5 ほーくふぁいと

いざパークを回ろうと三人集合したが、タカの高圧的な態度と余計な一言が事を変な方向に持っていったのだった。


ーーー


「苦労してない・・・!?それはあなたの事でしょう!!

そうね、結構前の事だけどスカイレースの途中で私、セルリアンに自身を奪われて動けなくなったことがあるの! でもその時園長やシロサイやサーバルのお蔭でなんとか立ち直って、その後優勝できた!

皆の助けもあったけど私強くなれたわ!

そういう事があなたにあったの!?

もちろん一人のあなたには分かるわけ無いのよね!! ハッ!!」



タカが額に青筋を浮かべ、頭の羽を千切れそうなほどに開いている。

ここまでキレているのは初めてみた。

そして止まることのない余計な一言が争いを最悪な方向へ持っていく。




「なんなの急に自慢話始めて!!

セルリアンぐらい倒せるわよ!!

それでもあなたその時セルリアンにやられて、さらに他の皆に迷惑かけたんでしょう??」


「そういうことじゃないわよ!話をちゃんと聞きなさい!!

だからあなたに外に出てそういう時助けてくれるような人達と出会ってほしいのよ!!

強がるんじゃないわよ一人じゃ何にも出来ないくせに!!

いつまでもヒデに助けてもらうの!? 醜いわね!!!!」



タカの言いたいことは理解できるし正論である。

しかし当の本人も相手も頭に血が上っており、冷戦な判断など出来る状態ではなかった。


急に二人の瞳に野生の輝きが灯る。

これはいよいよまずいことになった。




「「ちょっと騒がすわよ!!」」

「待てここは俺の部屋だ!! 喧嘩はやめてくれ!!」

「「黙ってなさい!!」」




2つの美しく鋭い瞳が俺を射抜く。

正直言って怖い。


俺は猛禽に睨まれたネズミのように縮こまる事しか出来ず、大人しく押し入れに避難した。


最悪の展開だ。

もうスズの心を開かせることも、タカと友だちになることも叶わないのだろうか。



避難した瞬間、部屋に強烈な打撃音や何かを切り裂く音が響き始めた。

恐る恐る押入れの隙間から覗き見ると、二人は掴み合って部屋の壁や天井にドカドカとぶつかりながら取っ組み合っているのが見えた。


キャットファイトならぬホークファイトだ。

喧嘩というより大型猛禽の殺り合いである。





スズがタカの襟を鷲掴みすると体を捻って勢いをつけ、壁に叩きつける。しかしタカは器用に身を翻して避けると、スズを切り裂こうと光り輝く腕を振るう。

若干当たったように見えたがそのまま腕を掴むと空中でバク転し、蹴りを打ち込む。


肉弾戦の次は羽の飛ばし合いだ。

自分の体に刺さってもかまわず弾幕を張り続ける。顔や足を鋭い羽が切り裂き血が迸る。


その後も殴り合ったり引っ掻いたり争いが続いた。

お互い一歩も引かぬ攻防を繰り広げている。


戦闘経験はあるがあまり運動が得意ではないタカと、オオタカの最大亜種だが戦闘経験が無いスズ。

その二人は意外と互角なようだ。



不意にカカカ!っという音と共に、押入れの隙間の横1センチぐらいの所に羽の流れ弾が飛んできて刺さった。

あと数センチずれてたら失明してました。


今度は二人もみくちゃになりながら地面に墜落し、掴み合いを始めた。

取っ組み合いの間二人は言葉を交わすことなど無く、ただ淡々と目の前の物を排除しようとしているようだ。


一体何が二人をここまで怒らせ、戦わせるのだろうか。



ーーーーーー



そろそろ始まってから10分ほど経つ。

まだ地面に転がりながら取っ組み合っているようだがどうやら決着が着きそうだ。


刹那タカがハイキックを繰り出し、避けられなかったスズが壁に叩きつけられる。



「その隙貰ったわ!!」



接戦の末勝利の女神はタカに微笑んだ。

スズは血だらけの床に押さえつけられ動けない。



やっと、やっと終わった。


タカめ、何がヘルパーだよ。

スズを血だらけにして押さえつけるためか。

スズもスズでガキみたいなこと言いやがって。


俺は怒りに任せてふすまを蹴破り、二人の前まで歩いていく。




「スッキリしたか!!!!!!! 周りを見てみろバカ共!!!!!」



血だらけの二人がまだ肩で息をしながら部屋を見回す。


部屋中に白と茶色の羽がびっしりと刺さっていた。

ベッドは土台の木がズタズタのボロボロで、その上の布団は羽毛があちこちから飛び出して変わり果てている。

壁紙や天井はあちこちボコボコになっていて窓ガラスは跡形もない。

家具もひっかき傷だらけである。



「相手と自分の体は見たか!!??」


スズとタカの体もぼろぼろである。

軍服風の制服は丈夫そうなのにあちこちが破れている。

タイツは跡形もなく、傷だらけの肌が露見している。

スカートも穴だらけでもはや意味をなしていない。

顔や足などは青あざと切り傷擦り傷に覆われていて、スズは口の横から血を流していた。


ただ鈴と首輪は無傷のようだ。




「そんなに色々傷つけて楽しいかこの野郎!!

