第二節 雲上の魔術師たち
第15話 雲上の魔術師たち――戦闘開始
体がガクッと大きく揺さぶられる。とても自然の風の影響とは思えないような、大きな振れ。
「な、何!?」
そして、機内の後方から、ダン! と、大きな音が一つ、二つ、時間をおいて、最後に一つ。
なんだ……? と訝しむ余裕すら、許されたのはコンマ数秒。
次の瞬間。
ビュッ! とまるで台風の中に放り込まれたかのような風が、辺りに巻き起こる。
座席にあった乗客の本やコップ、果ては自らの体までもが巻き上げられ、音の鳴った後方に向かって吹き飛ばされそうになる。
「ッッ!」
危うく、体勢を整え、突然の事態に目を白黒させる寝起きのシータに一言告げ、座席から飛び出す。
「ちょっと様子見てくる!」
乗客が皆何事かと通路に顔を覗かせるのを尻目に、後方に向かって駆けていくと、そこには、
「なっ」
空が覗いていた《・・・・・・・・》。
飛行機の窓から景色が見えるとか、そんなレベルの話じゃない。
青い大空。広がる雲海。
信じられないぐらい大きな大穴が、機体に空けられていた。
「……あら?」
そして、その空間の前に立つ、一人の人物。
「……まさか、そっちから出向いてきてくれるなんてね。探す手間が省けて、嬉しいわ」
立っていられないような風がビョウビョウと吹き付ける中にあってその姿は優美だった。
カーレーサーが着るようなピチッとしたスーツの上から、はっきりとわかる豊満な胸に風に、綺麗な腰まで届くほど長く、風にたなびく
「……一応、名前だけ言っておこうかしら。あたしの名前はアンリよ。……別に覚えてもらわなくてもいいわ。なぜならあなたにはこれから――」
彼女が、その右手をこちらに向ける。
何を言っているのか、何をしようとしているのか。
そんなことは、何もわからなかった。
けれど、本能が告げていた。
―― ヤ バ い
考えるより早く、気付いたときには、手近なシートに隠れていた。
「死んでもらうから」
ドンッ! という、まるで銃弾でも打ち出すような音と共に、隠れたシートが羽毛を吐き出す。
「ちょっ!」
剣呑極まりない、突如巻き起こった出来事。それを見て、我に返ったかのように辺りにいた乗客たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「一般人を巻き込もうだなんて、あなたそれでも魔術師なの!?」
思わず叫ぶ。
「無論」
左から、声。
「いつの間にっ!」
一瞬前には正面にいたというのに!
「私は、魔術師よ!」
またしても、ドンッという重い音を伴い、何かが飛来する。
(間に合わない……っ!)
ボンッ!
衝撃音と、煙。
――直撃だ。
「はっはぁ! ざまあない!」
「……そうかしら?」
「なっ!?」
煙が晴れる。
そこには、床に手をつき、右手を前に出したマリーの姿があった。
「……おあいにく様。風魔術遣いを、なめないで欲しいわね……っ!」
「へー……。
豊満な胸を持ち上げるように腕を組み、こちらを見下ろす闖入者。
「それで? 目的はなに? ……それに、どうやってこんな……」
「目的……だって? それはもちろん……」
ニンマリと笑って、舌なめずりする様は、この異常事態にあっても、なお異常で。
マリーは背筋が凍ったような錯覚を覚えた。
「あんたを、殺すためさ。マリー・L・フレッツェ……ッッ!」
「……っっ!」
明確な、殺意を前に、足がすくむ。
「……あとはまぁ、あんたに教えてやる義理はないが、ここに来るなんて、簡単なことさ。……魔術を使えばね」
そんなことは、些細なことだとでも言うように両肩をすくませる。
「それでぇ? その程度で怖気づいてくれちゃったなら、あたしのために、今すぐここで殺されてくれてもいいかしら? 子ネコちゃあん!」
けれど、この異常を前にしても。
マリーという少女の心は、折れてなどいなかった。
だから、自らを奮い立たせるために、声を出す。
「私を、殺すって……? ……お生憎様! 私にはまだまだ、生きる目的ってやつがあるのよ! おばさん!」
「お、おば……」
その言葉にアンリはまなじりに血管を浮き上がらせ、吐き捨てた。
「……私がねえ、この世で嫌いな単語を2つ教えてあげようか? 一つは、ヒーロー。……そしてもう一つが――」
言いながら、右手を大きく引く。
ヒュン
空耳だろうか。
なにか、空気が動くような、そんな音が――
「おばさんだよ」
その一声と共に、背後の空気がうねる。
気のせいなんかじゃない。
……これは言うならば、見えない鞭だ。
特撮映画も顔負けの大音響で飛行機の座席を破壊しながら、鞭が迫る。
「ッ! これだから! おばさんは!」
がれきの山と化した機内を、飛び、転がり、何とか鞭を避ける。
苦し紛れに反撃するが、相手も魔術師。しかも戦闘目的で突っ込んできたのだ。準備も万全なのだろう。即席で編んだ魔術など、意に介す様子もない。
「ホラほらホラほら! 威勢がいいのは口だけかい!?」
そんなことは言われなくともマリーにもわかっていた。
「くっ……!」
何とかしなくてはならない。
でも、一体どうすれば……。
マリーも軽い戦闘訓練ならしたことがあった。今のご時世、自分の身ぐらいは自分で守れないといけない。
しかし、こんな生身で雲上の飛行機を襲撃し、破壊の限りを尽くすような常軌を逸した、しかも、魔術師が相手というその事実が、マリーを困惑させ、冷静な判断を奪っていた。
その時。
ドッと地響きのような音と共に、機体が大きく沈み込む。
「今度は何ッ!?」
「……よーし準備が出来たみたいだねえ!」
そう言っている間にも期待の揺れは収まるどころか増していく。
「どういうこと!?」
「ん? ……なーに、ちょいとこの船には墜落してもらうっていう、ただそれだけのことさ! ガキにはお似合いの末路だろう? ……ねえ?」
「墜落って……」
この飛行機に乗っているのは何もマリーたち魔術師だけではない。一般人の乗客も多い。もちろん乗務員も何人もいる。
「……あんた、本気で言ってるの?」
その質問が無意味であることなど分かっていた。正気じゃないことなんてさっき確認してわかっていた。でも、疑わずにはいられなかった。彼女たちの正気を。
マリーの言葉を上書きするように揺れる機体に体をふらつかせることもなく侵入者は吟ずる。
「原因不明の事故で飛行機は墜落! 生存者はなし! たまたま同乗した魔術師も……運悪く死亡!」
そこでマリーを見つめ、ニッと笑う。
「悪くない筋書きだろーう?」
「……いーえ、最悪よ……」
揺れる地面にふらつく足でかろうじて立ち上がりながら、キッと相手をにらみ返す。
「私、三文芝居は大ッ嫌いなの!」
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