30 大きな一歩
タカが帰って何時間か経った後、スズが無事に帰ってきた。もうすっかり怪我は完治し、今までと全く変わらない様子だ。
大出血して三途の川を渡りかけてから一週間も経ってないはずなのに・・・
「ん? どうしたの」
「なんでもないさ」
スズが不思議そうに訪ねてきたので慌ててごまかした。
「しつこいかもしれないけど、さ。本当にお腹大丈夫なのか?」
「またどうしたのよ。こうやって飛び回ってるし平気よ」
「なら良いんだが」
スズは相変わらず怪しんでいるが、俺は何事もなかったようにパソコンを起動してレポートを書き始めた。
しかしスズ本人はこのことについて何も思っていないのだろうか。親鳥を撃ち殺された時スズも負傷したらしいし、怪我の回復の難しさはよく分かるはず。
・・・ていうかそんな怪我してなんで今まで生きてこられたんだ?
野生だと大怪我した動物は捕食されたり逆に獲物に逃げられまくってすぐに命を落としてしまうはず。
ああ、集中できない。
「ねえヒデ、今日おかしいわよ。なんか指が気持ち悪い動きしてる」
「んぇ?」
気づいたら人差し指でEnterキーを連打し続けており、レポートが改行されまくってとんでもないことになっていた。
急いで改行を消して修正する俺に呆れたのか、大きなため息がスズの口から漏れた。
しかし次に聞こえたのは予想外の言葉だった。
「私の体がこんな早く治ったこと、気になるんでしょ?
見てればすぐわかるわよ、今朝からず~っとそうやってそわそわしてる」
スズは後ろを向いたまま、そういった。時が止まったようだった。
どうやってスズからこのことを聞き出そうとずっと考えていたのに、まさか本人の口から聞いてくるとは。
「まあ一週間も経ってないのにあんなひどい怪我が自然治癒したら気になるな。
スズはなにか知ってるのか?」
核心を突きすぎたのかもしれない。彼女はそのまま黙り込んでしまった。
少しだけ経った後、おもむろに首の鈴を掴んだ。
「これ・・・」
「その鈴なのか?」
「そうよ」
「それを俺が付けたらどうなるんだ?」
「分からない。でも絶対渡さないわ」
渡さないって・・・俺まだ何も言っていないぞ。
しかも初めて会った時を思い出させるような拒絶の目。本気だ。
「待って待ってスズ! 俺まだ何も言ってない!
俺は絶対物を取ったりなんてしない。かわいいフレンズを泣かせるようなことなんて誓って、やらない!」
「ヒデは・・・信じても良い、ヒトなの?」
「自分ではそう思ってずっとやってきてるけど、信じるか信じないかはスズの決めることだよ」
「ええっ!?」
「いや、逆に無条件で信じろなんて言う方が信じられないだろ?」
「え・・・? うん、そうね」
スズは俯いたまま答えた。
しかし本当に皮肉なものだ。ジャパリパークにいるフレンズは純粋無垢で、職員にも悪い人がいるなど聞いたことがない。
そんな平和な楽園の住人にこんなことを教えなければならないなんて。
しかしフレンズと人の関わりがなかったら今俺はここに居ない。
もし俺がフレンズと会うことがなかったら・・・
「でも」
「ん?」
「なんか、ヒデは良いヒトだと思う、の・・・
色んな所で助けられたし、悪い感情を感じない」
「なんだなんだ霊能者は信じないぞ? 悪い感情ってどういうことだ。
それに助けたのはお互い様なんだからもう忘れてくれよな」
よく分からないが第六感のようなものなのだろうか。
それとも女の勘ってやつなのか。
というか照れててかわいい。
舐めた(殴
「今、寒気がしたわ」
「お前の能力は本物だ、喜べ。
しかし、だ。その能力があれば別に人混みに行っても大丈夫なんじゃないか?」
「それはだめ」
何故だろう。
ようやく二人でセントラルを回っていろいろ見学したり出来ると思ったのに。
「嫌な人間が周りにいればわかる。でもたくさんいれば誰かはわからないし、集中してるとすごく疲れるの」
「そうなのか。それは悪かったな。
あ、一つ聞きたいんだけど悪い人間が混じってるかもしれないから人混みは嫌なんだろ? じゃあ純粋無垢なのしか居ないって最初から分かってればたくさんいても大丈夫なんだな?」
スズは少しだけ悩んだ後
「うん、まあそれなら大丈夫だけど・・・そんなのありえないわよっ!」
「よぉ~しその言葉を待ってたんだ」
「え? え!?」
何が何だか分からないという顔をして戸惑っているスズを尻目に、俺は職員向けのパークのイベントスケジュールを確認する。
確か今日は奴らが来る日だったはずだ。
ーー○○中学校 社会科見学ーー
ーー○○動物園職員 視察ーー
ーー○高校 社会科見学ーー
ーー○○○小学校 遠足ーー
ーー○○○の会・・・ーー
ーー○○・・・ーー
あった。
そして管理センターに電話を入れて確認と許可をとった後、すばやく出かける準備を始めた。
当然のことながらスズはシャツの裾を引っ張って抵抗してきた。
「絶対大丈夫だって、俺が保証する。俺は悪いやつじゃないんだろ?
