46 不毛のはずの銀世界

 キタキツネが病院の窓を破壊して飛び込んできたので一時大騒ぎになり、無視できないということで俺を含めパークの職員10人ほどでゆきやまちほーに調査しにいくことになった


 もちろんスズを背負ってだ


 しかしどうにもおかしい

 サンドスターによって管理センター周辺は比較的温暖な気候に調整されているはずなのに、どうにも寒くて仕方がない



『タダイマノ気温16度、湿度94%デス。風邪ヲヒカナイヨウ服装ノ調整ヲ心掛ケテクダサイ』

「ラッキービースト。今すぐ気象レーダーをフル稼働してパーク中の気候を測定してください」

『ワカッタヨ』


「まずいわ。気候を調整するはずのサンドスターが人工サンドスターに侵食されているようね。おそらくキタキツネの言っていたゆきやまの異変も人工サンドスターの影響でしょうね…」



 バスに乗っても異変は続き、いきなり雪が降ったと思ったらジャパリバスが凹むほどの巨大な雹が降ってきたりした

 キタキツネは俺の隣で大人しく座っているが今日ばかりは携帯ゲーム機に触らず耳を畳んで下を向いている



「落ち込むなよ。絶対ギンギツネを助け出すからキタキツネは心配しなくていい」

「フレンズはげぇむみたいに倒されたらコンティニューは出来ないんだよ」



 何も言ってやれない…すると携帯に着信が入り、確認すると副所長からのメッセージだった


『辛いかもしれませんが、キタキツネさんが温泉が止まったと言っていましたよね。最悪のシナリオとしては地下に埋蔵しているサンドスターを人工サンドスターが食い尽くしてしまった結果地盤の崩落などが起き地下水の供給がなくなってしまったことが考えられます。もしそうだった場合、最悪ゆきやまちほーとその周りを半永久的に封鎖することになるでしょう。現地では何があっても良いようにこのことを頭に入れて行動して下さい』



「キタキツ…ネ?」



 キタキツネは急に抱きついてしばらく締め付けた後、バスの高台に登ってゆきやまに着くまでずっと外の景色を眺めていた



 _________________



 ゆきやまに着くと、早速異様な光景に出迎えられた

 山のあちこちで土が露出しており、普段は少ししか流れていない小川が大雨でも降ったかと思わせるようなほど増水している


 ちなみにスズは危ないのでバスに乗せて安全な場所で保護されることになり、代わりにとんでもなく大きいカバンを背負わされることとなった



「気温が高いわ。おそらく温泉の施設が浸水したか雪崩に巻き込まれたかのどっちかね。…ギンギツネはいつから居ないの?」

「温泉の出が悪くなったから源泉を見に行ったんだ。なかなか戻ってこないからボクが見に行ったらどこにも居なくて…うぅ…」



 辺りを探したり名前を呼んだりしたがギンギツネは見つからず、意味もなく時間だけが過ぎていった



「大声を出すのだけはやめてよ。今は雪が溶けて脆いからもし雪崩が起こったらボク達も助からないんだ」

「そうでした、ごめんなさいキタキツネさん。なにか手がかりとかあったら教えてほしいんですが」

「今フレップ達が来るよ。なにか知ってるかもしれないからボク聞いてくる」



 言葉通りフレップ…野生の動物版キタキツネの家族は現れ、しばらくキタキツネと会話?したあとまたすぐに雪山に消えていった


 副所長とパーク職員たちはそれを見て目を丸くしていたが、俺は何回も見ているのですっかり慣れている

 キタキツネが最後の動物版キタキツネを逃がすと、目に見えて表情が明るくなったのが分かった



「場所がわかったよ! ギンギツネはゆきやまの禁足地にいるみたい」

「禁足地? 俺も初めて聞くぞそれ」

「パークにそんな場所が?」

「ボクもわからないけど、フレップ達がそう言ってるんだ」


「これは機密事項だけど、こういう状況だから話すしかないようね。

 ゆきやまには動くだけで地殻変動を起こすほどの規格外のモンスター級セルリアンが眠っているの。そいつの眠ってる場所の近くは普段禁足地としてフレンズにも職員にも近づけないようにしてるんだけど、ギンギツネはそれを知らずに入ってしまったようね」


