第8話 二人――見捨てるなんて、出来ない

「あり得ない……」


 アイアスを部屋の外に立たせ、中で二人はスーツケースから取り出した別の服を着ていた。


「ははは……確かに、すごい魔力シカトゥール、ね」

「すごいって……。それどころの話じゃないわよホント……!」


 プンプンという擬音が頭の上に出ていそうな様子のマリーを、しかしシータがたしなめる。


「でも、あれは、マリーが悪い、よ?」

「えー?」

「だって、初心者にあんなこと言っても、魔力が発散するだけって、そんなこと、すぐわかる、よ」

「まぁ、確かによく考えたらそうだけど……。でも! あんなに魔力があるんだからって、思うじゃない……!」

「でもも何もない」

「むー」


 そういってふくれっ面をしながらなおもぶつくさ言うマリーを横目に見ながら、シータは少し目を細め、声のトーンを下げながら、言った。


「ところで、さ。マリー」

「なによ」


「どうして、彼を連れてきたの?」


「……え?」

「私は知ってる、よ。彼と、彼の属していた集団がマリーを襲ったの」

「それは……」

「あなたは彼にもう襲わないよう言ったのかもしれないけど、彼が今後あなたを殺そうとしない確率なんて、ほとんどない、よ」

「……」

「いつもの気まぐれなのかもしれないけど、今回だけは言っておく、ね。悪いこと言わないから、彼はおいて行きなさい。それで、もう、彼のことは忘れるの。……簡単なことでしょう?」


 マリーには、それがシータがマリーのことを思って発言しているのだと、はっきりと理解できた。しかし、そうであったからこそ、マリーは、真剣に、こう答えた。


「……それは、できないかな」


「どうし――」

「んっとね……どうしてだろうね。自分でもわからないや。なんとなくね、放っておけなかったんだ。あいつのこと。どうしてだろう。でもね、とりあえず言えることはね、彼は、もう、私を殺そうとしない気がする、ってこと。……なんで? んーと……それは……なんとなく、うんそう、なんとなくだよ。なんとなくだけど、でも、確信できる。ほら、よく言うじゃん。目を見たらわかる、って。そういう、アレ」


 心底呆れた、というように、言葉なく口を開け、固まるシータ。


「はは……そんな顔しないでよ。シータの言いたいことはわかるよ。……でもさ、だからこそ、私がもしそれで殺されたら、自業自得ってことじゃん? ……ってそれに私、あいつより強いし。私があいつに殺されるわけないって」


「……いいの? それで。マリーには、なすべき目標が――」

「うんそうだね。あるよ。……私には、目指すことがある。……ま、でも――」


 着替えを終え、ベッドから立ち上がりながら、満面の笑みで、言う。


「それはそれ、これはこれ、ってやつだよ」

「ははは……マリーらしい、や」


二人で見つめ合い、笑い合う。

ひとしきり笑い終え、すでに着替え終えていたシータも、ベッドから立ち上がる。


「じゃ、私はまだもうちょっと下でやることがあるから、自由にしといて、ね」

「あれ、まだ何かあるんだ」

「明日帰ることになったから、いろいろと、ね。晩ご飯は併設の食堂があるらしいから、勝手に食べに行っといて」

「ん、わかった」


そう言いながら、鍵を外し、ギィと扉を開ける。するとそこには、アイアスが廊下を向きながら直立不動で待っていた。


「……そういうところ、律儀なのね」


 マリー達が出て来たことに気づくと、アイアスはこちらに向き直り、頭を下げる。


「さっきは、すまなかった」

「ん……まぁ、私がやってみろって言ったからだしね、気にしてないよ」


 気にしていないと言ったけれど、彼がこうして自分たちの気持ちを考えてくれたことは、嬉しかった。

 返事を聞いて、アイアスは下げていた頭を上げる。

 気づけば、シータは階下にすでに降りたらしく見当たらない。


「で、さ。夕ご飯、食べに行かない?」

「それが、命令なら」


……その言葉も、本当ならあまり言って欲しくなかった。

けれど、今のアイアスには、それしかないとわかっているから。

だから、今は頷いた。


「ん……、じゃあ、ご飯、行きましょう」

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