44 意味はなく
「やめろ!」
「おっと! あまり近づくのは得策ではないですヨ。こんなものも、こんなものだっテ自由に使えル」
シコルスキーが瓶から取り出した黒い液体を手の上で弄びながら、拳銃やスタンガンに次々と変化させた。
最終的に日本刀の形に変化させると、勢いよく床に突き立てた。
しかしあの物質、どうやら本人の意志で自由に形を変えれるようだ。まるで形をコピーするセルリアンのよう、いやそのものだ。
床に深々と突き刺さった日本刀から察するに性能もコピーされている。高性能で…恐ろしい。
「そんな警戒しなくても良イ。ハルピュイアを渡すから落ち着いてくれませんカ?」
そういうとシコルスキーはスズを抱えあげて俺の方に突き出した。しかし無表情すぎて何を考えているかわからないのでうかつに受け取れない。
しばらく無言で睨んでいるとシコルスキーは傍にあった椅子にスズを座らせ、俺の方まで押して転がした。
今日の目的はスズではないようだ。
「スズっ…!!」
相変わらず目は覚めていないが怪我はない。丁寧に抱き上げて抱えてやった。
「ハハ、相変わらずの執着ぶりダ。ハルピュイアは今すぐ回収するわけじゃないから安心するんダ。ハハ!」
「何がおかしいんだ?」
唐突にシコルスキーが笑いだした。それまでは無表情で拳銃を握っていたのに今では部屋に響くほど大声で笑っている。
今始まったことではないがこいつはやばい…行動のすべてが不気味すぎる。
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「う……っぐ…!」
「話を聞くのには一人で十分。君たちはどうやら仲間意識が強いみたいだから、最低限話の出来そうな君だけ残しておくよ。大人しくするって約束できないでしょ? 君もこっちの立場ならこうするんじゃないかな」
男がタカをつまみ上げて不気味に微笑んだ。
タカが咄嗟に思いついた触手を絡ませて奇襲する作戦は失敗し、体力を使い果たしたフレンズ達はどす黒い触手に吊り下げられていた。
男は器用に触手を操ってハクトウワシとゴマバラワシ、ヘビクイワシを纏めて地面に押し付けた。もちろんそこには思いやりの欠片もなく、容赦なく締め付ける触手はまともな呼吸すら許さない。
「力が、抜けるっ…? どうなってんのよ、これ…!!」
「イエスウィーキャン!!! がんばればなんとか…いけるいけるわ…!! ワンツー、ワンツー!! み、みんなも…おえ……吐きそう…」
「今は大人しくしたほうが得策だと思われます。おそらく相手の目的は私達に危害を加えることだと…」
ヘビクイワシが心配そうに声を出したと同時に三人の首に細い触手が巻き付き、そのまま空中へ持ち上げられた。鳥のフレンズは体重が軽いが気道と頸動脈を塞ぐには十分だった。
声も出せず苦しみもがく三人の姿が目に入り、一瞬でタカの頭の中が絶望に包まれた。
「やめて!! 離して!! 三人が…三人が死んじゃうわ!! お願い離してあげて!!! 私ならどこへ連れて行っても何をしても良いから…だから…!!」
何故か野生解放ができず、そのままの腕で触手をめちゃくちゃに叩きながらただただ叫び続けた。そうしているうちに野生解放どころか抵抗する力もなくなり、やがてかすれた声をだすだけとなった。男はそれを触手一本で封じると乱暴に引き寄せて目の前で話し始めた。
「君がレースで活躍してるのいつも見てたよ。そんな君がこうやって惨めに駄々こねちゃって…ヘヘ、しおらしくしてる君もなかなか良いじゃないか。残念だけど君はお願いせずともフレンズのサンプルとして実験台にされることになる。それまでせいぜい抵抗しておくんだな……」
タカが残った気力を振り絞って睨み返し言い返そうと口を開いた瞬間、体に巻き付いた触手に力が入り意識が遠のきかけた。
自分はこいつには勝てない。タカははっきりとそう思った。
いつもはスカイインパルスのメンバーで協力して大多数のセルリアンを倒せているが、今回はハヤブサを抜いているとは言え戦闘慣れしたフレンズ4人がかりでもどうすることも出来なかった。それもたった一人の人間(?)に。
しかしタカはそれでもなお、諦めていなかった。
「さっさと離しなさいよ気持ち悪い!! ハクトウ…」
男は一蹴するとタカを地面に押さえつけて関節を固め、気味の悪い笑みを浮かべながら懐から注射器を取り出した。
「君のことは嫌いじゃない。命までは奪ったりしないから大人しくするんだっ! こんなんでも家族がいるんだよ……君さえここで捕まえればいいんだ!!」
「家族? 私の力が必要なの……?」
