第5話 多機能筆箱

 おや、久しぶりの外だね。

 物置に重ねられた段ボールの中から、よく僕を見つけたね、ぼうや。


 ははは、くすぐったいよいきなりそんなところを押しちゃあ。

 長いこと眠っていた間に、ビニールだって脆くなってる。


 僕かい? 僕は、多機能筆箱。

 昭和の男子小学生の、懐かしのヒーローさ。


 僕を買ってくれた男子小学生にとって、僕は二番目に買った筆箱。

 男子小学生は、そりゃあそりゃあ、お母さんにしつこくおねだりして、でもダメって言われて、それでお年玉を使って、やっと僕を買ったんだ。

 その子はね、お友達が僕の仲間を持っていてね、羨ましかったんだよ。

 その頃は、みーんな! 当時の小学生はみーんな僕たちに憧れていた。

 それで、誰の多機能筆箱が、一番部屋が多いかとか、かっこいいギミックがついているかとか、そんなことで自慢し合ってた。

 押すと出てくる消しゴムや鉛筆けずり。

 自動的に跳ね上がる鉛筆さしは、ロケットの砲台みたい。

 蓋をぱかぱかあけてロボットみたいに歩かせて、表面のアニメの絵をマジックで強そうになぞったりしてた。

 一応、僕たち筆箱だから、勉強道具を入れてるんだ。

 鉛筆や消しゴム、物差し、ハサミ、三角定規。

 消しゴムの消しカスと液状のりとペンのインクを混ぜたねりけしとか、花壇のダンゴムシとか、そんなものも入れられてたよ。

 テストの裏の白紙に、SDガンダムを描く時も、教科書のすみにぱらぱら漫画を描く時も、僕の中からシュッと出動、かっこいいんだ文房具は。


 噛み痕だらけの鉛筆や、あんまり突き刺すから芯が折れて残った消しゴム、みんな歴戦の勇者だったよ。


 今は、みんなもう行ってしまった。


 ぼうや、よく僕を見つけてくれたね。

 僕の友達の男子小学生は、いつしか僕を机の引き出しにしまい込んで、新しい筆箱を買った。それは動物の絵のシルエットがついたビニールポーチであったり、カンペンだったりした。

 おみくじ鉛筆は、いつの間にか、振ると芯が出てくるシャーペンに変わった。

 鼻くそと練り消しをこねくり回していた男の子は、女の子の胸元を気にするようになって、鏡の中のにきびにため息をついて、朝シャンプーをするようになったんだ。


 僕の場所は、机の隅から、大掃除の時に物置の中へ。

 捨てても良かったんだよ、事実、彼は何度も僕を捨てようとした。

 僕が毎日一緒にいた――ドリルちんこにうんこぶりぶり、えんがちょ、バーリア、てんのかみさまのいうとおり……。帰り道におしっこ飛ばし競争をしていた小学生は、とっても素敵な男の子だった。

 カサの内側に雨水をためて、長靴に水たまりの水を入れて、帰り道カエルを捕まえた男の子だよ。

 ポケットを裏返すと、決まって砂が出てきた男の子だ。

 僕は暗い物置の中で、ずっと彼と一緒にいた日々を、長い眠りに繰り返していた。

 夢のように楽しい毎日だったよ。


 ぼうや、君は、僕の友達によく似ている。

 とっても目がキラキラしてるね。おしゃべりが大好きな口の形だ。僕の友達は、授業中おしゃべりの代わりに、僕の蓋を開けたり閉めたり、文房具を入れたり出したり、ずぅっと、僕とおしゃべりしていたんだよ。


 ぼうや、君を呼ぶ声がするね。


 お父さん、そうか、お父さんか。

 君――?


 ああ、そうか。そうなんだね。

 懐かしい、そう言ってくれるのかい。

 随分立派になったじゃないか。この子は、君にそっくりだね。

 とっても素敵な男子小学生だ。

 お父さんの大好きだった筆箱だ、そんな風に、僕を紹介してくれるんだね。


 やあ、久しぶり。

 君は大人になったんだね。

 昔、男子小学生だった、僕の友達。



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