第3話 お風呂場

「まずはやってみた方がわかりやすい」

そう言って男は笑う。尖った八重歯が覗き、愛嬌のある笑顔だ。高身長の割に気さくで人当たりもよく、威圧感はない。

しかし、しかし、だ。人遣いはかなり荒い。

「未来屋って掃除屋なんですか…?」

「いやー、ホント助かるミドリ君。オレ掃除下手でさ」

「いや、掃除は好きなんでいいですけど…」

あっはっは、と笑う紅玉に、碧はただ箒を動かし、ゴミを取り。自転車で爆走してついた先は、山奥の一軒家。別荘という訳でもない様子の民家には人はおらず、ただゴミだけが大量にあった。部屋を埋め尽くすほどではないものの、とにかくガラクタやホコリが多い。

ここにたどり着くなり紅玉は、ここを片すのがミドリ君の初仕事だ!と宣った。クエスチョンマークを浮かべる碧に構うことなく、紅玉は鍵を取り出しドアを開け、ずんずんと進んでいく。そして沢山のゴミやガラクタとご対面。かれこれ2時間は掃除している。しかしそれでも一向に減らない。

碧の両親は放任主義で息子の所在など基本気にしない能天気なので、一応連絡だけ入れたから問題ないだろう。時刻は既に8時を回っていた。自転車で2時間はかかるこの場所だ、その上山奥ともなれば、もう今日はここに泊まるのだろう。

それなら、なんとしても寝床だけは確保しなければならなかった。まだ片付けは2階にもあるのだ。ぐっと拳を握りしめ、気合を入れた。

さっさっと箒を動かし、ゴミを集めていく。そうしながら、未来屋について考えていた。とはいえ、結局全く分からないのが現状である。「やってみないとわからない、やればわかる」というようなことを言う紅玉だが、今分かるのは、未来屋は掃除も請け負うということくらいである。

部屋をある程度掃き終え、次はお風呂場、とゴミ袋にゴミを入れてから足を向ける。すると、目の前に紅玉がすっと立った。

見上げると、エプロンに三角巾、手袋という完全防備でこちらをにぃと見下ろしていた。

「お風呂場掃除やります」

「いーや、お風呂場はまだミドリ君には早いかな」

「早い…?」

首を振って苦笑するように言う紅玉に、首をかしげた。お風呂なら家で洗うくらいやっている。それとも、彼になにか独特のこだわりでもあるのだろうか。

不思議そうな碧の顔をみて、紅玉はふっと笑った。

「まだ‘早い’。そのうちすることになるだろーさ」

「…はぁ」

手袋を外して碧の頭を撫でてくる彼に、気の抜けたような返事をする。頭を撫でられるなど、何年ぶりだろうか。

ちらり、と彼の後ろにあるお風呂場を見やる。何の変哲もない風呂場の入口だ。もう少し具体的に言うのなら、お風呂場へと続く脱衣所のドアがある。

彼がそこまで言うのなら、今はまだ早いのだろう。

…特別なやり方や、洗剤を使うのだろうか。うーんと唸りながら、碧は部屋のゴミ袋を廊下へと出し始めた。

その姿を、紅玉はただじぃと見つめていた。

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紅玉未来弥の見た夢 沫月 祭 @matsuki_0

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