第四話 ハジメテの夜 3

 アスパラガスのスープと前菜の生ハムサラダが届けられ、あやは恵一朗とたわいのない話をしながら食事を楽しんでいた。

 メインは子羊のローストで目を丸くした。

「こんなおいしいと思ったのははじめてです」

「よかった。あやちゃんが喜んでくれると本当に嬉しいんだ」

 恵一朗も笑顔を浮かべる。穏やかで幸せな時間が二人の間に流れていた。

 小さなバースデーケーキが最後に届けられ、あやは今までで最高の誕生日を過ごした。

 そして食事が終わると、ホテルの部屋へと移動する。

 ついにこの日が来たとあやは思った。部屋に入ってすぐに恵一朗と唇を重ねる。何度か唇を重ねた後で、二人はベッドルームに移動した。そして彼の左手があやの頬を撫でながらまた唇をそっと奪う。そのままベッドにすとんと腰を落としたあやは、ゆっくりと仰向けに倒されていく瞬間、自分の手が宙を彷徨っていた。

(どうしよう? どうしたらいい? 初めては痛いって。ううん、それよりも上手にできなかったらどうしよう? 嫌われちゃう?)

 彼女は不安が膨れ上がり、彼のキスにも上手に応えられない。

「大丈夫。俺に預けていいよ」

「あのっ、でもっ」

「うん、無理だったら言ってくれればいい」

 恵一朗はいつもの優しい笑顔を向け、彼女の額にコツンと額を押し当てる。あやはそっと視線を伏せ、彼の袖を掴んだ。

「大好きですっ! だ、だからっ」

「うん、俺も好きだよ」

「上手にできなくても、嫌いにならないでくださいっ!」

 少し潤んだ瞳の彼女がそう言い、彼は大きく目を見開いた。

「まったく、君は――本当に可愛すぎて困るよ。俺をどこまで惚れさせたら気が済むの?」

 彼女は溺れるまでと言いたかったが、その口は彼のキスによって塞がれた。彼のキスがいつもと違った。優しく彼女の唇に重なるだけではない。顎をそっと引き下げられ、彼女の口を開かせる。するりと彼の舌が滑り込み、彼女の舌が囚われた。彼女は戸惑いながら、彼の舌に絡める。

「んっ、いい子だね。俺のキスを覚えて」

 下唇を吸われ、また互いの舌が絡み合う。それだけで頭の芯が痺れていく。ワンピースの上からそっと胸の膨らみをなぞられ、彼女はビクッと震えた。怖いと思ったのは一瞬だけだった。

「脱がすよ」

 彼の言葉に彼女はギュッと目を閉じた。ワンピースのファスナーが下ろされ、彼女の肩が緊張して強張る。その肩に彼の唇がそっと押し当てられた。

「俺を最初で最後の男にしてくれる?」

 彼の言葉に彼女は驚いて目を見開いた。

「それって――」

「あやは俺の最後の女」

 彼にはじめて呼び捨てにされたあやは、特別な気持ちが沸き上がる。

「本当にいいんですか?」

「うん、俺はあや以外、誰も愛せない」

 ジッと彼を見つめると、彼の瞳に自分が映っている。

「私も」

 吐息を多く含んだ彼女の声は掠れてしまった。彼の唇がもう一度、彼女の唇を奪う。彼女は緊張して心臓が壊れそうな音を立てていた。

 そんな彼女の唇から彼の唇が離れ、首筋をそっと舌で舐められた。

「ひゃんっ……ふふっ、くすぐったいです」

 彼女は少しだけ緊張から解き放たれた。

「くすぐったいのか」

 少し残念そうな恵一朗の声が響いた。彼女の鎖骨に舌を這わせ、それから鎖骨の下に唇を押し当てられた。

 キュッと皮膚が引っ張られる痛みを感じたが、彼女は声を押し殺した。ワンピースをゆっくりと脱がしながら、ブラジャーのホックを外された。

 あやは胸元を両腕で覆ったが、恵一朗がそっと彼女の手を握る。ゆっくりと開かれた胸に彼の顔が埋められ、谷間や膨らみにキュッと痛みを伴うキスを落とされる。そして膨らみを優しく揉みながら、尖った先端を避けるように周りを指と舌でなぞる。

「あぁぁっ……!」

 思わず漏れてしまった甘い嬌声にあや自身が驚いた。

(や、やだっ! 私――)

 恥ずかしいと思った瞬間、彼女は自分の口を手で覆った。

「こら、ダメだよ。君のその可愛い声が聞きたくて焦らしているんだから」

 彼の手が彼女の手をそっと口から引き離し、その唇にキスをした。

「もっと聞かせて。俺しか知らない君の可愛い声を」

 そして彼は彼女の胸に顔を近付けると、舌と指でその先端を愛撫する。ゆっくりと彼の右手が彼女の太腿に触れる。太腿を優しく撫でながら、彼女のショーツを脱がした。

「もっと俺だけを感じて」

 彼の声が響き、彼女はうまく返事ができなかった。

「あっ、あぁっ、ひゃっ……」

「可愛い、ここはどう?」

 彼の指が彼女の蜜を絡めながら、蜜口を撫でる。指で肉襞を掻き分けるようにして彼女の中に入っていく。

「んんっ、あぁぁぁんっ……キモチっ、イイっ……ですっ」

 彼女の言葉に彼は、上部の固い蕾を指で擦る。

「あっ、やんっ、 それっ、あぁぁぁっ、なんか変っ!」

「ん、ゆっくり受け入れてごらん」

 彼はそう言い、花芯を剥き出した。指で強弱を付けられながら擦られ、彼女の中に入った指が動き始める。ビクンっと大きく彼女の腰が波打った。

「うん、ちょっと待ってね」

 彼の言葉にゆっくりと頷いた。彼女の淫口に押し当てられた熱い杭は、ゆっくりと彼女の中に入ってきた。

(うぅ、痛いっ)