「ギンギツネはそのセルリアンに…!」

「襲われてたらここらへんがまるごと吹き飛んでるでしょうね。だから安心していいわ、キタキツネ」

「怖いこと言わないでよぉ」



 ________________



 禁足地、そこは確かに異様な場所だった

 大昔に噴火があったときに地盤が崩れたようで、今いる場所だけが凹んで盆地のようになっている


 つまりカルデラ、ってやつだ、しかもとびきり巨大である



「なんだか不思議な場所ですね。なんというか、怖いです」

「ここ数年ほどは直接人間が立ち入ったことはないわ。植物も生えなければ動物も来ない、まさに不毛の地よ」



 一面銀世界で聞こえる音は研究員たちの足音だけ

 嵐の前の静けさってやつなのか、静かなはずなのにどうにも落ち着けない



「これ、足跡じゃないか?」



 誰も居ないはずの禁足地に一直線に伸びる足跡

 小動物ほどの小さい足跡が2,3個と、人間サイズの足跡が一人分



「小さい方はフレップ達のだよ。さっきボクがギンギツネを探させたんだ。だから大きい方はギンギツネだよ、きっと」

「あのキツネ達はどれだけ優秀なんだよ? とにかく見つかったんだし早くギンギツネを保護して帰りましょう皆さん」



 こんなところにはいつまでも居たくない

 俺の言葉に副所長含め研究員達は頷き、皆その足を早めた



 ここで俺は嫌な予感がしてきた


 アイツらだ…あのシコシコなんとかとかいうロシア人?とヘドロの擬人化みたいな真っ黒の男だ

 太陽の光を完全に吸い込む完全な漆黒の体は思い出すだけでも寒気がする



「ずっと大きなカバンを背負ってますけど、大丈夫ですか?」

「背負ってる俺も温かいので問題ないです。むしろ快適ですよ」

「なら良かったです。皆さんもお体には気をつけてくださいね」



 副所長はニコリと笑うとすぐに歩き出した


 しかし所長が今の会話を死んだ目で見ているのが気になってしまった

 カコさんは仕事中の異性の会話とか一切受け入れられないタイプの上司なのか…俺は残念ながらそういうのは苦手だ


 するとカコさんは研究員達を止めさせ、なんとも言えない顔で降り積もった雪をかき分けながら俺の方に歩いてきた



「な、なんでしょうか…」



 カコさんは副所長を見つめた後、俺の方を睨んで?きた

 段々と視線を下げ、俺の足元をじろじろと眺めている



「足跡よ…」

「え?」

「みんな、足跡をよく見てみて。自分のじゃなくて、私達が方よ」



 どういうことかわからないが俺もギンギツネの?足跡をよく覗き込んでみた



「不覚だった…これはとても深い。巨大なカバンを背負って歩いてる彼を見て気付いたの。時間が経って雪が積もってるはずなのに私達の足跡と同じ深さなのはあまりにもおかしい。歩幅的にも走っているとは思えないわ。きっと足跡の持ち主はとんでもなく重い」

「源泉を見に行くなら湯の花取りしか持っていかないし、ギンギツネはそんな重くないよっ!」



 急に研究員の一人が走り出し視線が集まった

 研究員は足元の近くに座り込んで何かをしている



「あの……私は登山が趣味なのでこういうの分かるんですよ。これは登山靴の足跡です。所長の言う通りとても重い何かが、ほぼ最新の登山靴を履いてここを通ったようです。フレンズがそんな登山靴を履くわけがないし人間と見て間違いないでしょう」

「じゃあキタキツネの使役したキツネがギンギツネと言っていたのは何だったんだ? 見間違えるようなほど馬鹿じゃないはずだろ?」



 そこまで言って自分で気づいてしまった


 おそらくだがこの場所に目的を持ってやってきた人間がギンギツネを連れ去った

 そう考えるしかない


 へへ、




 ぶ ち の め す 



「ひ、ヒデ!? 笑顔が怖いよ、どうしたの…?」

「ちょ、ちょっと殺気が漏れてるわ! フレンズの前でそういうのはやめなさい。手本にならないわ」

「ひい!? たうぇ…」


「いや、そんな非科学的なこと言うのやめてくださいよ。殺気なんてあるわけ無いでしょう? ここがジャパリパークでも私は人間です。さあ行きましょう、ギンギツネを救い出すんです」


 不安そうなキタキツネを慰めて、一行はすぐに再出発した


 やはりなにもなく、銀世界にはキツネと謎の人間の足跡が寂しく刻まれているだけだ


 このまま何も見つからず、倒れててたギンギツネを偶然入り込んだ登山者が助けて保護してました~とかだったらどんなに幸せだろう


 それに研究員たちも体温が下がって調子が悪そうだ

 特に副所長は唇を紫にして震えながら歩いている



「構゛わ゛な゛い゛で゛下゛さ゛い゛私゛は゛大゛丈゛夫゛れ゛す゛」

「…キタキツネ、毛皮を増やして副所長に渡してやれ」

「分かった」


「今はギンギツネの安全が最優先だから私達は先に行くわよ? 服装管理はちゃんとね」

「はいぃ…ごめんなさいぃ…」



 カコさん率いる一行が先に行き、俺と副所長とキタキツネはその後を追う形になった


 …失礼だけど、副所長かなりポンコツなのでは?


 ジャパリパークの研究所と言えば割と世界レベル、というか普通に世界レベルで、オクスなんとか大学とかカリフォルニアアシカ大学みたいなのとかケンなんとか大学とか、世界中からIQ以外の全てを捨てたようなやべーやつらが研究の手伝いをしに来るところだ


 副所長となるとそのやべー奴等も引くレベルのやべー奴のはずなのだが…



「んん? 私の顔、なにかついてますか?」

「いえ何も! さあ行きましょう早く早く早く」

「…フフッ」

「ええ?」

「なんでもないですよ、行きましょう。置いてかれちゃいます」



 副所長は再び笑みを浮かべると雪を払い落とし、先に歩いていってしまった

 後ろ姿たくましい…たくましくない?


 うーん……ふーん……へぇ……ほぅ……うーん…………デュフッ

 おっと、心が乱れたな、深呼吸をしろヒデ、深呼吸を!



 なんとか呼吸を整えしばらく歩いていると、ついに事態が動いた


 どうもキタキツネの様子がおかしい



「こゃーん…うぇ……うう…おぇ!」

「どうしました? キタキツネさん」

「なんかクサいんだよぅ! 鼻がおかしくなりそう…」



 事情を聞こうと歩き出した瞬間、辺りに乾いた破裂音が響いた



「わあああ!!! やだああああああ!!!!」

「ひい!?」「あああ……」「うわああ!!」


 泣き出すキタキツネに、パニックに陥る研究員達

 そして続けてもう一発、耳をつんざく発砲音が鳴り響いた



「銃声よ!!! 伏せて!!!!」

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