29 スズの体、どうなってんの?
スズが大怪我してから四日目。
俺は三日間付きっきりでスズの側に居続けた。初日はまだ貧血の自覚がないのか、無理に立ち上がってあっちへフラフラこっちへフラフラして最終的に倒れるというのを五回ほど繰り返された。
二日目三日目は大人しくしてくれたが心配で夜も眠れず、一時も目を離すこと無く見守り続けた。
そんな甲斐もあってか妙に回復が早く、昨日の夜には介助無しで歩き出した。
けものプラズムの部分は更に回復が早いのか怪我をした次の日には羽ばたいて飛ぼうとしていたが、俺が頭の羽をめちゃくちゃにしたおかげでなんとか押さえつけることができたのは結果オーライ。
少し回復速度がおかしいような気がするが悪いよりはマシ、早く管理センターに報告する内容をまとめなければ。
そんな事を考えながらデスクワークをしていると、スズが目を開けて天井を見ているのに気付いた。
「調子は良いか? 食欲はどうだ」
「やっぱり朝は少し辛いわ。でもずっと寝てたから大分楽になったかも。
食欲はあるわよ」
「よし。じゃあ、自分で起きれるか」
俺のベッドで鼻の上ぐらいまでタオルケットをかけて寝ていたスズは、眠そうに目をこすりながら起き上がった。三個ほどジャパリまんを手渡すとあっという間に平らげてしまった。
しかし物足りなさそうな表情だ。
「これじゃ足りないわ」
「だよなぁ」
一応管理センターに勧められた「エナジージャパリまん」なるものを規定量食べさせたのだが足りないらしい。
それもそうだ、スズは妙に回復が早い。
大学や研修ではフレンズが大量出血諸々の大怪我から回復するのに最低でも二週間はかかると言われた。
しかしスズは違う。さすがに空腹で変なものを食べられては困るし、なにか作ってあげなければ。
「スズは鳥の卵を食べるのって大丈夫か? 少しでも残酷とか可愛そうとか思うなら言ってほしいんだが」
「動物の時に他の鳥の巣を襲ってヒナとか卵を食べてたから特に思うことはないわ」
「そうか。結構アグレッシブだったんだな。
まあ気にしないならいいや、今からフレンチトースト作るから待ってろ」
指定されていないものを勝手に与えたことは後で適当に言い訳つけるとして、すぐに調理に取り掛かった。
学生時代は毎日のように自炊で結構多くのメニューに挑戦していたので自信はある。
そして10分ほど経ちフレンチトーストは完成した。
専門店は一晩中浸けたりするらしいがそこまでする必要はない、それにスズに出すといつもの勢いでがっついてくれた。
「たまご、おいしいわ・・・」
「全く味見もしてないし作るのも久しぶりだけどそれなら良かった」
「味見してないの?」
「砂糖も適当に入れたぞ」
「まあ美味しいからいいわ。ありがとう」
「・・・褒めてると受け取っておくぞ」
結局そのまま完食し、スズはご満悦の表情で俺のベッドに飛び込み横になった。
最近はいつもこうである。
スズはしばらく突っ伏していたが、急に何かを思い出したように玄関に向かった。
「待て待て待て待て? どこ行くんだ」
「少し飛んでくるわ。ずっと寝てたしこれ以上体がなまったら嫌だもの」
「貧血はもう大丈夫なのか? それに人間やセルリアンに会うかもしれないぞ」
「大丈夫よ。遠くへは行かないし絶対無理はしないから」
「分かった。ならこれを持っていってくれ」
そう言ってスズにGPSの発信機を手渡した。
あくまでも気休めだが無いよりは良い。
「これは何?」
「まあ平たく言えばお守りみたいなものだ。怖くなった時、危ないときはここのボタンを押せば俺に通知が行く。あんまりむやみに使うなよ?」
発信機の殆どを占める大きなボタン。スズはジャパリパークのシンボルが書いてあるそれを力を込めて押した。
すると俺の胸元に入った携帯がなんとも言えない不快な警報音を鳴らして震えた。機能に問題はないようだ。
「絶対無理はするなよ。あと危ないものを見たらすぐ逃げろよ? それと調子が悪くなったら地面に降りて助けを呼ぶんだ。 あとあと・・・」
「心配しないで。私は大丈夫」
「夜までには絶対帰ってこいよ?」
「分かったわ」
スズはそれだけ言い残すと窓から飛び去った。
少し遅れてスズの羽から散ったサンドスターが風に乗って部屋の中に吹き込んできた。
この様子では完治も近いだろう。
ーーーーーーーーーーー