その時男に先程まで満ちていた殺意のような気配が消え、拘束していたハクトウワシ達を地面に下ろした。捕まったタカと男の目が合い両者の動きが止まった。
「協力してくれる…のか? あいつらは君を捕まえたら実験を繰り返すって言ってたのに」
「そんなこと一言も言ってないわ! いきなりやってきて友達の首を絞める人間に協力なんてするわけ無いでしょ!」
同時に野生解放した足で男を蹴飛ばして跳ね除け、昼間でも分かるほど目を光らせて臨戦態勢をとった。
しかしタカはすぐに構えを解き、ハクトウワシ達をカバーしつつ謎の男をじっと見つめた。
野生の勘ーー多くの戦闘の中で得た経験もあるが、どうも目の前の男は危険には見えず、セルリアンを前にしたときのような高揚感が沸かない。さきほどハクトウワシ達を絞め落としたにもかかわらず、なんだか憎めない。
「ウ…・ウゥ…」
謎の男が頭を抑えてうずくまった。
気づけばタカの足は動き出し、男の側まで歩み寄っていた。
「だ、大丈夫? あ、頭痛いのかしら……??」
反応はない。
「……ヤリタクナイ」
「え?」
刹那恐ろしいほどの寒気がしたタカは後ろに飛び退いた。よく見ると男の体から煙のようなものが吹き出している。
とてつもなくどす黒い煙はすぐに辺りを覆い尽くし、太陽の光を遮った。
「ヤラ…ナイ、ト!!!!!」
「キャアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」
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「…ッ!」
恐ろしい胸騒ぎ。
目の前にシコルスキーがいるのもあるが、それ以上にもっとなにか大切なものが傷ついたような、そんな胸騒ぎだ。
「その反応、もしかして今響きを感じましたカ?」
俺の異変に気づいたのか、シコルスキーが重そうに腰を上げて一言呟くと俺とスズの周りをぐるぐると歩き回りながら葉巻に火を付けた。
「俺はタバコの煙が嫌いなんだよ、さっさと消しやがれ」
「おおっと、これはタバコではなく葉巻でス。タバコというのは主にフィルター付きで紙巻きのものを指しましてネ、作られた当初はニコチンなんて知られていなかったものですから……
ああっト! そんな顔をしないで下さイ! 怖いなァ!!」
奴は葉巻の先を自らの手に押し付けると、まだ火種の残った葉巻を俺が抱えているスズに向かって投げつけた。俺はギリギリでそれを受け止めると台所に投げ込んだ。
「フフッ、アナタは生まれつき肺が弱イ。そのため小学校の時はスイミングスクールに通わされていたがバタフライを習得できず結局4年で辞めてしまっタ。違いますカ?」
「そんなことどうでもいいだろ」
まあ合っているかそうでないかと言われれば合っている…大正解だ。このことは恥ずかしいので誰にも話したことはないのになぜこのことを?
おそらく俺のことを調べ上げてから来たんだろうが、でも何故わざわざこんなことまで……?
「商売敵の弱みは掴んでおくモノ。パークの職員の氏名、住所、交際相手、血縁関係、過去の言動から……免許の色まで、ネ。
大切な人、パークにも居るんじゃないですカ? 人間とフレンズなんて聞いたことがないですがなかなか面白イ。無事だと良いですネ」
感情が爆発し、意識せずとも動き出した足によって一瞬でシコルスキーに詰め寄った
…はずだった。
「人生は選択と断捨離を繰り返すものですヨ」
いつの間にか俺の後ろにに移動していたシコルスキーが再び銃口をスズに向けていた。
そして奴は拳銃を仕舞うとドアを開けてどこかに消えた。
消えてくれたかと思いきや、シコルスキーは嬉しそうな顔で巡回中のラッキービーストを小脇に抱え再び俺の前に立ちふさがった。
「さあラッキービースト。少し通話がしたいから指定したラッキービーストに接続しロ。映像付きでナ。もちろん拒否することもできるがその場合人間一人とフレンズ二人が犠牲になル。いくらロボットでもどうすべきかは分かるナ?」
「アワ!! アワワワ!! 緊急回線デ接続シマス…! 接続完了! タ、タダイマ! 映像を出力シマス!!」
「アアッハハァ、いい子だぁラッキービーストよくやっタ!
これからアナタの見たくないものが見れますヨ!! 瞬きせずご覧くださイ!!!」
ラッキービーストの投影する映像に目を向けるとそこには
なぜか気を失って倒れるハクトウワシ達と
見知らぬ全身どす黒い色の男がもがくタカを押さえつけているのが映っていた。
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