なら思いっきり信じてくれないか?」
「そんなこと言っても・・・」
「今日これからすることをうまくやってのけたら」
「た・・・たら?」
「う~ん、常識のあるものなら何でも一つ買ってやろうじゃないか。
カタログだから家で選べるぞ」
「欲しいものなんて無いわよ!」
「まあいいじゃないか。騙されたと思って信じてみろよ。
はいそれじゃ、出発!」
「意味がわからないぃぃ」
ーーーーーー
結局、俺達は奴らのいる場所へ行くことになり、それからすぐ職員寮から飛び立った。
天気がよく上空の気流も穏やかで、目的地のパーク入場口近くの広場へはすぐに行くことができた。
広場に降り立つとパークガイドの女性が出迎えてくれた。
その横ではイエネコとおぼしきフレンズとカワラバトが談笑している。
「ちょうど元気なフレンズさんがもう一人ぐらい欲しかったんですよ~~
本当にありがとうございます、飼育員さん」
「いえいえ、良いんですよ。スズも動き回りたいだろうし、あの小悪魔ちゃんたちの相手をするのにちょうどいいと思って。
スズは大人の人間が怖いみたいなのでこういう機会で慣れさせていこうと思ってるんです」
「へぇ、それはいいですね。
・・・確かにずっと後ろに隠れててそれはそれですごくカワイイ」
ガイドの女性が肩越しにスズを見つめると、しぶしぶ横に出てきた。
「こ、こ、こんにち、は」
「はじめまして~スズちゃん。うっはぁ頭の羽真っ白でふわふわ!
しかも顔ちっちゃいし目おおきいし手足ながいし・・・」
「あ、あの、ガイドさん?」
「ハッ!? 取り乱しちゃってすいません!
はい、そろそろお客さんが見えになる頃ですね!」
ジャパリパークのガイドはどうしてこうも変態揃いなのだろうか
そして彼女の言葉通り、ついに奴らが入場門をくぐってこっちに駆けてきた。
奴らは、騒ぐ。
奴らは、走る。
奴らは、泣く。
奴らは、小さい。
奴らを見るのは初めてだろうが、きっとすぐに慣れるだろう。
スズは不思議そうに見つめながら、呟いた。
「えっと、あれは・・・ヒトのヒナ?」
「子供だ。幼稚園の子」
そう、奴らとはハイパー・パッション・パワフル・ナーティ・アグレッシブ・チルドレン。
つまり幼稚園児のことである。
ジャパリパークはフレンズの居住地ということでフレンズが人間をわざわざ出迎えたりといったサービスはなく、パークを回ってる間に会えたら良いねと言う形をとっているのでフレンズに会えずに帰る人がたま~に発生する。
しかし幼稚園生相手にそれはかわいそう、ということで入場口近くの公園や広場を貸し切ってこういったフレンズとの触れ合いイベントを開いているのである。
更に幼稚園生を迷子にさせない配慮であったりもする。
「それじゃ、私は見向きもされませんしそこのベンチで見守っていますね」
「分かりました」
俺はこのままここに残ってスズの様子を見届けることにした。
子どもたちはフレンズ目当てに突撃しているので、ここに突っ立っていても街路樹同然である。
耳が、痛い。
そこまで人数は多くないはずなのだが。
まあそれは置いておいて、フレンズ達は既に小悪魔の犠牲になっていた。
スズも例外ではなく、7人ほどの子供があちこちにぶら下がったり抱きついたりしている。そこ代われ。
「ぎゃあああああ!!?? 痛い痛い痛いそこ尾羽根だから引っ張らないで!!
