第二節 二人
第4話 二人――目的地の先客
そこは、ごちゃごちゃとしたスラム街の中でも少し広い通りのような場所に面した場所にあった。
「ここ、らしい」
「……本当に、ここなの」
「うん」
その建物は、薄汚れた建物が立ち並ぶ中にあって、なお薄汚れていた。一秒後に崩れ落ちていても何ら違和感のないその佇まいに、さしものマリーも一歩後ずさる。
「…………仕方ないわ。入りましょう」
「……」
「あんたも来るのよ」
「わかった」
コンコン、と扉をノックすると、砂埃が天井から落ちてくる。
「ごめんください。魔術協か――」
ギィと今にも壊れそうな音を立てながら、彼女が最後まで言う前に、扉が開け放たれる。
「お疲れさまー。マリー」
「え」
「びっくりした、よね。でも、これもあの人に言われてねー。ごめん」
「ええええええ!?」
そこにいたのは、マリーもよく知る人物、シータであった。
肩に届く程度の透き通るような金髪に整った顔立ちはさすが名家のお嬢様。けれど砕けた口調がそれを感じさせない。貫頭衣のように見えるゆったりした服装は暑いこの辺りでは実に涼しそうだ。
「ど、どうしてシータがここに……」
「それは、もちろんマリーがちゃんとおつかいができるかを見に、ね。後は……」
そこで、シータはチラリ、とマリーの背後にいる少年を見やる。
「マリーが無闇に魔術を使ったりしないかとか、かな」
「ギクッ」
自ら図星ですというかのように、視線を逸らすマリー。
「でも、まぁ今はそれは置いておいて……ちゃんと、親書はある?」
「も、もちろん!」
そういいながら、マリーは懐の鞄から巻かれた羊皮紙を取り出す。
「うんうん。よしよし、後は私がやっておくから上で休んでていいよー」
紙束を受け取り、そう言ってシータは奥に向かって歩き出す。そして、顔だけをこちらに向け、
「後ろの君も、ね」
すべてを見透かすように、そう、言うのだった。
言われた通り、建物の二階に上がろうと、入り口からシータに続いて中に入る。すると、入ってすぐの扉の奥から、一人の細身というよりは痩せこけたという表現が似合う浅黒い肌に黒髪の男性が顔を見せる。いかにもヘリシアン然としたその風体にマリーは少し目を細める。そんなマリーを彼は見つけるや、唾が飛びそうな勢いでまくしたてる。
「ああ! あなたがマリーさんですか。これは驚いた。かのラインベリー卿のお弟子さんが来るというからどんな人物かと思って見ればこれはこれは可愛らしいお嬢さんで――」
「生憎ですけど」
そんな丁重な言葉の奥にどこか慇懃さを秘めた男性の発言に、マリーは少しの怒りを込めて声を挟む。彼女は人に自らの歳の幼さを理由に見下されることをひどく嫌っているのだ。
「私はこれでも
「ああいえ、そんなつもりでは! しかし気に障ったのならば謝ります。申し訳ございません、ミス・マリー」
大仰に手を振りながら腰を折って否定する彼を一瞥し、一息ついてマリーは声を返す。
「分かってくれたのなら、いいわ」
「それはよかった。それでは、改めまして。この度は遠路はるばるこの魔術師協会イヌビア支部へようこそいらっしゃいました。支部長のルアです。お見知りおきを。汚いところではありますが、ゆっくりしていってくださいませ」
「こちらこそ、よろしくお願い。ルアさん」
「ええ、よしなに。それで早速要件の方ですが……」
「ああ、それなら……」
と、隣を見やるが、いつの間にいなくなったのか、シータの姿はない。
「あ、あれ?」
「どうなされました?」
「それが……」
と、事情を説明しようとしたマリーの背後から、
「あいさつは済みました?」
投げかけられたのは、シータの声。
「もう、どこ行ってたの」
「二階の部屋の宿泊申請をしておいてあげたの。感謝してほしい、な」
「あ、ありがと……」
「さて。ルアさん、要件の方は私の方から説明いたします。それで、長旅の疲れもありますし、彼女は上で休ませても?」
「ええ、構いませんよ。こちらは」
「ありがとうございます。じゃあ、そういうことだから、もう休んでいいよー、マリー」
「あ、うん」
「あ、部屋は202だから」
「わかった」
少し煮え切らない思いを抱きながらも、疲れもあり、素直にシータの言葉を受け入れ、二階に歩き出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます