第14話 離陸ーー新たな想いを胸に

 あてもなく、車窓を眺めていた。

 そう言えば、昨日の今頃も、こんなことをしていたかもしれない。


「この街も、お別れか……」


 暑苦しくて、埃っぽくて、何もなくて。そんな、とてもいいとは言えない街だったけれど。

 でも、いざ別れるとなると、なんだか少し寂しかった。

 そんな哀愁を置き去りに、車は一路空港へひた走る。


「ちょっとギリギリになっちゃったから、悪いけど急いで、ね」


 タクシーの中でのシータのその言に従い、空港に着くや、すぐにカウンターに向かい、手早く搭乗手続きを済ませる。


「アイアス、荷物は?」

「これだけだから」


 そう言って、腰のポーチを指すアイアス。


「身軽ね……」


 そんなことを言っている間に、気付けば飛行機の離陸時間が迫っていた。

 三人掛けの中央のシートに進行方向向かって左からアイアス、マリー、シータの順で座る。

 やがて、鈍い感覚と共に、飛行機が枯れた大地から飛び立つ。

 色々なことがあったな、とシータの向こうにある窓の外の茶色い風景を眺めながら、マリーはまた少し感傷に浸る。


「……マリーは、良かったの?」

「何が?」


 そんなマリーに向かって、唐突に、シータが質問を投げかける。


「だって、本当は、お父さんのこと、調べるために、って思って、ここに、来たんでしょう?」

「ん……まぁ、確かに、そういう気持ちは、あったよ」

「じゃあ、こんなにすぐに……」

「でも、私だって、バカじゃないから、そんなにすぐにわかるとは、思ってないよ。……今回は、とにかく、自分の目で、一回見ておきたかったの。……この、場所を」


 小さい頃にも来てたと思うんだけど、忘れちゃってるしさ。と、シータに向かってはにかむ。


「そう……マリーが、それでいいなら、私から言うことは、ない、や」

「――でも、だからこそ、今回こうやって来てみて、逆に思いが強くなった。……絶対にシュヴェスタさんぐらいの魔術師になって、そして、この世界のこと、もっと、知るんだって」

「そう……」


 その顔は、マリーを思いやる心に満ちているように思えた。


「ところで、また話は変わるんだけど……」

「何?」

「前に私に言ってくれた、でしょ? マリーのお父さんが最後に言ったっていう、言葉」

「あーシータには、言ったっけ」

「うん。確か、『マリー。俺はこれから、ちょっくら世界を――救ってくる』で、よかったっけ」

「うん、そう。――忘れもしない。……でも、急にどうしたの?」

「隣の国ではあるけど、イヌビアを実際に見てちょっと、思ったんだよ、ね。……今から言うことが、気に障ったら悪いんだけど、でも、さ。さっきの台詞って、ちょっとおかしいと思わない?」

「おかしい?」

「うん。だって、お父さんは少なくともフェロキアの戦争に関わりに行ったんでしょう? それなのに、世界っていう言葉を使うのは、ちょっと大袈裟すぎないかなー、って、ね」

「うーーん」


 マリーは腕組みをして暫く考える。……が、


「おかしいと言われればおかしい気もするけどおかしくないと思ったら別におかしくはないような……」

「言っておいてなんだけれど、まぁそうだよね。……今言ったことは、忘れてちょうだい」


 そう言って、シータは「……ちょっと、寝る、ね」と言い残し、持参したのであろうアイマスクを被る。


「どうでもいいけど、変なアイマスク……」


 まるでいたずら書きされたかのような目玉がグリグリと書かれた謎のアイマスクを被るシータをしばし見つめてから、マリーも睡眠をとろうかと考える。

 イヌビアからヴェネトへの空の旅は決して近い旅路ではない。

 睡眠のことを考えていると、なぜだか眠くなってくるのは、人間の性、なのだろうか。


 そんなことを思っていると、それまで相変わらず無言を貫いていたアイアスが、ボソリと質問を投げかけて来た。


「……マリーは、なんで、魔術師に、なった、の」


 意外な質問だった。

 アイアスが、事務的なこと意外に何かを訊ねるイメージがなかったからかもしれない。


 ただ、マリーにとって、あまりそれは進んで答えたいタイプの質問ではなかった。

 ……なぜなら、彼女は自分でも知っていたから。彼女の魔術に対する姿勢が、決して真摯なものとは言い切れないと言うことを。

 けれど、だからと言って、この質問に対してはぐらかして答えようとは、決して思わなかった。だって、アイアスが彼女に真剣に質問を投げかけていることは、マリーにも伝わっていたから。


「……私がさ、こうやって今魔術師をやってる理由はさ。世界のためにとか真理が知りたいとか、そんな崇高なものじゃ、ない。……ただ、父さんは悪い人じゃないって、そう、みんなに知ってほしいだけ。ただ、それだけなんだよ。だから、言ってあげられることも、これ以上は、ない。…………失望、した?」


「そんなこと、ない。……マリーは、すごい」


 それが、お世辞なんかじゃなくて、本当にそう思っているってわかるから。

 マリーは、これが、アイアスにとって、役に立てばいいなと、そう思う。


 そして、少し気になって聞き返す。


「アイアスはさ、あるの? ……目的」

「………………ない。今、は」


 その含んだ言い方に、少しひっかりを覚えたものの、すぐにその引っ掛かりは意識の隅に流れていった。


 離陸して、結構長く話していたような気分だったけれど、パネルで確認するとヴェネトまでにはまだまだ距離があった。やはり、寝てしまおうか……。そうマリーが腕組みして唸っていた時だった。


 飛行機を、異変が襲ったのは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る