スズの姿がすっかり見えなくなったので、俺は窓を閉めようと取っ手に手をかけたが、そのまま動けず固まってしまった。
・・・スズの回復速度があまりにも異常すぎる。
たった一つのことだが、この3日間そのことがずっと気になってしょうがなかった。
人間は怪我をすれば血漿の中の成分がなんやかんやして血球を絡め取り瘡蓋ができる。その後ゆっくりと薄皮が張って完治する。
もちろんそれはフレンズも同じで、サンドスターの干渉もあるがほぼ同じ仕組みで回復することが知られている。
そしてスズは三日前、大出血を起こすほどの裂傷を腹部に負った。
すぐにサンドスタードリンクを口移しで飲ませ、研修のときに習った応急処置の方法であくまで応急措置をしたおかげで命に別状はなかった。
応急措置をしたと言ってもスズは怪我人、それも大怪我である。なのでけもの病院に連れて行こうと思ったのだが何故かミライさんに止められた。
最初はミライさんの頭がおかしくなったのだと思った。俺が病院に連れて行こうとしているのに大丈夫、と言って何度も止めてきたのだから。
しかしあの人はフレンズ関係でくだらない嘘を言うような人ではない。
そこで詳しく訳を聞いてみると、「もうお腹の傷はふさがりかけているので病院に行く必要はない、安静にして輝きを回復させて欲しい」とのことだった。
それ以上詳しいことは教えてもらえず、治ったスズと一緒に管理センターに来たらそこですべて教えると言われた。
スズがどんな力を持っているのか、彼女の身に一体何が起きているのか。
俺の弱い頭ではいくら考えても答えらしき答えは出ることはなかった。
それにこれだけじゃない。
輝きを失ったタカを変な夢の中で助けたり、人を見えない力で吹き飛ばしたり、守護けものに妙な待遇を受けて力をもらったり・・・
そして首の鈴が一体何なのかも。
こんな事サンドスターの奇跡といえば解決してしまうのかもしれないが、それでも引っかかることばかりだった。子供の頃からパークに来ていたがここまで不思議なことは体験したことがなかった。
ガラララララララ・・・バッシャ~~ン!!!!!!
ひでぶ!!!!!!!!!!
考え事をしていたら手を滑らせてしまい、結構重い窓が俺の人差し指を激しく挟み込んだ。
骨は大丈夫なようだがかなりの出血だ。
「いってえええ!!!!!」
「馬鹿じゃないの? いや、馬鹿だったわね」
いつのまにか来ていたタカが俺を見下ろしていた。
どうやら既にスカイレースの練習が始まったらしく、日が昇って暑くなる前にさっさと練習を終えたらしい。
痛む指を庇いながら部屋に迎え入れ、スポーツドリンクを出してやった。
タカは一息つくと鮮血で真っ赤になった手を見てため息を付いた。
「・・・指見せなさいよ」
「ふぁ、ふぁい」
絶賛流血中の指を差し出すと、慣れた手付きで消毒し包帯を巻いてくれた。
サンドスターの影響もあってかすぐに出血は止まり、痛みもだいぶ楽になった。
「ありがとうございます。治療費として踏んでください」
「は?」
「なんでもないです」
そしてしばらくの沈黙が流れた後
「スズは?」
「他の二人は?」
「「・・・」」
「スズが飛びたいって言ってたから好きにさせてやった」
「ありえない! 大怪我してから四日しか経ってないのよ!?」
「待て! よく聞け! 殺さないで!」
野生解放して怒りに肩を震わせているタカをなんとか押さえつけて、今起こっていることの全てを話した。
話を進めるうちに少しずつ落ち着きを取り戻し、気がついたらいつもの表情に戻っていた。
「へぇ、四日でほとんど治っちゃったのね。本当に不思議ね」
「驚くかと思ったんだが。何も思わないのか?」
「もう慣れたわ。それにもっともっと不思議な力を未だに隠し持ってたとしてもおかしくない」
「確かにそれもありえるな」
そういえばタカもスズの力を実感した一人だ。
変なやつに襲われ奪われた輝きを、スズの力によって一晩にして元通りまで回復することが出来た。
「でもまあ少なからず謎ではあるが周りは良いことしかないし深く考える必要は無いんじゃないか? どうせサンドスターがなんやかんやしてなんかすごいことになってるんだよ」
「・・・私はとても心配なのよ」
「心配?」
「努力して後天的に得たわけじゃない人智を遥かに超えた力・・・
確かにすごいし便利かもしれないけどスズはそれを望んだのかしら?
