためにここまでしてきた?
スズのために、なんてのは結局は綺麗事で誤魔化してるだけでしかなかった
俺がスズと一緒に幸せになることは、今この瞬間永遠に叶わない幻想となった
あれ?
あれ?
…………あれれ?
俺はとりあえずシコルスキーを死ぬほどきつく縛って、その場を後にした
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