43 悪魔の再来
「エスケープ!!! みんな散らばって!!」
ハクトウワシの声とともに、四人のフレンズたちは散り散りになりながら上空へと舞い上がった。
「私達を捕まえてどうするの? パークの外に出したら動物に戻るだけよ」
「少し実験するだけだよ」
「何なのあれ、セルリアンよりずっと怖い」
包み隠さずペラペラとしゃべる謎の来園客に対し、タカとゴマバラワシは眉をひそめると瞳を輝かせた。
それに続いてその場にいる全員が野生解放し、けものプラズムのツメをむき出しにして今にも目の前の来園客?を切り裂かんと構えた。
「能ある鷹は爪を隠すんじゃないのかい? ねぇねぇ、どうなのどうなの」
「フフ、笑えない冗談ね。でも心配しないで、私達は小動物に本気を出すケモノとは違う。少し動けなくなる程度にいたぶるだけよ」
冷たく言い放ったタカに誰も続けなかったが、その思いは同じだった。
全員が感じていたのは何かよくわからない圧倒的な生理的嫌悪感。見ているだけでも本能が警告を鳴らすような、それほどに目の前にいる謎の来園客は不気味だった。
そんな気分を刺激するかのように来園客は不敵な笑みを浮かべると静かに、しかし上空に居る全員が聞こえるほどはっきりと言い放った。
「もうあの子は戻ってこない。二度とね。つまり早急にフレンズのサンプルを回収しなきゃならない」
「あの子…? 回収? 何を言っているのか全く分かりません。しかし私達を誘拐すると言うなら決してここから逃しませんよ」
「ハハ、逃げるわけがない」
男はそう言うと腕を四人のフレンズたちに向けて突き出した。その腕は肌色から漆黒へと一瞬で変貌するとゴボゴボと気泡を立てながら形状崩壊を起こしていった。
「う…そ…なによあれ、セルリアン?」
「ワオ…とりあえずアイツは人じゃないわ。セルリアンかどうかもね」
「どの本でも読んだことがありません。あれは一体…」
「三人共落ち着いて、管理センターには連絡したからそれまで食い止めるわよ。まずは遠距離から蜂の巣にしてやりましょう」
「オーケー。みんな聞いてた? それじゃ一気にぶっ倒すわよ!
レッツ、ジャスティス!!」
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「ッッッッッ!!!!」
目を覚ますと再びあの部屋だった。
「だ、大丈夫か!? お腹は痛くないか!? とりあえずこの薬を飲んでくれ」
青ざめた顔のヤスエさんが胃薬を渡してきたのですぐに飲んだ。周りを見るとヤスエさんに加え白衣に身を包んだ研究員が何人かおり、俺のことを見つめていた。
そして向かいには相変わらず眠っているスズが居た。
そうだ…差し入れの稲荷寿司を食ったらよくわからない空間に放り込まれてスズと話したんだった。最後には急に突き放されてここに戻らされた。
そして未だにあのときの言葉が頭の中で反響し続けている。
"私が戻ればみんな死ぬ" と…
「かなりうなされていた上に体温と血圧が異常値をとりつづけていました…一体何があったんですか」
現実ではそんな事になっていたのか。もっと長くあそこに留まっていたら俺はどうなっていただろうか。それにまだあそこにはスズがいる。
「モグオゥ゛ッ!」
喋ろうとした瞬間自分の顔に呼吸器が付いていることに気づいた。上半身には多数のコードのようなものが繋がれて、腕にもいくつもの針が刺さっている。
「申し訳ありません、いますぐ取り外させていただきます」
_____________
「スズと会っていました。暗くて…いやそもそも現実なのかどうかも分かりませんが変な場所でした。色々と話してみてここに戻りたいっていう言葉も聞けました。でも、だめだったんです。突き放されてしまいました」
「謎の空間…床がなんとなくあって重力もあるけれど、どっちが上か下か、暗いのか明るいのかもよく分からない。そんな場所ですか?」
「どうしてその事を…」
スズと会った場所は確かにそんな感じだったのを覚えている。一言で表すならこれ以上居たくない場所だった。
そこで一つ疑問が浮かんだ。
俺はどうしてあの場所に飛ばされたのだろうか。
「『俺はどうしてあそこに飛ばされたんですか』と、だいたいそんな感じですね?」
「ええ…」
呼吸をするがごとく超能力をキメた副所長は満足げな表情だ。
「今までに確認された回数は数えるほどしかありませんが、同じようなことがこのパークで何回か起こっているんです。主にセルリアンが原因ですが」
