10.
耳雨がバスルームから出てくる気配を感じた時もぼくはまだ眠れずにいた。
「ましろ」
小さな声で部屋の入口から影になった耳雨が言う。
「まだ起きてるか?」
「うん」
耳雨が近寄ってきて囁いた。
「お前、料理作ってる間、水飲まなかったな。バスで思い出した」
「あ、ホントだ」
夢中でせっせと作っていたからだろうか。
「えらかったな」
耳雨がおでこにキスをした。
「はい」
掠れた声でぼくは答えた。
「ごほうび、くれる?」
と、訊くと
「そうだなあ。クリスマスプレゼントもまだだしなあ。何が欲しい?」
「うんとね、抱っこして。お父さんが小さい子にするように」
「こうかな?」
耳雨がベッドに入り込み、ぼくを起こすと、背中から包むように抱いて、膝の上に乗せてみた。
「うん、そんな感じ」
「お前さ、父親に何歳までこうしてもらってた?」
「うーーーんと、教えない」
「けちだなあ」
耳雨はもっと大きく両腕を伸ばして、僕を背中から抱きすくめた。
「俺は…ユキはがだけどな。施設の男の先生に、まだかなり小さい頃、あったかなあ。何となく覚えてる。入ったばかりの時、あんまりにも動かないし、表情も言葉も出なかったかららしい」
「いい、施設だったのね」
「慣れてからは厳しかったけどな。…眠くならないのか?」
「うん、あったかいけど、さっきから楽しくて目が冴えちゃって眠れないの」
「じゃ、もっと徹底的に疲れさせてあげるか」
そう言って耳雨は、ぼくが着てる大きく開いたセーターの襟の肩口に口づけた。
「ここにも傷痕がある」
「悪いお父さん」
ぼくの冗談にも応じず、彼の唇は、襟口から見える傷を辿り始める。傷跡に当たるとキスして、少し舌を出して舐める。
「あんまり引っ張ると、首が苦しい」
「もう少しで、翼の封印痕なんだけどな」
「翼の封印痕?」
肩甲骨の辺りのどこかに口づけながらそう言う耳雨に、ぼくは尋ねる。耳雨はセーターの背中を捲り上げてぼくの肩甲骨の辺りに指を当てる。
「この辺から翼が生えてたんだよ。人間はきっと昔、鳥だったんだ。ちょうど翼の封印痕みたいに、細長い掻き傷痕がある」
「ちょっと待って、耳雨」
体がゾクッとした。
「俺、ましろの背中好きだ」
そう言ってぼくの右の肩甲骨に額を当てる。熱い額。
「性感帯がたくさんあるみたいだな」
「やだ、耳雨、あっ」
耳雨の左手が腋の下をくぐって、左の胸を、カシミヤのセーターの上からまさぐる。右の手指と唇は容赦なく背中を滑り、攻める。
「背中は硬くて、胸が柔らかくて、何か可愛い」
「何言ってるか、わかんないよ」
吐息交じりになるぼくの声。
「小さな背中」
指は同じルートをぐるぐる愛撫し、唇は背骨の形をなぞってゆっくり下へ降りていく。
「耳雨、どこ行くのよ」
「この下は嫌?」
「イヤ」
ぼくは顔が熱くて気がおかしくなりそうだ。耳雨は、右手もぼくの右胸を探り当て、両手で編み地の上から乳房を揉んだ。
「背中から抱くと、誰にされてるかわからなくて嫌だって言う女もいたけど、ましろは?」
「い、嫌じゃない。耳雨だもん。耳雨の手で、耳雨の声で、耳雨の体の熱だってわかるもん」
と、やっと答えた。
「いい子だ」
耳雨はうなじを執拗に舐め、耳やその舌を舌先で辿り、着ていたスウェットの上を脱ぎ捨てると、すっかり熱くなった胸を、ぼくの背中にぴったり押し当てた。
「ましろ、寒くないか?」
「もう、熱くて暑くて、体が火照る」
セーターが首から抜かれた、ぼくは下の、借り物のランジェリーだけになる。乳首が指で挟まれ、擦られ、爪を立てられる。目を閉じてしまう。頭の中で、光がちかちかする。
耳雨の左手は、ランジェリーの中へ滑り込んでいく。そこはもうとろとろの蜜が溢れているはず。
「熱いね、ましろ」
節くれだった長い指がそこと戯れる。しばらく遊んだ後、左手を自分の口に持っていって舐った。
「これがましろの味だ」
「もう、やめて」
切れ切れで言った口を塞がれた。無理やりぼくの首を捻じらせて、口づける。舌が入ってくる。生ぬるい、生理的食塩水っぽい味が少しする。
「わかる?」
訊かれて、うなずく。これが、ぼくの体の味。
「いい?」
耳雨が下のスウェットに手をかけている様子。
「お願い、耳雨」
やっとそう言うと、彼はスウェットのズボンと下着を一度に脱ぎ、ベッドサイドの引き出しから小さな包みを出し、素早く身に着けて、ぼくを後ろから両手できちんど抱きかかえ直し、熱いそれをゆっくり入れていく。
「ああ…」
「この角度だと、ここまでかな。どう?」
「うれしい」
「可愛いこと言う」
肩に軽くキスして、身体を動かし始める。
「はあ…」
「ましろ、ましろ、」
「耳雨、もっと…もっと、」
ぼくは何故だか自分の指を咬んでいた。もうどうかしている。
「ましろ、小っちゃいのな、ホントに。こうしていても、俺の腕の中に収まってしまう」
耳雨が改めてぼくの体をぎゅうっと抱きしめる。息が止まる。その時、ぼくは、そのまま、気を、失った。
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