飴と傘

コオロギ

飴と傘

 圧倒的に飴が足りないのだと廿楽つづらは嘆いた。鞭鞭鞭のオンパレードで心はもうみみず腫れだらけなのだと。

「そんなんでもう飴なんかで足りるの?」

「痛い…痛いよう」

「軟膏いる?」

 鞄からチューブタイプの薬を取り出すと、なんでそんなの持ってるんだようとテーブルに伏せていた顔を上げた。

「褒めてくだせい」

「ん?」

「これでもかってくらい褒めてつかあさい」

「廿楽は超優しいね壮絶可愛いね悶絶かっこいいね」

「もっと」

「心が宇宙だね頭がお花畑だね逃げ足がボルトだね」

「褒めてた?」

「あなたを全力応援」

 両腕をわきわき動かしてみるも、廿楽は再び伏せてしまった。

「はああああ」

「まあまあ、そんな盛大なため息吐いてないで。あ、ごはん来たよ、食べよう」

 廿楽がだるそうに体を起こす。

 テーブルに注文した料理が並べられていく。

「疲れた時には中華がいいよ」

「なんで?」

「カロリー摂取は大事だからね」

 小籠包は美味しかった。が、廿楽はあちっと言って口の中を火傷したようでテンションが下がっていた。

「食事すらまともに食べられない自分なんて…」

「それみんなよくするやつだよ」

 最後のデザートのゴマ団子が来てもまだ、「甘い…飴、飴がほしい…」と団子を頬張りながらぶつぶつ呟いていた。


「あ、雨降ってるね」

 店を出ると、結構な勢いで雨が降っていた。

「泣きっ面に雨ですよ…」

 ふふと自嘲気味に笑う廿楽の心にもまだ暗雲が立ち込めているようだった。

「あんなに晴れていた空が、この様ですよ…」

「よしよし」

 廿楽は小さいので、ちょうどいい位置に頭がきて非常に撫でやすい。

「…衣笠あ」

「なに?」

「もうやめたほうがいいのかなあ?」

 涙声になってきている廿楽の頭をぽんぽんすると、ずっと鼻を啜る音が聞こえた。

 ああ、こちらも泣き出してしまった。

「廿楽は頑張り屋っていうか、踏ん張り屋だからねえ」

 やめたほうがいいとも、もうちょっと頑張ってみたらとも、自分には判断がつかない。

 自分だったらに置き換えてしまうと、ほんの一瞬でも無理だと感じれば光の速さで忍者のごとくその場から消えてしまうのでまるで参考にならない。

「飴をあげたいのは山々なんだけど、あいにく飴は切らしてるんだよね。軟膏はあるんだけど」

 廿楽が俯きながら頷いた。

 よしよし、いい子いい子。

「鞭なんてもちろん持ってないし、振り方も知らないし。持ってたとして、せいぜい女王様ごっこするくらいしか使い道が分からん」

 廿楽の頭に乗せていた手をそっと離し、鞄を探る。

 自分の持ち歩く鞄は、いつも大きい。廿楽にもよく突っ込まれる。そして、まるで四次元ポケットだと言われる。

 この四次元ポケットは万能じゃない。いや本家のポケットだって万能ではない。いつだって「何かないか何かないか」と必死になって探すのは同じだ。 

 目的のものを取り出して、ザザ降りの雨の中へ突き刺した。

「でも、傘なら持ってるからね」

 柄の部分をぐいと引っ張る。灰色の空に水色のそれを掲げる。

「傘ならいつでも差してあげられるよ。雨の日でも風の日でも晴れの日でも。折り畳みで頼りないけど」

 廿楽が顔を上げた。こちらを見上げる顔は涙と鼻水を垂れ流しひどいことになっている。

「衣笠あ」

「ほい、ティッシュ」

「うう」

「さあ泣き止むのだ」

 ちーんとかんだ鼻の頭が赤くなっている。

「…衣笠あ」

「なに?」

「晴れの日も、頼むかも」

「任せろ」

 もう一度ぽんと頭に手を乗せてから、傘を差し、二人で連れ立って雨の中を歩き出す。



 

 

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