28 古びた思い出
あれからスズを背負ったまま歩いて寮まで帰った。
途中カモっぽいフレンズが運びますよ、と名乗り出てきたが断ってまで歩いた。
寮についた頃には太陽はすっかり沈んで辺りは真っ暗になり、夏の虫の鳴き声がうるさかった。
どうしてそこまでして歩いたのか。
それはただスズと話したかったためだ。
「美味しい~! ヒデも食べる?」
「お、ありがとうな」
スズがラッキービーストから貰ったジャパリまんを後ろから手を回して何個か咥えさせてくれた。
ラッキービーストがそこら辺で無料で配っているのはミニサイズのアンコ味。
疲れた体にスズが食べさせてくれた事実とあんこの甘みが染み込むようだ。
しかし出会ってから一ヶ月ほどたった今になって急に優しくなった気がする。
セルリアンに会ったら一瞬で飛び出して倒してくれるし話もしてくれる。
やっぱりタカ科は頭がいいからなのだろうか。
・・・しかし自立が早くなるということは別れが来るのも早くなるということ。
自立が終わったら二度と会えなくなるというわけではないが、次は広大なジャパリパークのどこに配属されてどんな子の面倒を見ることになるのかが分からないので担当外のフレンズとはたまにしか会えなくなってしまう。
タカと会いまくってるだろ! と言われるかもしれないがそれは偶然スズと住む環境が似ていたため。
キタキツネ達の住んでいるような所に何度も何度も連れてくるわけにも行かないし、出掛けまくるわけにも行かない。
そもそも仕事にならないし。
「立ち止まってどうしたのよ」
「え? ああ、ごめんよ」
「とっても悲しそうな顔してるわ」
「いやお腹、減ったな~って。 ドリア食おうとしてたのにセルリアンに店ごとふっとばされたからな。 食べたいもんあったら言えよ」
「お肉食べたいわ」
「んじゃ何肉が良い? 貧血だしマグロとかでも良いぞ。」
「まぐろ・・・?」
夜ベッドの上で全然動かない女性のことだよと言いかけた口を慌てて閉じながら携帯で画像を見せた。
スズはかなり興奮した様子で画像に食いついていた。
「魚食べたことあるか?」
「無いわ。 動物の時は森のなかで小さい鳥とかネズミばっかり食べてたからそれは知らないわね。 人間に捕まった時もしかしたら食べさせられたかも・・・」
「その事は無理に思い出さなくていい」
話していると職員寮の前についた。
街頭の明かりを頼りにポストを確認し階段を登る。
この寮は建てたばかりで俺は一番最初の入居者故、すぐに自分の部屋に行くことが出来る。特に指定とかはしなかったせいかど真ん中の部屋に住んでいる。
ジャパリパークの職員に変な奴はいないので特に気にすることではない。
「あ、ヒデさんこんばんはです! なんだか疲れてません?」
訂正。 変なやつ居る。 それも二人きりになった瞬間スズを襲った奴が。
ソウタは結構大きめな買い物袋を下げてちょうど部屋に入るところだったらしい。
袋からはネギが二本ほど飛び出している。
袋もかなり膨らんでるしそんなに買ってどうするんだろうか。
「ああ、分かるか。 ちょっとアーケードで一悶着あってな。
スズが一番疲れ切ってるから早く寝かせたいんだ。
・・・そこ、どいてくれないか?」
「え? ここ私の部屋ですけど」
「そうか。 本当に隣に来やがったか」
「まあまあまあ! おやすみなさい!」
ソウタは勝手にその場を収めるとドアを開けて部屋に入っていった。
スズは嫌っているが俺はそんなに悪いやつだとは思わないし少し楽しみでもある。
隣人がいなくて寂しかっただけに知ってるやつが越してくるのは割と吉報だ。
「お腹減った。 早く食べましょ」
「おっと。 買い出しに行くから待っててくれ」
「ええー! ご飯無いの?」
「本当にごめんよ? そのかわり美味しいのたくさん用意するから」
頬を膨らませて抗議するスズを半ば強引に俺のベッドに寝かせた。
一応戸締まりの仕方も教えると、再び市街地に赴いた。
ーーーーーー
「帰ったぞ~。大丈夫だったか?」
帰宅し電気を付けると、スズが目をこすりながら俺のベッドから起き上がった。
俺が持っている袋の匂いを嗅ぎ取るなりタオルケットを体に絡ませたまま羽ばたいて突っ込んできた。
若干野生解放して瞳を輝かせながら買い物袋を奪い取った。
その中から平たい箱を取り出してまじまじと見つめている。
「なにこれ。 お肉?」
「ローストビーフだな。 ホタテフライとマグロのさし身もあるぞ。
美味しそうなおこわも買ってきた。 後は寿司とかピザとか・・・」
