第2話 自転車爆走

なぜ、俺は、こんなことをしているのだろうか!

「はぁ、はぁ…っ」

肩で息をしながら、ひたすらに足を動かす。じゃこじゃこぎぃぎぃと妙な音を交えながら回転する自転車は、碧にできるあらん限りの速度で夜道を爆走している。

叫びたかった。なぜ、です、か!

「紅玉さーーーん!!」

実際叫ぶと、はるか前方を同じように自転車を繰りつつ進む男から、自分以上の速度で進んでいる割に涼しく明るい声が返ってくる。

「おー?なんだー」

「なんっ、でっ、はぁ、こん、なっこと!」

「ははっ、やっと聞いてくれたな!」

自転車を漕ぎながら大声をあげるなんて馬鹿げている。余計息が切れた。さらに大きく息を吸いつつ、前方の黒髪を睨めつけた。

聞くまもなく走らせたのはあんただろ!

そんなふうに言えるはずもなく、続く言葉を待った。

「理由はな、体力をつけるため、だ!」

見えなくてもわかる。きっと今彼はいい笑顔だ。分かっている。夕方に彼とは出会ったばかりだが、それからいままでの間にさんざん見せつけられたのである。

「…っ!」

思いっきり罵倒しそうになったが、流石に飲み込んだ。相手はあったばかりの人間である、流石に罵倒はいけない。そもそもそんな勇気はない。疲れて少しハイになっているだけだ。黙って自転車を漕いでいると、続いて声が届いた。

「…つっーのもあるが、オレの仕事を知るにはやってみるのが一番なんだよ」

さらに言葉を続けた彼、紅玉未来弥は、少し進んだあとひらりと自転車から降り、その先を指し示した。

「さぁて、初仕事だぜ、ミドリ君」

にぃと笑った彼の口からは、尖り気味の八重歯が覗いていた。


俺が始めたバイト、それは『未来屋』。

前はドア、後ろは鬼(姉)、仕方なしに進んだ俺は、ドアをノックし、空いていたドアから中に入った。姉はそこでお別れらしい、かつこつと高いヒールの音が遠ざかっていく。こんな怪しい場所に追い詰めておいてさっさと逃げるとは、なんとも薄情な姉である。

またドアから逃げればいい?そんな優しい姉ではない。つまりこれは、アルバイトをここで決めないと締める、ということである。怖い。

ふるりと震えながら、廊下を進み、突き当たりの『未来屋』と書かれているドアの前へと行きあたる。いやだ、やはり帰ろうか、いや、死ぬ。姉に殺される。具体的にいえば、お小遣いを根こそぎ使わされる羽目になる。

ここは進むしかない死地なのだ。あんなアルバイトの紙きれ、冗談だと笑われたらどうする?この先に人がいなかったら?おかしな麻薬売買のバイトだったら?様々な不安が頭を駆け巡る。

「……ええい」

ままよ、と言葉にすると同時に、コンコンコン、と3回ノック。同時に「はいよー」と比較的若い男性の声が聞こえた。失礼します、とドアノブをまわし、中に入る。

中は非常に雑然としていた。本、紙、様々な物。ゴミは散らかっていないが、とにかく物が雑多に置いてある。驚いて止まると、中の方からこっちこっち、と呼ぶ声が聞こえてくる。ものを崩さないように慎重に進みながら、本をちらりとみやると心理学、歴史、数学、魔術、宇宙、星座、神話、民俗学、様々な分野の本が多岐に渡り置いてあるのがみえた。そういえば『色んなことに挑戦できる』とか書いてあったな、とふっとチラシを思い出しながら、最奥へとたどり着いた。

そこには椅子に座った、明らかに高身長の顔の良い男が座っていた。長い黒髪に、赤く輝く、まるでルビィのような瞳。そして赤い服に赤いイヤリング。赤と黒、そんな様相の男は、碧をみてにぃと笑う。

「やぁミドリ君、はじめまして」

「……………は?」

さらっと碧の名を呼んだ男は、すらりと立ち上がり、こちらへと手を差し出した。

「ようこそ未来屋へ、オレは君を待ってた」

「………は…?」

は、しか語彙がない。俺に誰か語彙を分けてくれ。何故名前を知っている?硬直した俺に、にぃと笑いながら男は語りかける。

「オレは紅玉 未来弥。よろしくな。っつーわけで、行こうぜ」

「は?」

手を引かれる。碧が入ってきたドアとは違う方へ、連れていかれる。

「えっ、ちょっ、ちょっとまってくださいどこへ!?」

「ツーリング」

「はーー!??」

そして俺は何故か、自転車で爆走していた。

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