副所長は俺の問を無視しつつどこかから厚めのファイルを引っ張り出すとバラバラと開きながら俺に見せてきた。ジャパリパーク事件簿と書いてあるそれはページの所々が破れていて、結構年季が入っている。
ページをめくる手はあるページで止まった。見出しには『夢見る夜の迷いけもの』と書いてあり守護けものヤタガラスとハシブトガラス、クビワペッカリーやヒツジの写真が載っている。
「主に事件の概要はこう……昼寝をしていたサーバルキャットから輝きを盗んだセルリアンが夢の世界を作り出して、クビワペッカリーを魅了して夢の世界に閉じ込めようとしたんです。サーバルキャットを含めた数人のフレンズの尽力と守護けものの協力で解決できたようです」
フレンズを世界に閉じ込めると聞くとさっきのことを思い出してしまう。しかしスズと会ったあの場所は夢などとは程遠く、ただ暗くて(?)何もない場所だった。
「今回は体ごと閉じ込められたわけではないですが状況が似ているので、守護けもののヤタガラスさんに聞けばなにか分かるはずです」
「もう一度スズに会えるんですか…!」
「それは保証できないんです。ごめんなさい」
「そんな! じゃあもう一度あの稲荷寿司を出してください!」
俺はただ必死だった。あの時のスズの表情を思い出すだけで冷や汗が止まらなかった。帰りたくなくて帰らないのではなく、帰りたいが何か事情があって帰れない。
前者ならまた会いに行けさえすればそこで説教たれればいいだけだったのに。
「スズさんを連れて守護けものさんの元へ向かってください」
「キュウビギツネは人間でなんとかしろと言っていましたよ。協力はしてくれません」
「意地でも説得するんです。熱意と誠意を持って心の内をぶつければ、きっと彼女たちでもわかってくれるはず。稲荷寿司のこともそこで聞いてきてください。当事者のあなただからこそ、できることなんです」
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そういうわけで俺は守護けものの所へ行くことになった。今はたくさんのお客さんの目があるので夜に行くことにし、それまでは寮で待機することにした。
なんだか職員寮に帰るのは久しぶりな気がする。最近は自分で何かをした覚えもないし生活リズムも戻さなくては。
「なんだこれ……」
玄関には人一人でも入りそうなほど大きなダンボールが置かれていた。部屋に持って帰って開けてみると巨大なクッションのような物が出てきて余計に俺を混乱させた。
そうだ、これは前スズのために買ってあげた"フレンズをダメにするソファ"…
触り心地が最高に柔らかくフレンズだけではなく人間の俺もだめになりそうだ。
ヒョウ姉妹の店でスズがサンプル品に抱きついてそのまま動けなくなってたっけ。幸せそうな顔を見たら気が変わってスズのプレゼントとして即決して…
「お前眠ってばっかだよな」
こうやってなんとも言えない気持ちになったときは俺はいつもスズのサラサラの白髪と羽をこねくり回して気分を落ち着かせていた。嫌がって何個か痣を作ったときもあったが何度も続けているうちに
マゾヒストの自覚はないがいくら撫でても反応がないのは本当に悲しい。
今すぐ目を開けて蹴飛ばしてほしい…
やめるつもりはないが「やめて」と一言でも言って欲しい…
目を開けて抵抗してきたら他愛もない話をして、その後二人でセントラルに行きたい。
人混みを嫌がるスズの手を引いて連れ回してやりたい。
その後スズと…
スズと…
スズと…
「へへ……くそが……くそ…なんだよ…」
我慢できなくなる前になんとか感情を押さえ込み、俺はスズの髪から手を離した。こうやって我慢できるんだからきっと大丈夫。
気を紛らわせようと胸元の鈴をつついてみたが、錆びすぎて光を失った鈴からは乾いた音すら出ることはなかった。
___________
「なか、なか! やるじゃないか! この!」
来園客?の腕は今や大木の幹のような黒い物体に変わり、親指以外の指が触手となって四人のフレンズ達に迫っていた。
「ガッデム・・・ガッデム! 捕まったら終わりよ! 触れるだけでもアウトと思いなさい!」
「あんな腐りまくったヘドロみたいなの近づきたくもないわ」
「しかし今は避けるだけで精一杯。これでは私達がスタミナ切れして捕まってしまうのも時間の問題です。オオタカさん、何か案はありませんか?」
「今考えてるところよ……そうだ」