そこは羽じゃなくて髪!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!?」
「だっこ!」「おんぶ!」「飛んでー! 飛んでー!」「羽根ちょうだーい!」
「こら! 羽根は引っ張っちゃ駄目よ!」
先生らしき人が声を掛けるが子供に通じるわけがなかった。
更にカワラバトが二人ほど抱きながら飛んだのを境目にスズにも飛んで飛んでコールが始まり、ついに諦めたのか3人ほど抱きかかえ始めた。
「無理はするなよー!! あとあんまり怖がらせるなよ!!」
「ああもう、わかったわよ!!」
スズが3人ほど抱きかかえたまま1mほど浮かぶと、更に奇声が激しさを増した。
その後も何回か子供を変えながら飛んでいたのだが、明らかに表情が和らいでいるのがわかった。
むしろ楽しそうに見える。
「いい感じじゃないですか?」
「まさかこうなるとは思っていませんでしたよ。大成功みたいですね」
結局スズは楽しんでしまったようで、有り余る体力で更に子どもたちと遊び始めた。
ーーーーーー
「そろそろ終わりの時間ですよ~!」
先生らしき人が声を掛ける。
イエネコとカワラバトはすっかりバテて地面に倒れてしまい、子どもたちの中にも脱落者が現れ始めた。
「もっとたかくー!」「もっとー!」
「「「「もっとー!!」」」」
「え、ええ~どうしようかしら」
「「「「(聞き取り不明な奇声)」」」」
「高いところは危ないから駄目!!」
「「「「(聞き取り不明なブーイング)」」」」
ーーーーーー
結局最後までスズは子どもたちと遊び切った。
カワラバトとイエネコは疲れ切ってベンチの上で寝てしまい、その分の子供がスズに向かっていったがなんと全部相手にしてしまった。
寝ている二人になおも構う子供が数人ほど居たが。
「今日は、楽しかったですか~~? 次はセントラルで・・・」
パークガイドの女性が声を掛けると子どもたちは一斉に声を上げた。
どうやら触れ合いの時間はここで終わりのようで、これから子どもたちはセントラルに向かってから帰るようだ。
当然のごとく子どもたちはフレンズたちにしがみついて反抗している。
スズはなんと一番人気なようだ。
未だに3人の女の子がしがみつきながら泣いており、周りにはそれを見つめる子供達が集まっている。
「とりのおねーちゃん、もっと~」
「やだ~かえりたくない」
「とんでよ~とんでよ~」
「ほらほら、お姉ちゃん困ってるだろ? それに先生も怒るぞ~」
3人からマジな目で睨まれた。
やっぱり俺は人間の扱いは苦手だ。
しかしこのまま引き剥がすのも胸糞悪いし、このまま引っ付けとくわけにもいかない。
どうしようかと悩んでいると先に動いたのはスズだった。
おもむろに両手を開くと、そのまま3人を抱きしめた。
「「「あったかい・・・」」」
子供の扱いなど教えたことがないのにここまで出来るとは、もしかしたら生まれつきの特技のようなものなのかもしれない。
その抱擁は効果てきめんでスズが何も言わずに腕の力を抜くと、子供達は素直に先生の元へ駆けていった。
一体何が起こったのだろうか。
「スズ、スズ! 今何したんだ?」
「んぇ? なんとなく抱きしめただけよ。そしたら急におとなしくなっちゃった」
「そうか。まあいいや、今日はもう帰ろう」
「分かったわ。帰りましょ」
スズの腰に命綱を結ぶと、広場から飛び立った。
ーーーーーー
「きっとさっきの子たちね」
低い雲の上を飛んでいると、スズがつぶやいた。
「見えねえ」
「フフ、そうだったわね」
しかし本当に驚きだ。
スズがあそこまで楽しそうに子供達と遊ぶとは夢にも思っていなかった。
いつもの様子からだと、子供達に好きなように遊ばれてボロボロになって帰るのが関の山だと思っていたのがまさかああなるとは。
しかも駄々をこねる子供3人を一瞬で黙らせてしまった。
「スズは今日どうだった?」
「すごく楽しかったわ!! あのヒト達を見てるとすごく懐かしいような気持ちになるの。また会いたいくらいよ・・・」
「スズ?」
俺が上を向いた瞬間そっぽを向いてしまったが、その時のスズは今までに見たことのない幸せな表情をしていた。
まさに輝きに満ちていると言った感じだ。見ているこっちまで浄化されそうになる。
舐めたい。
「そういえば出かける前うまくやれば何でも買ってやるって言ったな。
どうせだしこのままセントラルの店に寄ってみないか? 俺はセントラルの地理には詳しいし裏道も知ってる。フレンズの経営してる店だってよく知ってるんだ」
「うっ・・・セントラル?ってたくさんヒトがいるんでしょう?」
「混んでるのはぬいぐるみとかお菓子の店ぐらいだぞ。
ちょっとした雑貨屋とか食べ物屋は数人しかいなかったりする。どうだ?
楽しいものいっぱいあるぞ」
「私行くわ。小さくないヒトは怖いけど、がんばる」
「やった!! じゃあこの地図の場所に行こう!!」
スズは体を捻って向きを変え、セントラルに向けて飛び出した。
今日はヒトの克服に向けて大きな一歩を踏み出せた日になったと思う。
完璧に克服するのは何ヶ月、いや何年もかかるかもしれないが、0が1になっただけでもとても大切なことだ。
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