せっかく今日からパークを回ろうと思ったのに・・・!!」


「「・・・」」


「オルァさっさとどけや!!!」


未だにスズに乗っかっていたタカを突き飛ばす。




「羽なんとかしとけや!!!!!!!!!!!!」




俺はズわざと大きな足音を響かせながら玄関まで行くと思い切りドアを開け、そのまま寮を出た。



ーーーーーー






・・・なぜだろう。


別に部屋はどうでもいい。家具なら買い直せばいい。

しかし傷ついた二人を見たらなぜか怒りが込み上がってきた。

その理由は自分でも全くわからない。



「おい、ヒデ!」



急に後ろから声をかけられ振り返ると、そこにはパークに来た時一番最初に出迎えてくれたうちの一人・・・ヤスエさんがいた。

癖っ毛と眼鏡が特徴で、前髪が後退してきたことを「俺が前に進んでいるんだ」などとごまかしている。

爬虫類の飼育員でありながら岐阜の会社の社長でもある多才な人だ。


ちなみにパークに就職する前は


「あ、どうも・・・」

「どうもじゃないよなんだいあの騒音は。 何があった?」

「スズと・・・ヘルパーのタカが喧嘩したんですよ。 それでかなりきついこと言っちゃって。」

「そうだろうと思ったよ。」



無言で缶コーヒーを差し出してきた。



「お前ブラック嫌いだったんだよな?だからブラックにした。」

「嫌がらせ好きですね。」

「一応先輩だぞ。」





二人で近くのベンチに腰掛けた。


どっと疲れが出てくる。


一応缶コーヒーを開けて飲んでみる。


なんだか味がよく分からなかった。





「大体みんな最初はそこを通る。」


「そうなんですか。」


「そこで折れたら負けだぞ。喧嘩別れってやつなのか?最初の2,3週間で辞める人が一番多いんだ。」


「難しい奴が多いからな・・・ だが、一つ山を越えれば、後は下りながらお日様を拝むだけ。」


「いつになったらそうなるんですかね?ミライさんの選んでくれたヘルパーのタカとスズがぜんっぜん噛み合わない感じだし・・・


 俺はどうすりゃいいんですかね・・・


 このままじゃスズが・・・スズが・・・・!」


「いいか?ミライさんはやることなすこと全て適当だ。適当にヘルパーを選んだし、パークを回れと行ったのも、その内容も、適当だ。


 だがな? あの人は誰より動物を、フレンズを愛してる。そのうえで適当にやってる。


 そのやり方であそこまで登りつめた。


 お前も知っているだろう?あの人の活躍を。」


「へ・・・?」


「お前はちょっと下心とか一時的欲求が偏ってる人間だが、形は違えど確かにフレンズを愛してる。


 だからお前は二人にあそこまで怒ったんだろう?傷つくのが嫌だったんだろう?


 だがこのぐらい気にするな。フレンズを信じてなんとなくやっとけばいい。深くは考えるな。」


「聞いてたんすか。」


「全部聞いてた。というよりタカがお前の部屋に入ったところから見てた。」


「変態ですね。」


「褒め言葉と受け取っておくぞ。」





そのあとヤスエさんと2時間ほどは話し込んでしまった。


なんだか時間を忘れられた。


いつのまにか缶コーヒーも飲みきっていた。





「さあ、行ってこい。二人が待っているぞ。」


「あんなに言っちゃって嫌われてないですかね・・・」


「それは知らない。これからのお前次第だ。・・・じゃあな。ヒデ。」





ヤスエさんのそんなに大きくもない背中を見送った。


そのまま姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


もう日が落ちて辺りは真っ暗だ。





さあ、帰宅だ。


タカとスズが・・・待っていてくれるといいな。


まだ仲直りしてないかな?


俺、嫌われてないかな?


玄関の前に立った。


自分の部屋なのにとても入りづらい。


勇気を持ってついにドアノブをひねった。





・・・え?


