第1話
青い地球。
それは歴史上の話である。
この地球は、黒ずんでいる。誰かが墨を零したかのように、黒く黒くどこまでも広がっている____
鉛色の空に重そうな雲、風が虚しく吹いている。コンクリートで出来た無機質な建物が並ぶ。窓には格子が嵌められており、辺り一帯を高い塀が囲んでいる。拘束されている訳では無い、これは人類を守るためなのである。連なる建物の一つ、その中のコンクリートが剥き出しのままの部屋。そこには小さなベットと机と椅子があるだけであった。生活感は感じられない。だが、そのベットの中で誰かが寝ている。
朝の六時丁度、目覚まし時計が鳴った。布団の中から手を伸ばし、それを掴むとのっそりと起き上がった。そして時計を見ながら大きな欠伸をする。
「……朝か」
カーテンの隙間から太陽の光が差し込む。カーテンを開ければ光は更に力を増し、眩しさに目を細める。
「おはよう、侑李」
「…ノックくらいしろ」
ごめんごめん、と肩を竦めて笑っていた。彼のブロンドの髪が揺れる。ちっとも思ってないだろ、それ、と目で訴えてみた。彼は笑みを深めると手を振りながら去っていった。彼の名前はアナスタシア、皆にスターシャと呼ばれている。肩のラインで切りそろえられたブロンドの髪は、動く度に揺れている。大きな瞳は青色で、笑う度に猫のように細められる。名前とその容姿、男の割には華奢に見えることからよく間違えられるが、スターシャはれっきとした男である。残念なことに男である。
手に持っていた時計を置き、寝巻きから着替えようとクローゼットを開いた。適当に服を選んだ。壁にかけてある白衣を片手に自室を出る。
「おお、侑李か」
「…松永さん、おはようございます」
今日も眠そうだな、と笑われた。松永直也、前に所属していたチームの上司である。面倒見が良くて、頼りになるいい上司だった。今は別のチームに異動となったので会うことは減ったが、こうして廊下ですれ違えば挨拶を交わし、他愛のない話をする。
「寝癖、直しとけよ」
じゃあな、と松永さんは俺の背中を叩いて歩いていった。良い音が鳴った。割と痛かった。俺もそろそろ行くか。朝食を摂ろうと食堂へと向かい、歩みを進める。曲がり角の先に、見覚えのある髪を見つけた。ブロンドの髪は、彼しかいない。
「待たせた」
「平気、行こうか」
二人並んで廊下を歩く。スターシャとはいつも一緒に食事を摂っている。実は、スターシャとは幼馴染まではいかないが、小さな頃から知り合いであった。スターシャは二十歳、俺は十八歳、年の差はあるが仲は良い。
「明日、任務だっけか?」
「まぁね、侑李は変わらずなのかな?」
「嗚呼、最近は目立つようなことがないから。良い事ではあるけれど、こっち側としては詰まらない」
「そうだよね。でも平和が一番だし」
この世界に平和という言葉は恐ろしい程に似合わない。荒れ果てた地球の片隅、滅亡に怯えながら過ごす日々、平和とは思えない。だが、それは二百年前の基準で、今はこれが平和である。
「今日は目玉焼きかぁ」
「パンかご飯だな」
スターシャはパンを選ぶと思う。俺はご飯。ちなみに目玉焼きには醤油をかける。異論は認めない。
「ソースも美味しいよ」
「認めないよ」
頑固だな、なんてスターシャは笑った。彼はよく笑う。昔はあんまり笑わなかったのに、最近はよく笑う。きっと最近ようやく平和と呼んでも良い状況になったからだろう。
隕石により、地球の八割が滅亡し、人類が絶滅に追い込まれた。辺り一面に広がる未知の有毒物質、緑は枯れて、海は死に、生物は絶命していった。残された人類は知恵を振り絞り、今日という日まで命を繋いできた。それは細く脆い糸であった。
世界の終わりに鍵を掛ける 水鏡 叶 @KYO_mizukagami
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