それに力を狙って悪い人間達がパークに来るようにもなった。規模がサンドスターがなんやかんやのレベルじゃないのよ」
「あぁ・・・」
力というのはすごい。強い。かっこいい。結果的に人気者一直線だ。
しかし人気者というのは人が寄ってきて特異な目で見られるという宿命がある。
そして寄って来る人間たちは一様に憧れや尊敬の眼差しを持っているのではない、事実欲望にまみれた悪い人間がパークに来てしまっている。
「お前もそうだがタカ科は無駄にプライド高いからな。全部一人で抱え込んで病みやしないかが心配だな」
「確かにスズはあの力について知っていることがあっても絶対話さなそうね。
でもいつか聞き出さなきゃいけない時が来ると思うの。あの変な人間たちは絶対に諦めないと思うし、対策を練るためにも情報が必要よ。ヒデだってそう思うでしょう?」
「残念だがそれは無理だ、諦めろ」
「ええ、ええ!?」
俺はそれだけ言うとベッドに体を投げ出した。
タカは「同じタカのフレンズの私なら聞き出せるわ」とか言ってなんとかしようと考えるのだろうが、今のスズに過去を聞き出したところ古傷を傷つけるだけで終わるだろう。
「スズの飼育員は、俺だ。お前はヘルパーだ。だから俺に任せてくれ」
「何よいきなり、冷たすぎないかしら」
「スズも詳しくは言ってくれないしわからんが、確実に言えることはガリガリのようなどす黒い考えのクソ人間どもが背後にいるってことだ。人間の問題は人間で解決する。関係ないフレンズは平和に暮らしていればいい。
人間同士の争いは醜すぎて巻き込めないんだよ」
「なんかうざいわ!」
タカはそう吐き捨てると、羽を三枚ほど具現化させてものすごい速さで飛ばしてきた。
羽は俺の頬をスレスレで通り抜けるとサクリと音を立てて後ろの何かに刺さった。
「あっぶねえぇ!? 殺す気かよ!!」
「後ろ、見て」
「後ろ?」
よくわからないが半信半疑で後ろを振り返ると、カレンダーの今日の日付の部分に羽が一本刺さっていた。
三本飛ばしていたような気がするが・・・ん?
よく見ると刺さっていたのは一本ではなく、三本の羽があまりに精密に同じところに刺さったため先に刺さった羽の軸に食い込み合って一本に見えているだけであった。
「うぇ・・・すげぇ・・・」
「一部の人間の黒さもこの目で見て体感したし、どんなに良い作戦でも残酷な方法を取られれば皆無駄になることぐらいわかるわよ。
それでも私は力になりたいの。スズのあの怯えた顔は二度と見たくないから」
「それは俺だって同じだ! みんなそう思ってるさ」
「それなら!」
「いいか? 人間はやばい。めちゃくちゃやばい。簡単に他の生物や人間同士でも命を奪い合う。もう一世紀以上も前の話だが本土にやばい爆弾が2つ落とされた話は知ってるよな? ジャパリパークの目に光が反射しない子達はほとんど人間に絶滅させられた動物たちだ。戦争はしまくるし生き物は絶滅させまくる宇宙で一番業の深い生き物なんだよ」
「ちょ、ちょっと・・・」
途中から熱が入って、気づいたら早口でまくしたてていた。
タカが羽を小さくしながら戸惑ったように出した声で、俺はようやく正気を取り戻した。
「・・・ひどい生き物なのは分かったわよ。でもそれが何の関係があるのかしら」
スズが他に口外してほしくないような雰囲気を出していたが今が言うべき時だ。
「スズはな、動物だったときに目の前で親鳥を撃ち殺されたんだ。スズを取り巻いてるのは、そういう人間たちだったんだ」
「え・・・・・・?」
タカは目を見開いたまま動かなくなった。
小さくなった羽が緊張で張り詰めている。
「俺から話せることはこれだけだ。今日はここで終わりにしよう。スズがそろそろ帰ってくるだろうし」
「分かったわ。でももう少しだけ、ここで考えさせて」
「おう、考えまとまるまでゆっくりしててな」
30分ほど経った後、窓から飛び去っていった。
タカは俺がスズから聞いたときと同じくらいの衝撃は少なからず受けただろう。
パークの中にいると直接関わることのない残酷な現実。おそらくあの変な奴らが絡んでいる以上これからたくさんそんなことに関わるはずだ。
俺はジャパリパークの飼育員になって可愛いフレンズ達と楽しい日々を送るはずだったのに。
なんだよこれ・・・
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