第16話 雲上の魔術師たち――Xの孫娘
時は少しさかのぼり。
「ちょっと様子見てくる!」
突然の騒音に目を覚ましたシータは、そう叫びながら後ろに駆けていく彼女を見て、何かが起きたことを悟った。
「ねむ……」
抗いきれない眠気に頭を支配されながら、しかしそこは魔術師としての責任感があった。自らもそちらに向かおうと足を向ける。
しかし、そこで思い直す。
「でも、こういう時に一番狙われるのは……」
立ち止まり、体を回れ右。
「操縦室、って相場は決まってる、よね」
先頭の操縦室に歩き出す。
こういう冷静なところが、彼女が今回マリーの監視役として遣わされた理由の一つであり、魔術師としての強みの一つであった。
シータは、内気な少女だ。
今のシータを初めて見た人に、こんなことを言っても、決して信じてもらえないかもしれない。
けれど、それは厳然たる事実だし、実際、昔は誰に聞いてもそう答えただろう。
そんな彼女の心を開いたのが、マリーだった。
初めて会った時の二人は、決していい雰囲気とは言えなかった。むしろ、悪かった。
それは、押し黙るシータに対してのマリーの第一声が「黙ってないで何かしゃべりなさいよ。この無口」だったことから推し量れるというものだろう。
けれど、二人は不思議と仲良くなった。
最初はそのつっけんどんな態度を快く思っていなかったシータも、マリーが思ったことをすぐに口に出してしまうだけで、決して悪意を持って接しているわけではないとわかると、自然とどこか危なっかしい彼女を放っておけなくなっていた。
そして、今も。
勇んで飛び出していった彼女が、窮地に陥った時。そんな時に、彼女を助けてあげられるのは――
「……私、なんだから」
だから、彼女は、前へと走る。胸の微かな焦燥感に駆られて。
「ここが、操縦室――」
狭い通路の先に、重苦しい扉が見える。
今見たところ、周辺に異常はない。
「思い過ごし、だったか、な」
そう漏らし、おとなしく戻ろうと振り返ろうとした、矢先。
「失礼」
ヒュッという風切り音が、耳元に飛来して。
バチィ!
火花が、散った。
「ん?」
「なっ」
その突然の出来事に動揺したのは、しかし襲撃を仕掛けられたシータではなく、仕掛けた本人だった。
「……なにか、御用です?」
シータは、突然の来訪者の襲撃を、どういう手段を用いたのか、左腕一本でサラリと防いでいた。そして、その腕を持ち上げながら、ゆっくりと。ゆっくりと、シータが相手に向かって向き直る。それは、この緊急事態にあって、いつも以上に悠然と見てとれた。
「ええ、そうです。……いえ、正確にはこの先に用があるのですが、通してくれと言われて、通してくれるということは……?」
「ない、かなー」
「……そうですか。そういうことなら」
相手は、襲撃が失敗したことに驚きはしたようだが、努めて冷静に、それに応対する。
「ここから先、このクレタ・クレストリングが、推し通させていただきます」
「そう言われて……」
スッと目を細める。相手の手に光る、先ほどシータの首筋を襲ったであろうバタフライナイフを見据える。
「通すわけにはいかない、かな」
改めて見る相手――クレタと名乗っていた――は、年端もいかない少女だった。マリーと同い年ぐらいだろうか。もしかしたらもう少し小さいかもしれない。小振りなバタフライナイフとのバランスがちょうどいいぐらいだ。しかしながら、いやいやどうして、その瞳に宿る眼光は、とてもマリーより小さいと思える子供のそれではなかった。もしかしたら、見た目以上の年齢なのかもしれない。
肩筋でざっくりと切られた色素の濃い黒髪に浅黒く細身の肌と体つきはイヌビアを含むイストヘリシア地域に典型的なそれで、身体能力の潜在的な高さをうかがわせる。
けれど、そんなことよりも……。
「でも、いけないんだー。飛行機にそんな物騒なもの持ちこんじゃうなんて」
油断なく相手を観察しつつも、シータは目線を相手の右手のバタフライナイフに向ける。
「……いいえ、持ち込んでは、いません。現代の金属探知機は優秀です」
その発言に、眉をしかめるシータ。
「じゃあ……」
「そこから先は想像に……お任せしますッ!」
言い終わった刹那。
まるでバネ仕掛けの人形のような勢いでこちらに迫ってくるクレタ。
狭い機内ゆえ、その速さはより一層厄介で、目を見張る。
……しかし、彼女は相手を見誤っていた。
相手が、かの
「シータ・クロスト・マジックキャスト」
静寂。
周囲の機械音も、バタフライナイフが空を裂く風切り音も、あまつさえ鋼の機体が空を飛ぶ騒音すらも消え去ったかのような、そんな静寂を――そして、そこに朗々と響く澄んだ声を、クレタは感じた。
「我が手に宿れ。敵を貫け。何よりも疾く速くあれ」
その右手は、神の太刀だった。
細く、劉備で、であるからこそ最強の
シータの右手と握った
「
チッ!
目にもとまらぬ早さで雷光が迸る。そして、その一撃が、的確にクレタのサバイバルナイフを弾く。
「ツッ!」
思わず右手を抑えるクレタ。
「そういえば」
立ち止まった彼女を見て、服に着いた埃をパンパンと払いながら、シータが告げる。
「まだ、私からはちゃんと名乗っていませんでした、ね。」
自らのその名前を。
「
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