 彼女は言葉にならない痛みに襲われた。

「ゆっくり息を吐いて」

 彼の言葉通り、彼女はどうにか息を吐いた。何かが引っ掛かって引き攣ったような痛みがあやを襲う。恵一朗の腰がゆっくりと動き、徐々にその引き攣った痛みが緩和されていった。

 何度もキスをされて、優しく頬を撫でてくれる。彼女が手を伸ばせば、彼の大きな手が包み込んでくれてギュッと握ってくれた。

「いい? もう少し動くよ」

「んっ、はいっ……」

 少しずつ痛みから快感に変わっていき、彼女は初めての感覚を受け入れた。彼がぎゅっと抱きしめてくれて、そのまどろみの中で彼女は呟いた。

「彼女にしてくれてありがとうございます」

 彼女は彼の腕の中で眠ってしまったようだ。

「彼女にして? 違うんだけどなぁ。あや、君は俺の婚約者だって言ったでしょ。これからもっと愛してあげる」

 恵一朗は喉を鳴らしながら笑い、あやの額にキスをした。


 翌朝、目覚めたあやはいつもと違う天井に驚いた。

「おはよう、あや」

「お、おはようございます。藤巻さん」

 お互いの肌が触れ合い、あやはドキッとした。

(昨夜、私――藤巻さんと)

 お互いが繋がった瞬間の痛みは覚えているが、それよりも恵一朗の身体の重みやギュッと握ってくれた手が愛おしい気持ちの方が強い。

「あやは今日、講義があるよな?」

「はい、二限と三限があります」

「シャワー、一緒に浴びる?」

「あ、あの……それはちょっと」

 あやが恥じらうと、恵一朗は少しだけ笑った。

「わかった。じゃ、今夜は一緒にお風呂に入ろう」

「えっ?」

「先にシャワーを浴びてくるよ」

 恵一朗に頭を撫でられ、あやはそっと視線を伏せる。彼がそっとベッドを出ていき、あやはようやく深い息を吐いた。すごくドキドキしていて、今までよりもずっと恵一朗が近くなったような気がする。恵一朗は普段とあまり変わらず、あやは少しだけ気になった。

(やっぱりダメだったのかな。先に寝ちゃったし……)

 痛いって何度も言ってしまったような気がする。それが良くなかったのかもしれない。いや、そもそも身体の相性というものが気になる。

(どうしたらいいんだろう? シャワー、一緒に行けばよかったのかなぁ? でもそれはまだ恥ずかしいし)

 夜、一緒に風呂に入るのも勇気がいる。途方に暮れているあやはなかなかベッドから出られない。

「あや、やっぱり身体が辛い?」

 バスタオルを腰に巻いた状態で恵一朗があやの顔を覗き込む。

「ち、違います。大丈夫――ひゃぁぁっ!」

 思わず、声をあげてしまったのは、恵一朗が持ってきたバスタオルであやの身体を覆って抱き上げたからだ。

「あのっ、藤巻さん。私、重いので」

「重くはないよ。バスタブにお湯を溜めておいたから、ゆっくりと入っておいで。もしそれでも身体が辛いようなら、学校は休んでいいよ」

「だ、大丈夫です。あの、藤巻さん」

「んー、ねぇ、あや。俺の名前は知っているよね?」

「け、恵一朗さん」

「うん、名前で呼んで。恵一朗だと長いかな?」

「そ、そんなことはないです」

 あやが戸惑うと、恵一朗が笑みを浮かべる。

「ちゃんと温まっておいで」

 バスルームであやをそっと下ろしてくれると、彼はすぐにその場を離れた。

 あやはすぐにシャワーを浴び、バスタブに身を沈める。そしてバスローブを羽織ってリビングへと出てきた。

「着替えを済ませたら、まずは朝食を食べに行こうか」

 恵一朗がいつも通りであやは不安が募った。

「あのっ、恵一朗さん」

「ん? どうしたの?」

「昨日、私、失敗しちゃったんですか?」

「なんで?」

「私ばっかりドキドキして、キスしたくなったり、もっと触れてほしくなったりするのに恵一朗さんはいつもと変わらなくて――私じゃダメだったんですか?」

 あやは拳をギュッと握った。言葉にするたびにせつなくて涙が出そうになる。

「ごめん――あやが不安になっているなんて思わなかった。ちょっと距離を取ったのは別の理由があるんだよ。あやを見るだけで、その――昨夜みたいに抱きたくなるから」

「えっ?」

「君の寝顔にすらそういう気持ちを抱えていたから、罪悪感っていうか――いい大人が情けないだろ」

「本当に?」

「うん、今もそのバスローブの紐を解きたいくらいだ」

 あやはホッとしてしゃがみ込んだ。

「嫌われたんじゃなくてよかったです」

「ありえないから! 俺があやを嫌うなんて、ありえない。もっと俺に愛されているって自信を持って」

 恵一朗にギュッと抱きしめられたあやは、そっと彼の唇に指を滑らせる。

「キスだけだから」

 恵一朗はそう宣言して、あやの唇を奪ってくれた。

 着替えを済ませ、二人はホテルを出てきた。お互いの手を繋ぎ、カフェでモーニングを頼む。恵一朗が大学の傍まであやを送ってくれた。

「三限目が終わる頃、迎えに来るから」

「恵一朗さんはお休みですよね?」

「仕事は休みだよ。じゃ、後で」

 意味深な笑みを浮かべた恵一朗を見送り、あやは大学の中へと入っていった。

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