第一話 ハジメテの恋 3

 離陸した飛行機が着陸するまでの時間はわずかだ。空港には恵一朗の車が停めてあるらしく、荷物を受け取ったあやと鈴音は恵一朗の車に乗せてもらう。

「あやちゃんはこっちに座って」

 あやは車の助手席に案内され、少しだけホッとした。

「ねぇ、あやの家はどこなの?」

 後部席に座った鈴音に言われ、あやは答えに困った。

「藤巻さんに部屋を決めてもらったの」

 あやはそう告げると、鈴音は納得したように言葉を続ける。

「そうね、藤巻社長は不動産開発もされているんですよね。その開発で建てたマンションの一つですか?」

「まぁ、そうだね」

「私も藤巻社長に相談したかったわ。あやも教えてくれればいいのに」

 鈴音の言葉にあやは特に返事をしなかった。

 恵一朗の運転でまず鈴音の家に向かっていた。

「お昼ご飯、まだだったよね。食べに行こうか」

 恵一朗の提案に鈴音が先に頷き、あやは少しだけつまらなかった。

(今日から二人で暮らせるのに、藤巻さんは早く二人きりになりたいって思わないのかな)

 昨夜から恵一朗と二人きり生活を思い描き、あやは眠れなかった。

 恵一朗が連れてきてくれたレストランに、あやは少しだけ驚いた。

「あやちゃんは気付いたようだね」

「えぇ、木元ファームのレストランに似ているというか」

「ここは一年前にオープンしたレストランで、木元ファームのレストランとメニューが同じ」

「それって」

 あやの言葉に恵一朗がウインクをして見せる。

「それは中に入ってからのお楽しみ。十文字さんも一緒にどうぞ」

 鈴音を先に中に入れてから、恵一朗はあやのことを通した。

 奥の席に案内され、あやは鈴音と並んで座った。メニューを見た瞬間、あやは驚いた。

「メニューが同じ?」

「うん、食材も同じだし、メニューも同じ。あやちゃんは何にする?」

「本日のおすすめでパスタを」

 あやはそう言いながら、さすがにおすすめメニューは違うだろうと思っていた。

「十文字さんはどうする?」

 鈴音もあやと同じメニューを頼み、恵一朗は煮込みハンバーグのセットを頼んでいた。

「入学式はいつ?」

 恵一朗があやと鈴音に質問し、二人は五日だと答えた。

「五日ね。二人ともご両親は出席されるのかな?」

「私は両親が来てくれるはずです」

 鈴音が答えた後であやも答えた。

「私の方は母と兄が一人、出席してくれます。母の案内は兄が」

「あやちゃんのお兄さんって、大地さんだよね?」

「えぇ、東京に詳しいのは大地お兄ちゃんなので」

「俺もあやちゃんの入学式に行けたら行きたいけど、無理だったら昼に合流しないか? 大地さんとも話したいことがあるから」

「連絡しておきますね」

 あやはそう言いながら、恵一朗をちらりと見た。

(藤巻さん、ずっと私を見ているの?)