「おおー!! おおおー!!」
頭の羽をバサバサ羽ばたかせて閉じていた尾羽根も開いている。
今まで無かった生気が宿った感じだ。
本当は作ってあげたかったがそんな体力もないしスズも空腹で倒れてしまう。
肉類はフレンズに気を使って少し遠い職員だけが知っているスーパーに買いに行ったので少し時間がかかってしまったが、この様子なら心配はなさそうだ。
「ねえヒデ。 ビーフって、何? 美味しいものっていうのはわかったけど。」
「牛だな。 あと一緒に食べるんだからつまみ食いはやめようか!?」
「お腹減って我慢出来ないわ。 私はもう食べるだけなのにまだ鞄背負ったまんまなのは誰よ!」
「スズこそ手袋と靴取ったらどうだ?」
「う゛っ」
悔しそうな顔をすると左手で右の手首を掴んで思い切り引っ張り出した。
スズの力だと手首脱臼するから今すぐやめてくれ。
「指の先の余った部分を引っ張るんだ。 中指が一番取りやすいと思うが。」
「なかゆび」
「・・・五本あるうちの真ん中にある一番長い指だ」
「取れたわ。 すごいわね、これ」
「よし。 次は靴だ靴」
スズを玄関に誘導し座らせる。
「今までに何回か脱がせたことあるし自分でできるよな?」
「簡単よ。 真ん中らへんを引っ張れば・・・ぐぬぬ・・・
手強い毛皮ね」
思った以上に脳筋類だった。
サンドスターが作った世界一スズの足に合っているローファーを変な方向に引っ張ったところで脱げるはずがない。
どうやって攻略するかが見ものだ。
「っていうかこれ指の反対側にも毛皮が張ってあるわよ!
これじゃ前に引っ張っても下に引っ張っても無理よ!」
「言ってることは分かるぞ。 足がL字になってるからな。
ただ足は石じゃない。 手みたいに動かす事もできる。 それに引っ張る方向も縦とか横じゃなくて別の方向にも試して見るんだ」
「ふぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!!!」
だめだこりゃ。
しびれを切らした俺は、スズの足首を掴んで膝を曲げ足をスカートの後ろに動かした。 これを両方。
そうして完成したのはいわゆる女の子座りと言われる体勢。
自然に足首が伸びる上につま先を掴みづらくなる。
こんな細かいことでも飼育員はサポートしなくてはならない。
あくまで最後に実行するのはフレンズで飼育員はそのサポートに回るだけ。
と、ミライさんは言っていた。
「取れたわ!」
「よし。 今は手でやってるけど慣れたら念じるだけで消したり出来るようになろうな。」
「タカ達が足の毛皮とかを消してるアレね? 簡単よ」
「言うじゃないか。 とりあえずメシだメシ」
ーーーーーー
「火を通したお肉って良いわね!」
「いや、動物の時生で食ってたスズがやばいだけだ。
っていうかローストビーフ俺の分も残して・・・あっ」
止めるのと同時にスズが最後の一枚を口に入れた。
凄まじい勢いで食べてしまうことを恐れてかなり多めに買ってきたはずなのにこの有様だ。
先程まで机の上は食べ物で溢れていたのにどんどんと密度が低くなっていく。
なんというか生きるために食べているという感じがひしひしと伝わってくる。
その食べっぷりには女子力のかけらも無く、最早飢えた獣と言ったほうが早い。
可愛いけど。
まあ食欲はあるようなので安心した。
この勢いで食べていれば怪我で失った血はすぐに作れるだろう。
しかしこの笑顔は何なんだろうか。
今まで笑顔など見せなかったスズが怖いぐらい笑いながら刺身を食べている。
少しぎこちないようにも見えるが。
「嬉しいことでもあったのか?」
「なんで?」
「笑ってるから」
すごい勢いでフォークを机に置くとそのまま両手で顔を隠してしまった。
かわいい。
「別に隠すこたねえだろ。笑顔は健康に良いんだぞ」
「笑ってなんか無いわ」
「あ~はいはい、笑ってない笑ってない」
いちいちシャイで可愛い。
肩で息をして落ち着きを取り戻すと再び食べだしたが、先程の勢いのおかげかすでにあらかた食べつくされてしまっていた。
俺が最後のフライを食べようとしたのをスズが早業で横取りし、夕食は終わった。
「とっても美味しかったわ」
「ああ、俺は腹四分目だよ。 でもスズが喜んでくれたならいいや」
「またこうやってお肉たくさん食べたいんだけどいいかしら」
「いいぞ。 次やる時は俺が作ってスズにも手伝わせまくるからな」
「うぅ・・・」
「都合悪くなったら症状が出るとは便利な貧血ですねぇ!!!!