フレンズたちは自慢の機動力で襲い来る触手の全てを器用に避けていたが、長時間に続く戦いでだんだんと疲れが見え攻撃を間一髪で交わす瞬間が多くなってきた。
上空に逃げても射程がほぼ無制限の触手はフレンズを捕らえようとどこまでも追いかけた。
「ん? 白い子二人は仲間を置いて逃げちゃったのかな? 最悪だねぇ!」
「タカとハクトウワシは決してそういったことは致しません。ほら、あそこに」
「目、腐ってるんじゃないかしら」
「交代よ!」
「チェンジ!」
ゴマバラワシとヘビクイワシが林のなかに逃げ込むと、代わりに姿を消していたタカとハクトウワシが触手の目の前に躍り出た。
「戻ってきた、戻ってきた! さあどうする、交代すると追う触手は二倍さ!」
二人は上空に舞い上がったり木の枝の間を縫って飛んだりしながら触手を避け続けた。黒い触手は木の幹を貫通し、地面の中も縫うように突き進みながら二人を捕らえようと追い続けた。
「くっ…!」
「大木だって岩だってこの触手の前じゃ空気と一緒。さあ大人しく捕まれ!」
その後は交代すること無く二人は逃げ続けたが、触手の勢いは一切止まることはない。スタミナと射程が無限なことに気づいたときには既に限界を迎えていた。
「なかなかしぶといじゃないか?」
「ふ、ふん! ここまで追いかけっこすれば…! 少しは…! 疲れたでしょ…! それに林を一周囲んだら流石にこれ以上は伸びない…はず…!」
「その気色悪いテンタクルももう限界よ…! 捕まるのはあなたの方!」
自信たっぷりな言葉とは逆に、長時間全力で飛び続けた二人は力なく地面に向かって落ちていった。
ゴマバラワシとヘビクイワシの姿も消えていた。
「トドメだからって手は抜かないさ。生きてさえいればいいって言われたからね」
黒い触手はバキバキと音を立てながら落ちていく二人に狙いを定めると、林を囲んでいた部分を縮めさせながら質量を集中させ一瞬でタカとハクトウワシの体を貫いた。
「あーあ、へへ…… あれ? なっ!?」
タカとハクトウワシは間一髪で目を覚まし触手を避けていた。
来園客?は再び追いかけようと触手を伸ばした。が、触手は一切動かない。
ふと視線を移すと触手の根本には大きな結び目。さきほど本気で伸ばした勢いで完全に固定され、ピクリとも動くことはなかった。
「あなたは私達の事しか見えてなかった。それに捕まえられる自信からなのか私達が逃げる軌道を丁寧になぞってくれた」
「あれだけ大きな円を描けば絡まっていることなんて気づかない。あとはキュっとするために弱ったふりをするだけ。ベリーイージーね」
「こ…この…!! このぉぉぉぉぉッッッッ!!!!」
背後から二人のフレンズが忍び寄っていることなど気づくはずもなかった。
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「食欲…ねぇな…」
スズをフレンズをダメにするソファに寝かせて、俺はその側面に寄りかかってずっと考え事をしていた。
何か食べればいけないような気がするが料理する気力も食べる食欲も完全に失われている。とりあえず冷蔵庫にあったフルーツゼリーだけ食べると再びソファに寄りかかった。
「食欲ないのですカ?」
…………え?
振り向いた瞬間、額に冷たいものが当てられた。
目に近すぎてボヤけているが黒くて細長く、ソレは持っている手の部分でL字に曲がっていた。拳銃だ。
「Long time no see. こんな挨拶ですいませんネ。でも私のことなんテもう覚えてないでしょう?」
顔をあげようとすると『動くな』と言われ思わず動きを止めた。声の主の名前はイメージしか思い出せなかったが、どんなやつかだけは覚えていた。
「スズを元に戻せ…!! 下ネタっぽい名前のカス野郎!!」
「おかしいですネ。そこらへんの記憶は飛ばしたはずなのですガ。人工サンドスターには改良の余地がたくさんありそうでス」
「スズを戻せって言ってるんだよ。これぐらいの日本語は理解しろ」
「私達の引き金は軽いですヨ。銃口を向けられている身だと理解しないと後悔することになりまス」
「知るか」
俺はすばやく頭をずらすと銃を持っている男の腕を引き寄せた。
「どういう冗談だ?」
折ろうとした腕は蒟蒻のように曲がり、銃口は変わらず俺の方を向き続けた。
「現実でス」
男が背後からもう一丁銃を取り出すと、その銃口を眠っているスズに向けた。
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