 彼の視線があやに注がれ、あやはドキッとした。

「あやの家に遊びに行きたい」

「えっ?」

 鈴音の言葉にあやは戸惑った。

「だってまだ友人がいないのよ。入学まであと数日あるし、入学してすぐに友人ができるとは言えないし。食事に行ったり、お互いの部屋を行き来したり――ダメかな?」

 鈴音に言われ、あやは言葉に困った。

「あやちゃんはとりあえずバイトを決めないといけないんだよね」

「でも履修が決まらないと」

「うん、ここのお店のスタッフとしてどう?」

「えっ?」

 あやは驚いたが恵一朗は笑っているだけだ。食事が届き、あやはその味にまた驚いた。

「驚いた? オーナーさん秘伝のレシピ、伝授してもらったんだよ。故郷の味が恋しくなったら、いつでも連れてきてあげようと思ったんだけど。ここでアルバイトしたら?」

「でも」

「うん、ほかにやりたいことがあるなら相談して」

 恵一朗に言われ、あやは頷くだけだ。

「あの、藤巻さん。私もアルバイトをしてみたくて」

「うん、何がしたいの? 十文字さん」

 食事をしながら、今度は鈴音の相談に乗っていた。

「カフェがいいかなぁって」

「飲食店だとその爪はダメだけど、いいの?」

 綺麗にネイルケアされている鈴音の爪を見つめ、恵一朗がそう言った。

「そうなんですね。何ができるか考えてみます。また相談してもいいですか?」

 鈴音の言葉に恵一朗は少し笑っただけだ。

 食事を終わらせると、恵一朗が鈴音の家に真っすぐに向かった。

「立派なマンションだね、鈴音ちゃん」

「そうでもないと思う」

 恵一朗が鈴音の荷物を下ろし、鈴音が頭を下げる。

「あや、また連絡するね」

 あやはまたねと手を振ってすぐに恵一朗の車に乗り込んだ。

「さて帰ろうか」

「帰る……?」

「うん、今日からあやちゃんの家だよ」

 その言葉にあやは小さく頷いた。

(やっと藤巻さんと二人きり)

 車の中で二人きりなのに、何を話せばいいのかわからない。

「鈴音ちゃんのマンション、藤巻さんの知っているところですか?」

「ん、知っているよ。うちのライバル社の物件だから」

 その言葉にあやはどう答えていいかわからない。

「あやちゃんが言うとおり、彼女のマンションは立派だよ。部屋の数にも寄るけど、大学生の女性一人が住む部屋とは思えない贅沢さだね」

「そうなんですね」

「あんな立派なマンションを見た後だから、俺の選んだマンションを気に入ってくれるかどうかわからないけど」

 鈴音の家から三十分もしないうちに、恵一朗の車が地下の駐車場に吸い込まれるように入った。

「外観、見たいよね?」

「はい」

 こっちにおいでと車を降りてから恵一朗と手を繋いだ。エレベーターで一階に下り、二人は一度、外に出た。

「あやちゃん、マンションを出て左側にコンビニがあるから。ついでに飲み物を買って行こうか。ほかに欲しいものはある?」

 恵一朗とコンビニで買い物をし、あやはマンションの外観を眺めた。

(高層マンションだ)

 こんな高い建物、見たことがないと言いそうになって慌てて口を噤んだ。

(東京ってすごいなぁ。こんなマンションがいっぱいあるんだもん)

「あやちゃん、似たようなマンションがあるから迷わないようにね」

「はい」

 はじめてのオートロックにあやはドキドキしながら、恵一朗に教わっていた。

「えっ? 最上階ですか?」

「うん」

 あやはエレベーターに乗って驚いた。最上階というのは家賃も最高額だと聞いたことがある。

「あの、藤巻さん」

「着いたよ、こっち」

 エレベーターを降りて右側の角部屋に案内される。ゆっくりと開けられたドアに、あやはドキドキしていた。

「今日から俺とあやちゃんの部屋」

 あやは白い大理石の玄関に靴を置いた。

「おそろいのスリッパを買ってみたんだけど、どう?」

「可愛いです。藤巻さんって」

「うん、あやちゃんと同棲するのがすごく楽しみで、いろいろ揃えちゃったんだよね。気に入らないものがあったら言ってね」

 あやは首を横に振った。恵一朗があやの手を取り、リビングに案内してくれた。

「うわ、広い」

「角部屋で窓が多いからそう感じるんだよ。あやちゃんが疲れていないなら、これからソファと君の部屋の物を用意しようと思うんだけど」

「ソファですか?」

「リビングで居心地の良いソファに二人で座ってイチャイチャしたい」

「藤巻さんって、そういうこと言うんですか?」

「言うよ。俺も男だからねぇ」

「そうじゃなくて」

 あやは言葉が詰まった。

「紳士的に見えていた?」

「はい――」

 観念したようにあやは頷いた。

「君に嫌われたくないからね。あやちゃんの前ではかなり恰好つけているよ。それに君のご両親や家族の前でもね」

「無理しているんですか?」

「無理とは違うかな。君の彼氏として相応しいと思ってもらえるように努力しているだけ。でも今は限界かな」

 あやを引き寄せて、恵一朗がギュッと抱きしめてくれる。

「藤巻さん、あったかい」

「あ、少し寒いよね。東京はもっと暖かいと思っていた?」

「違うんです。部屋の中が寒くてびっくりしただけで」

 あぁそうかと恵一朗が頷いた。

「夏は暑すぎてびっくりすると思う」

「そうなんですか?」

 あやは恵一朗の胸に顔を埋めて、彼の鼓動を聞いていた。こんなに密着するのもはじめてであやはドキドキが止まらなかった。

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