第9話 二人ーーまだ私を殺したい?
階段を下り、部屋の扉よりも重い分開けづらい礼拝堂入り口の扉を押し開ける。
「隣が教会が出資してる食堂らしいの」
そう言いながら、隣に立つ建物(隣のボロさに比べると輝いて見える)に入る。
店内は稼ぎ時ということもあってかそれなりに混雑していた。どうも、一般の客も大勢やってくるような店らしい。ヘリシアンらしい浅黒い肌の男たちがワイワイやっている。この地域では見慣れない風体の少女の入店にそんな客たちの視線が集まるが、そんな彼らに一瞥くれ、その目線を鼻であしらうと、マリーは空いていた机に座り、メニューを繰る。
「うーん、一応書いてあることはわかるけど、どういう料理なのかわからないのが多いわね……。ねえ、アイアスが普段食べてたような料理、ないの?」
「……まともな料理なんて、食べてこなかった」
「え?」
「お金が、なかったから」
「あ……」
こんなスラムで、犯罪行為を依頼されて切って捨てられるようなゴロツキ集団のメンバーが、一体、これまでの人生でどんな生活を送ってきたのか。
そんなこと、理性ではわかっていたはずなのに、結局のところ、自分は何もわかっていなかった。そのことを恥じながら、マリーは慌てて言葉を取り繕う。
「じゃ、じゃあ! このメニューで聞いたことあるの! 聞いたことあるのとかは? なにかない?」
強引にメニューを押し付けるマリーに根負けしたかのようにしてメニューを受け取り、しばらく穴が開くように見つめるアイアス。
「あ」
「あった!?」
「これ、は、おいしいって、聞いたことがある」
「すみません!」
その言葉を聞くやいなや、マリーは店員を呼びつけ、これ二つ、とバニラライスと書かれたそれを手早く注文する。そして、ニッとアイアスに向けて笑いかけるのであった。
その姿をアイアスは相変わらずの無表情だけれど、どこか穏やかな顔つきで見つめていた。
そして、二人の間に、静寂の帳が降りる。
時間にすればほんの数秒だったが、それよりもずっと長く感じるその静寂ののち、スーーハ――と、大きく息を吸い、マリーはそれまでよりも数段真剣な顔で、まなじりをキュッと上げ、尋ねる。
「ねぇ、アイアス。あなた――」
やはり言うのをやめようか、というようにマリーは少し言いよどみ、顔を少しそむける。しかし、やはり意を決したというようにキッと正面からアイアスを見据える。今、聞いておかないと、ダメだ。
だってそれは、あの場で彼に言葉を掛け、興味を持った、私自身の、彼に対する責任だから。
「あなた、まだ、私を殺したい?」
その言葉を聞いたアイアスは、一瞬だけその瞳孔を開いたあと、何かを自らの内に問いかけるよう目を瞑る。そして、ゆっくりと瞳を開きながら、口を開いた。
「…………わからない。マリーという少女を殺せという任務は、失敗した……と、思う。だから、俺には、もうマリー、殺す理由は、ない」
その言葉を聞いて、やっぱりね、とでもいうように微笑むマリー。そして、そんな彼に、優しく語り掛ける。
「そうね。そう言うんじゃないかって、思ってた。それで、さ。そういうことなら、あなたに、二つ、言いたいことがあるの。前に言った、私に付いてきなさいって命令を撤回する代わりに、ね」
その言葉に、いつになく眼光を鋭くするアイアス。
「一つ。これからは、人を傷つけないこと。二つ。――私の、友達になること」
その台詞に、いつもは無表情なその顔をゆがめ、細めていた目を丸くする少年。
「もう、あなたは自由なんだから」
「自由……」
まるでその言葉を初めて聞いた、というように、アイアスは繰り返す。
「自由、自由……」
「そう、自由よ。その上で、もう一度いうわ。これは命令じゃない。友達としての、お願い。――アイアス、私についてこない?」
その言葉を反芻するかのように、何かをつぶやき、アイアスは言った。
「うん。そうする」
「ええ、そうするといいわ」
そこにちょうど、頼んでいた料理が運ばれてくる。
「へー……。パネラ……ライス? って、こんなのなのね! いい匂い……。 おいしそ! さ、冷めちゃう前に、食べちゃいましょ!」
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