紅玉未来弥の見た夢

沫月 祭

第1話 人見知り、アルバイトをする

坂木って、バイトしてんの?そう問われたこと数知れず。その問に曖昧に笑って、まだなんだよね、と答えること、早数年。

「この、人見知りの気持ちを知らない人間め…」

机に両肘を起き、顔を覆い、深いため息をつく。俺だってバイトしたい。稼ぎたい。稼いで好きな漫画好きなだけ買いたい。しかし、それには大きな問題があるのだ。

「なぁにため息ついてんのよネクラ」

「うるさいなぁ〜、姉ちゃんにはわかんねーよ」

「碧、考えるより行動、よ。てわけで、ほら買い物行くよ」

「はー!?」

暗い面持ちでため息を付けば、様々なところが大きい姉が、呆れたような顔をして碧の手首を掴んだ。背も高ければ胸も態度も大きいこの姉は、ついでに言えば力すらかなり強い。休みなんだから外行きたくねーと呟くも、うっさいと一蹴された。俺は荷物持ちになるらしい、これも大体毎週日曜日に繰り返されている。

俺がバイトができない大きな問題、それは引きこもりだから…ではない。人見知りの臆病者だから、だ。家にいたい気持ちが強い、怠けていたい気持ちがあるのも否定はしないが、新しい環境に自ら飛び込む勇気というものが、俺にはとことん枯渇しているのだった。

ずるずると引きずられ、買い物に行き、荷物を持たされ、とぼとぼと歩く。かつかつと高いヒールを鳴らしながら足早に歩く姉にどんどん置いていかれる。早いと物申そうものなら、鍛えろとの一言で封じられる。とことん強い姉である。碧の弱さの原因は、姉が強さをすべてかっさらっていったからなのではないか、と半ば本気で考えるほどだ。

ある程度買い物を終え、歩いている途中、突然姉が足を止めた。漸くおいつけた、と少し息をあげながら姉の横にたどり着くと、姉が近くの壁をびしりと指さした。

「碧、GO」

「は?」

「荷物持ってあげるから」

いや、元々それ姉ちゃんのじゃ。そんな口答えをする間もなく、荷物を奪われた。訳分からないまま目の前の壁を見ると、紙が貼られている。

『アルバイト募集中!色んなことに挑戦できるバイトです。いろんな経験をしたい人、自分を変えたい人、成長したい人。何も出来なくても大丈夫!鍛えます。』

そんな文字と、時給や、住所電話番号のかかれた張り紙。恐る恐る姉を振り返ると、輝くような笑顔で再び、GOと言われた。

顔が引き攣るのを感じる。もう一度紙を見る。

『×××-××××-×××× もしくは事務所まで 未来屋 紅玉 未来弥』

文字を指でなぞる。

「未来、屋……」

事務所の住所は、ここだ。よく見たらここは壁ではなく、住居のドアである。後ろは逆らえない姉、目の前にはドア。

絶体絶命、である。

にこぉ、と笑うと、ニコッと綺麗な笑顔と共に、親指で目前のドアを指し示された。いってこい、そんな声が聞こえてくるようだった。

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