・・・とりあえず帰るまで休んどけ。 それともここで寝てくか」
「絶対、嫌」
とりあえず具合の悪くなったスズを俺のベッドに寝かせた。
そしてスズが目を閉じたのを確認すると顔までタオルケットをかけて、俺はあるものを取りに行く。
まあカップラーメンなんだけど。
いやさ、何やってんねんって思うかもしれないけども。
スズにほとんど食われて実質俺が手を付けたのはおこわ半人前とピザ一欠けと中トロ一枚なんですよ。
25になる男がこんなホトケサマのお供えみたいな量で満足できますかと。
スズの笑顔で心はお腹いっぱいだけど胃はすっからかんなんですわ。
ーーーーーー
スズが起きる前に
未だに起きる様子はなかったのでパソコンを起動し、今日のスズの様子をまとめて管理センターに送信する作業に入る。
操作に夢中になっていた俺は、後ろから近づく気配に気づくことが出来なかった。
「何それ」
「うわ!? 起きてたのか。 今スズの様子を報告してるのさ。
フレンズはまだわからないことも沢山あるしこういう報告が大事なんだな」
「よく分からないけど私帰るわ」
「もうそんな時間か。 外はどんな感じかな」
窓を開けて外を見ると、小雨が降っていた。
夏とは言え職員寮のある辺りは少し寒く、重度の貧血で具合の悪いスズにこの中を飛んでいかせたくはない。
「早く飛べば風で体温奪われるしノロノロしてたら雨で体温奪われるぞ。
やっぱりここで寝ていったらどうだ?」
「嫌よ。 また私の頭の羽と尾羽根をぐしゃぐしゃにするつもりでしょう?
いつもここで寝るたびにひどい有様なのよ」
「何を言ってるんだスズ。 俺はちょっとモフっただけだ。 自分の寝相の悪さを人のせいにするなんて有り得ないな」
「ちょっとってどれくらいよ」
「三時間ぐらいかな」
「人間は三時間をちょっとっていうのね」
「・・・冗談は置いといて本当に行くのか?」
今度は即答ではなかった。
頭の羽をくたりと垂らして悩んでいる。
「宿泊代は羽で払ってもらうけどここで寝てくんだ。
俺が変なことすると思う?
よく考えるんだ。貧血で辛い中さむ~い空を飛んで住処に帰るか。
羽はボソボソになるけど安全なここで寝るか。」
「う、うぅぅぅぅ・・・」
見事にジレンマに陥ったスズは考えに考えて・・・
再び俺のベッドに突っ伏した。
大勝利。
ーーーーーー
真っ暗な部屋。
秒針の音と外の虫の鳴き声だけが聞こえる。
時計を見ると1時。
隣で寝ているスズの温かみが感じられて・・・
スズが居ない。
逃げられるほど嫌われていたのか?
「スズーいるかー?」
真っ暗な部屋に呼びかけても反応はなかった。
部屋の外にいるのだろうか。
まさか・・・連れ去られた!?
やせぎすの男はボコして管理センターに持ってったし、夜は客が少ないから怪しいやつはすぐ見つかるはず。それに窓も閉まっている。
しかし探しに行こうとベッドから降りた瞬間、ドアが開いてスズが入ってきた。
「ちょっと風にあたってたの。 気にしないで」
「具合悪いんだからむやみに外に出るな。 心配したぞ?」
「私は大丈夫よ」
少しムッとした表情のままベッドに突っ伏したスズ。
俺も続けてスズの横に寝転がると、寝返りを打って向こうを向いてしまった。
「今日は本当にありがとうスズ。 もしあの時庇ってくれなかったら俺死んでたよ」
俺は命の恩人に後ろから思い切り抱きついた。
別に私的な関係を築こうとか独占しようと思ったわけではなく、ただただ感謝したかった。
「いつか絶対に返す。 一生この事は忘れない」
「返し終わってないのは私の方よ。 これでもまだ、足りてないわ」
「何言ってるんだ」
「今日もまた助けてもらった。 でも返し足りないのはずっとずっと前のことよ」
「ずっと、ずっと、前・・・?」
「覚えてないならいい」
ずっと前のことというとなんだろうか。
全く見当がつかなかったが、これだけは分かる。
「恩返しってことでこれから色々されちゃっていいって事だよね」
「それはやめて。 口をくっつけてくるのもやめて」
「ええ・・・!?」
「でも、これだけなら、別に、いいわよ」
スズは苦し紛れにそう言うと、寝返りを打ってこっちを向き首を曲げ頭の羽を俺の顔に近づけてきた。
純白でふわふわの羽毛が顔にあたってくすぐったい。
ちょっといい匂いもする。
スズはそれから2日ほど飛べなくなった。
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