第三話 ハジメテの嫉妬 2
恵一朗と歩いていると、あやは女性が彼を振り返ることに気付いた。
(二度見したくなるような人だもん)
あやの地元には恵一朗のような洗練された都会の男性はほぼいない。だから目立つのかと思っていたが、東京の大きな町でも彼の容姿は人の目を惹くものだと気付いた。周りを見ても恵一朗のようにアイドル系の男性は少ない。いろいろな種類のカッコイイはあると思うが、あやは恵一朗が一番素敵だと思ってしまう。
「すごいですね。藤巻さん」
「んー? 何がすごい?」
「藤巻さんが素敵だから、みんな振り返りますね」
「そんなことはないよ。あやちゃんが可愛いから男どもの目がウザい」
恵一朗らしくない言葉遣いにあやは驚いた。
「あ、ごめん。あやちゃん、歩きにくいね」
「いえ、あの――ごめんなさい。どうやって人を避けていいかわからなくて」
「あやちゃんのせいじゃないよ。俺がちゃんとエスコートしないとね」
「藤巻さんでも言葉遣いが悪くなる時があるんですね」
「普通だよ」
彼は笑いながら、あやの手を引っ張った。人通りの多い通りを上手に歩けず、すれ違うたびに誰かにぶつかりそうになるあやを気遣ってくれる。恵一朗の手が離れ、今度は肩を抱かれる。
「歩きにくかったら言って。ラーメン屋さんはあの角を曲がった先だから」
「はい」
あやは恵一朗に守られているような気分で歩いていた。
ラーメン屋に入ってあやは驚いた。カウンターしかない店だが、カウンターには仕切りがある。
恵一朗と入っていくと、二人分のスペースで仕切られた。
「藤巻さん、東京のお店ってこんなにおしゃれなんですか?」
「女性が一人でも入りやすいように工夫されているだけだよ」
「女性が一人でラーメン屋さんって入りにくいんですか?」
あやの質問に恵一朗は頷いた。
「そうだね。あやちゃんの地元みたいに地域密着っていうわけじゃないからね。家族のように接してくれるお店が多いでしょ」
「はい」
あやは家族で行きつけのラーメン屋がある。店主も女将も家族のように親しくしてくれて、世間話は当然だった。しかしこの店では注文を聞いて威勢のいい声を響かせる店員はいるが、客と世間話をしているような人はいない。
客も食べ終わるとすぐに席を立って、店を出て行ってしまう。
「さて、おススメはこれなんだけど、あやちゃんはラーメンの味にこだわりがある?」
「大丈夫です。藤巻さんのおススメにします」
あやはそう言い、恵一朗が注文してくれるのを見ていた。
(レディースサイズってなんだろ?)
あやはそう思ったが、届けられたラーメンを見てすぐに理解した。恵一朗はレギュラーサイズらしい。それよりも少し小ぶりな器に入ってきたのがレディースサイズだ。
「塩とんこつラーメン、はじめて食べました!」
店を出てあやはそう言った。
「どうだった?」
「すごく美味しくて、ハマっちゃいそうです」
「よかった。とんこつラーメンは好きな人と嫌いな人に別れるから。さて、どこか行きたいところあるかな?」
「えっと、そろそろバイトを決めないといけないんですけど」
「うん、俺に相談してくれればいいよ。どんな仕事がしてみたい?」
「その――飲食系がいいなって思っていて」
あやは悩んでいた。地元のアンテナショップ的な店が恵一朗と木元ファームで出店している。そこを手伝いたいとは思うが、おしゃれなカフェの可愛い制服にも惹かれる。
「レストランがいい?」
「あの、カフェで働いてみたくて」
思い切ってあやは言葉にした。
「そっか、わかった」
恵一朗はそう言ってにっこりと微笑んだ。
「あやちゃんが自分のやりたいことを話してくれるとすごく嬉しい。今日はあやちゃんの好きなことがわかる一日だね」
あやは目を丸くしたが、この日はそのまま家に戻ることになった。
「ごめん、どうしても確認したいことがあって」
恵一朗の携帯が鳴り、家のパソコンで確認することができたらしい。
家に戻ったあやは冷蔵庫の中を見ていた。夕飯のメニューを考えながら、時計を見た。家に戻ってきてからすでに二時間が経っている。恵一朗は書斎に入ったまま、一度も出てこない。
仕事の邪魔をしたくなくて、あやは声を掛けられずにいた。
「ごめん、あやちゃん。せっかくのデートだったのに」
「藤巻さん、お仕事は大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。コーヒーを淹れようか」
「私がやります」
あやはすぐにコーヒーメーカーを準備した。
おそろいのマグカップにコーヒーを注ぎ、自分のカップには砂糖とミルクを入れる。ブラックコーヒーを恵一朗に渡すと、ダイニングテーブルに向かい合って座った。
