2.

 様々な可能性が瞬時に頭を駆け巡る。

 俺に小さな妹や姪はいない。いや、親戚一族郎党は把握できないほどいるのでその中の誰かのガキかもしれないが顔も見たことがない。

 さらに家には別段盗られるものもないし、後ろ暗い奴らは俺の家なんかに入れば知っているから、わざわざ俺の部屋を狙うとは考えにくい。

 物取り目的ならむしろ隣家に忍び寄ることだろう。

 隠し子……、なら一体どの女の……。ていうかこの状況!部屋の中でいい年の男が幼女と二人きりってヤバくないか?誰かに見られたら一発アウト、俺のキャリア終わり……、まで考えた時だった。


「……あの」


 幼女が小さな口を開いた。


「ああ?」


 ついいつもの口調で返答してしまう。


「お巡りさん、だよね?」


「ん?ああ。そうだが……」


「……助けて」


 幼女はそう言った。年相応の泣き出しそうな、哀れっぽい声ではなく。

 あくまで弱ってはいるが、無感動無感情な平坦へいたんな声で彼女はそう言ったのだ。

 よくある物語のよくあるセリフのような、次の言葉を。


「私、追われているの」



「とりあえず、なんか作ってやるから食っていけや」


 警察行け、と言おうとしたところでグギュルギュルと幼女のお腹が盛大に鳴り、急に夜中のクッキングタイムと勤しむことになった。

 腕に巻いた時計を見るとちょうど日付が変わりそうな頃合いだ。


「……ありがとう。優しいんだね」


 食わせたらさっさと追い出そうと思っていたので優しさとは違う気がするが。

 俺は無視して調理を続ける。調理とはいっても男の作る飯なんてたかが知れている。

 とりあえず、冷蔵庫に残っていた野菜をフライパンにぶち込んで炒めていた。


「……あれだね。公園にいる鳩とか猫とかにえさあげちゃうタイプ?」


 相変わらず感情を読めない平坦な声だが無口キャラではないらしい。


「さあな。黙らないと、飯やる前に追い出すぞ」


 そう言うと幼女は口をつぐんだ。

 それでいい。以前としてこの幼女が何者なのかは分かっていないし、知らない奴と会話なんて面倒なだけだからだ。

 出来上がった野菜を皿にあけ、電気釜に残っていた飯をよそう。


「ほらよ。食え」


 そう言って机に皿を置くと、毛布を払いのけて幼女は目を丸くしてそれを凝視した。

 汚れて辛うじて元の色が白とわかる布のように薄い服からは、枝のように細い手足が伸びている。

 あ、ヤベ箸出すの忘れたと思ったその時だった。

 よほど腹が減っていたのか、いきなり机に近づいたかと思うと皿に顔を突っ込むように幼女はガツガツと犬のように飯を食い始めた。


「ちょっ、そんないきなり食ったら……」


 慌てて皿から引き離すと幼女の白い顔が青へと変わるのを俺は見た。


「うええ」


 詰まった蛇口が逆流するような音を喉の奥でたてたかと思うと幼女は床に食べたものを撒き散らす。

 言わんこっちゃない。

 こうして俺と幼女の関係は酸っぱい思い出から始まる。

 それを言うなら塩っぱい、だろとまた日本語能力の欠如を指摘されそうだが、実際ちっとも甘酸っぱいなんて綺麗な話ではなかったとだけ言っておこう。

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