完全に想定外の光景が広がっていた





部屋の中ではスズと、タカと、後何故かハクトウワシとハヤブサが・・・


鍋を囲んでいた。


使い物にならなくなったちゃぶ台を敷いて、その上でガスコンロが鍋をグツグツと煮立たせている。


問題のタカとスズはなんと談笑している。スズに至ってはハクトウワシやハヤブサとも話をしているようだ。





「おい、タカ。奴が帰ってきたぞ。」


「ほら、スズちゃん。戻ってきたみたいよ。」


「あ、おかえりなさい。」「おかえり。」





「どうして俺の家に勝手に人を呼んでるんだ。どうして俺の家で勝手に鍋をやってるんだ。」


「「「「・・・」」」」





「っていうのはまあどうでも良くてだな。」


ズンズンと足音を立てながらタカとスズに歩み寄っていく。


そして二人を思い切り・・・


抱きしめた。


「痛い痛い!!!そこ傷が・・・!」「ぐるじい゛っっ・・・!いきがでぎな゛い゛!!」





「とりあえず、ごめんな・・・!!言い過ぎた!!特別に今夜はお楽しみだぞ・・・!」 


スズはよく意味が分かっていないようだが、タカは何の事か分かっているようだ。


どんどんと顔が紅潮し、しばらくの沈黙の後、平手打ちを食らった。





「エェクセレントッ!!いいじゃない!場所は用意するわ!メンバーが遂にゴールインするのよ!


 私その子をたくさん可愛がるしお祝いもたくさん用意するわ!」


「ハハハッ、お楽しみか。・・・名前は何にするんだ?さっさと決めたほうが得だと思うぞ。


 職員になる前、ヒデが子供の時からの付き合いだ。きっと幸せになるぞ。」





「ちょ・・・ハクトウワシ!ハヤブサ!何言ってるの!!!」


「ねえ、タカ。お楽しみって何なの?」


「あなたはまだ知らなくていいわよっ!!」





部屋中が笑いに包まれた。





「ねえ、そろそろいいんじゃないかしら?」


「そうね。ほら、ヒデもこっちに来て。ちょっと頑張ったの。」


「お、ありがとな。・・・おおっ、モツ鍋か。タカが作ったのか?」


「まあ・・・」


すごい。なかなか本格的なモツ鍋だ。臭みもしっかり抜いてある。


こんなのを牛のフレンズがみたら卒倒しそうだが忘れよう。


しかし鍋の食材が見覚えのあるものばかりだ。


まさかと思って冷蔵庫を確認する。


無い。何もない。


タカが吹き出した。


絶対に許さん。





「双子コース入りまーす!」


「この変態!!」


再び笑いに包まれた。





楽しい夕食が終わり、ハクトウワシとハヤブサは帰っていった。


タカは少し残っていくらしい。


「はぁ・・・楽しかったわね?感謝するわ。」


「人の食材を勝手に使いやがって!許さんぞ!」


「アハハッ! それよりスズのことなんだけどいい感じね?」


「さっきもハクトウワシやハヤブサと笑ってたしな。食材のことは恨むけど助かったよ。


 ありがとう。タカ。」


「これで明日からは安心してパークを回れるわね?


 昼の事は本当にごめんなさい。少し煽ったら騒ぎになっちゃって。」


「あれは作戦だったのか。どうりでいつもと違ったと思ったよ。でも結果オーライだしな。本当にありがとうな?」


「そうね。最後は想定外だったけど。」





何故かそこから先は記憶がなかった。


疲れが溜まったせいだろう。





急に目が覚めた。時計を見ると11時。


スズが隣ですうすうと寝息を立てている。


起こすのも可哀想だし今日はここで寝かせておくか。


とりあえず抱きしめてみる。


「さっきはごめんね・・・?でも成長したよ。スズ。がんばったね・・・」





ん?


なにか物音が聞こえる。


浴室の方からだ。


浴室の前に行くと電気が付いていて、くもりガラスの向こうに人影が見える。





こんな時間に誰だろう。





ガラスの向こうをよく見ると、人影の頭から一対の羽が生えているのが見えた。


タカじゃん!なんでこんな時間に俺の部屋でシャワー浴びてんのさ!


正体に気づくと同時に、タカが浴室から出てきてしまった。





目が合ってしまった。





そして固まる。





湯気が晴れてその美しい体のラインが露わになった。


胸はまあ控えめだが肩から足先にかけてのカーブが非常にエロい。


女の子の裸って物心付いてから初めて見たけどすごい。すごくすごくすごい。


高校ちょっとぐらいの顔つきのくせにとても完成されたお体をしていらっしゃる。


すらりと伸びた腕と脚が特にエロみを感じる。


喧嘩のせいで傷があるのが悲しい。


あ、鼻血出てきた。止まらない。


・・・だめだだめだ。コイツはただのヘルパーだ。


俺はスズをいい感じに育ててから美味しく食べるんだっ!!






「きさんっ・・!!なしてジロジロみとっと!!??」





強烈なハイキックを顎に食らって俺は壁に叩きつけられる。





「訛って・・・ます・・・あと・・・なかなか・・・いい体ですね・・・!」





更に追い打ちを食らって俺は意識を失った。





・・・一週間ほど口を利いてくれなくなった。

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