ハード・トラック

錦木

1.

「クッソ、あのクソジジィ…」


 俺が自宅であるアパートの一室に帰ってきて吐き出したのは、日本語能力のない罵倒の言葉だった。

 打ち据えられた肩やすねがズキズキ痛む。

 運動は程よいリラックスをもたらしてくれるとかストレス解消とか何とか言うがあれは嘘だ。

 そう俺は決めてかかる。

 玄関に稽古けいこ道具を投げ捨てる。竹の、偽の刃で出来た日本刀の模造品。

 これで真剣と立ち会った。


『逃げ出した癖に何故まだ戻っている』


 落伍者らくごしゃを見る目。家を出た時から変わらない人の話に耳を傾けない傲慢さ。

 そんなものには慣れた筈だったのに、未だに頭にすぐ血が上って腹が立つ。

 殴り飛ばそうとしたところ勢いを返され、気づいたら転ばされていた。

 絶対的な力の差。超えられない境界線。


『だから、お前はいつまで経っても半端者はんぱものなんだ』


「……うるせえよ」


 そのまま汚れるのも構わず玄関に転がり込む。

 苛立ちまぎれに脱ぎ飛ばすと、鉄製のドアに当たって靴がガコンと鈍い音を立てた。

 ワンルームしかないアパート。玄関にいるだけで家の中全部が見渡せる。

 何の変哲もない、帰って寝るだけの物が極端に少ない部屋。

 首をのけぞらせて家の奥を見て、そこで俺はやっと異変に気がついた。

 布団なんて敷かずに寝ている俺が床の上に直に置いた毛布が、何故かもぞもぞと動いているのだ。

 俺は反射的に起き上がり、刀が収まった袋を手に取る。

 殺気は出さない。

 相手が何者か分かるまでは、姿を見せるまではこちらも気配を見せないのが正しい。

 そう実戦で身体に叩き込まれている。

 足音を立てぬまま、数歩でたどり着き毛布を掴む。

 殺し屋かそのような仕事を請け負う便利屋の類だろうが、こんなところに忍び込むとは抜けた奴だ。

 そう思い、いつでも反撃できるように構えながら毛布を一気に取り去った。

 現れたものを目にして、俺は目を丸くする。


「はあっ…?!」


 口から出たのはそんな間抜けな言葉とも感嘆符かんたんふともつかない声だった。

 なぜなら、そこには毛を乱した白髪の幼女……、まだほんの小学生くらいのガキが警戒する猫のように背を丸めて俺を見返していたからである。

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