「来週の金曜日なんだけど、あやちゃんは学校が十六時に終わるよね?」
「はい」
「学校が終わる頃、学校の近くにさっき紹介した友坂が迎えに行く。彼と一緒に来てもらいたいところがあるんだけど」
「はい、何も予定はないですし」
「よかった」
恵一朗が笑ってくれると、あやも嬉しくなる。二人きりの貴重な時間に水を差すかのように、あやの携帯が鳴った。
「最近、彼女からの電話が頻繁だね」
恵一朗に言われ、あやは苦笑を浮かべる。
「藤巻さんと三人で食事に行きたいって」
「じゃ、今夜にしようか」
恵一朗の提案にあやは素直に頷けなかった。それでも鈴音からの用件はいつもと変わらず、ランチを一緒に過ごそうとか三人で食事に行かないかのどちらかだ。
鈴音から食事を誘われ、あやは恵一朗と一緒に迎えに行くと伝えた。
「あやちゃん、一つだけ約束してくれないかな」
「なんですか?」
恵一朗の車に乗り、あやは彼の横顔を見ていた。
「ランチは彼女と過ごしていいよ。ただ十文字さんと出かけるときは、俺に連絡を入れて欲しい。そして夕飯を誘われた時は、俺がいる時以外は断ってくれる? 俺を理由にしていいから」
あやは驚いた。
「ごめん、監視されているようで嫌だよな。俺、今までは気付かなかったけど、本当に好きな子には束縛しちゃうっぽい。嫌だったら言って、直すから」
「私も藤巻さんが何をしているのかすごく気になります」
「女性と二人きりでいたとしても、君に見られても困るようなことはないよ。取引先や商談相手だからね」
「でも」
「綺麗な人相手にとか、思っているよね。俺にとって愛しい人はあやちゃんなのになぁ」
その言葉にあやは頬が熱くなった。
鈴音と待ち合わせた場所に到着すると、あやは彼女の服装に驚いた。
(私と似ているような気がする。色も似ているし)
淡い水色のアンサンブルニットと濃紺のフレアスカート姿のあやは、自分と同じような格好の鈴音を見て疑問を抱いた。
(鈴音ちゃんって清楚なワンピース系が多かったはずなのに)
今までの服の趣味とは違い、なんだかモヤモヤする。
「十文字さんもそういう服装をするんだね」
恵一朗がさりげなく質問し、鈴音は頷いた。
「この前、あやが着ていたのを見て可愛いなって思ったんです。実家だとラフな格好はあまりいい顔をされないので」
市長の父親と市議会議員の兄を持つ鈴音ならではの悩みなのかもしれない。それでもあやは素直に頷けなかった。
鈴音を車の後部席に乗せ、恵一朗が車を走らせる。ホテルのパーキングに車を停めると、恵一朗があやの手を取った。
「足元が暗いから気を付けて」
鈴音にも同じように声を掛け、あやはその紳士的な態度の恵一朗が嫌だった。
ホテルの中でも少しカジュアルなレストランに案内された。
「ここなら、少し賑やかに話しても大丈夫だから」
恵一朗がそう言い、あやは小さく頷いた。
「あやはサークルに入った?」
「ううん、まだ入っていない。すごくいっぱいあってよくわからなくて。藤巻さんはサークル入っていました?」
あやの質問に恵一朗が小さく頷いた。
「うん、俺はビリヤード同好会。ビリヤードとかダーツとか、よくわからないけど温泉卓球とかを極める感じかな」
「すごいですね」
「でも、あやちゃんがこのサークルに入るのは反対するよ。ビリヤードとかダーツとか夜の繁華街を一人で歩かせたくないから。それに男もいるのに温泉なんか行かせない」
恵一朗がそう言い切り、あやは彼の束縛に愛を感じていた。
「それもあやの家族に頼まれているんですか? あやの家族は過保護だから」
鈴音の言葉にあやは何も答えたくなかった。
「ね、鈴音ちゃんは決まったの? サークル」
「ううん、決まっていなくて。あやの大学の方がサークル活動が活発だと聞いたの。それにあやと一緒に入れたらいいなって」
「バイトが決まってからかな」
生ハムとモッツァレラチーズの前菜が届けられ、あやは三人分を取り分けようとした。恵一朗がそっとあやを制し、ウエイターがやってくれるのだとあやは気付かされた。
「明日の授業を受けてから考えればいいんじゃない? 一通り講義がどういうものか知ったほうがいいし」
恵一朗がそう言い、あやは素直に頷いた。
「履修科目って選択したら絶対に取れるってこともなくて、結局定員オーバーで何個か別の授業に振り替えたんだけど」
「うんうん、必修科目なのに定員で切られたのがあるよ」
あやは鈴音に同調しながら、前菜を味わっていた。
「卒業までに取れれば問題ないから、焦らないほうがいいよ」
恵一朗のアドバイスが鈴音に向けられているように感じた。そのことにあやはまたモヤモヤしていた。
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