腹をくくるっきゃない!3

 ◇◆◇◆◇◆

(……声が届いた)

 地に押さえ付けられたままのミストナは、嬉しそうに尻尾を振った。

 突貫で思いついた作戦は至って単純。相手が格上で逃げ道が塞がれたのならば、大声で助けを呼べば良い。近くで祭りケンカが起こっていれば、あの喧嘩バカのベリルが来ない理由は無い。

 超獣戯化はただの時間稼ぎ。

 本命は——、体内魔力が頂点に達する時に発しただ。

「あぁ? なんだこのピッカピカでグニャグニャの変態目玉だらけ野郎は」

 飛びかかったベリルが握る野暮な鉄パイプの先端。その周りの空間が歪んでいる。

 嘘を食べて万全の状態になったのか。ダンジョンがベリルの魔力を嫌っているせいなのか。

 それほどの魔力圧を振りかざし、触手の上に跳び乗ってソフロムの口に突き入れた。

 ガチンッ! 無表情のソフロムが鋼の歯で鉄パイプを噛み止める。

「どこで寝てんだよ、ミストナ。どっかの姫様って話はやっぱ妄想で本当は野生児じゃねーのか?」

 ソフロムと睨み合ったまま、ベリルが憎たらしい軽口を叩く。

「動けないのよ! 見て分かるでしょ! それに週二でゴミ捨て場で目覚めるあんただけには言われたくない」

「ゴミ捨て場じゃねーよ。起死回生の残飯回収置き場だ」

「一緒でしょ!」

 いつものやりとりが許されるはずがなく、ソフロムが横槍を入れる。

獣人クズ共がわらわらと」

「こちとら初対面だぞ、口に物を入れながら喋るな。マナーを知らねぇ田舎者」

「お前が突き入れたのだろう! これは!」

「あぁ? あたしは知らねーなぁ」

 ベリルは首を傾けて平然と嘘を吐いた。

 証拠の鉄パイプを力任せにネジ回し、金属が擦れる音で遊んでみせた。

「底無しの馬鹿者め」

「口の聞き方に気をつけろ。あたしはしけたパーティー会場にを届けに来たんだぜ」

「この街ではただの棒切れを麗しい花と比喩するのか? 随分と貧しい世界と繋がったようだ」

「普通の花を愛でる趣味はねぇーよ。あたしが好きなのは、パーティー会場の全部が吹っ飛ぶの方だ」

 ソフロムの背面から生えた鋼の触手がしなる。鞭のように波を作り、ベリルに向かって襲いかかる。

仕事狩りの時間だぜ。愛棒」

 その言葉は引き金。

 ソフロムの歯の隙間から閃光が漏れ——『バゴオオオオオオン!!!』と、頭部が爆発した。

「この鉄パイプの名前は落花狼藉らっかろうぜき。花が散って、物が散らかって、ついでに女を嬉し泣きさせる。良い愛棒だろ……って。聞く耳まで吹き飛んじまったか」

 これがベリルの召喚武器の奥の手である砲撃だ。

 いや、奥の手というのは語弊があった。つい先日にぼったくられそうになった魔術道具アイテム屋にぶっ放しまくっているのを見かけてボコボコにしたので、実際の所は隠してなどいない。

「ベリル! バカな事を言ってないで離れなさい! 頭が無くなったくらいじゃそいつは止まらない!」

 小刻みに痙攣したソフロムの腹が貝口のように広がった。皮膜状に広がった鋼に包まれながらも、ベリルはさらに前へと踏み込んだ。

「もう一発が欲しいなら口で言えよ、口で」

 皮肉と鉄パイプを胴体に添えて、再びの爆破。

 ソフロムの全身は粉々に砕け、四方八方に飛び散った。

「もっと早く来なさいよね。危うく死ぬ所だったわ……おぇっ」

 やっとの思いで解放されたミストナは急な吐き気に襲われた。魔術が混じった物を体内に入れてしまった副作用だ。

 腹に手を当て、急いで魔力を促し体内温度をより上昇させる。

「にしては随分と楽しそうな顔してるじゃねーか」

「……あんたねぇ。帰ったら覚えてなさいよ」

 体内に残った弾丸を溶かし、血流に乗せ手の甲へ送る。そこから鉄腕カイナを経由してパイプから蒸気として排出させた。

「生意気な口叩いといてその体たらくかよ、新米リーダー」

「分かった。今日から一生あんたを弾避けの盾にして生きていくから。ずーーっと私に引っ付いてなさい」

 ふふん。と上手を取ったつもりで言う。

 完全完璧に冗談だったが、ベリルは灰色の尻尾をバタバタと大きく振った。

「それプロポーズか?」

「違ーーうっ! いいから今はソフロムに集中してて!」

 恥ずかしくなってピンと張った尻尾を掴んで隠した。

 そして、散らばったソフロムの破片をきつく睨む。

「さすがにおっ死んだろ。スライム種じゃあるまいし」

「……ソフロムは上級魔術を連打して人間ノーマルを超えてる。はっきり言って復帰力の早さだけならスライム種より上よ」

「おお、マジで一箇所に集まっていきやがる。檻に入れて見世物にしようぜ」

「しないわよバカメイド。っていうか、どうして服がビリビリなのよ! 血だらけだし!」

「こっちも色々とエロエロと大変だったんだよ」

 タイミングよく『プツン』と、はち切れた胸元。ミストナは慌ててブローチのピンを取り出し繋ぎ止めた。

「でけー手のくせに器用だな」

「ブッ飛ばすわよ。で、何があったの」

「こいつと同じだ。クソ上級のクソ魔術にやられた。まぁ大した怪我じゃねーよ」

「怪我より服を気にしなさいよ。裸で街に戻る気? また変な評判が立っちゃうでしょ」

「お前だって全身毛深くなってるじゃねーか」

「なっ!?」

 世界中に現存しているどんな悪口よりも、心にブッ刺さる。

 ミストナは涙目を浮かべながらベリルに詰め寄った。

「毛じゃないもん!」

「じゃあなんだよ、ひげか? 腕から逞しい髭が生えたのか?」

「あんたデリカシーって言葉知らないの!? だからこの姿には成りたく無かったのに!!」

 胸ぐらを掴んでやろうと手を伸ばすが、ベリルはヒョイっと跳んでゲートの横に着地した。

「ピーピーうるせぇなぁ。ビックリ人間が復活する前にペレッタ連れてとっとと帰るぞ」

「ちょっと待ちなさい! まだホワイトウッドには帰れないわ!」

「あぁ? こっちはツバキに飯を食われて腹減ってんだよ。早くピザを食べねーと餓死しちまう」

「いいからゲートに触るなっ!」

 言葉が届くよりも早く、水瓶ゲートに触れたベリルの尻尾が焼け焦げた。

「あぢぃいいいい!?」

「もう。だから言ったでしょ」

 不可視の接触魔術が発動した。用心なソフロムが仕込みそうな事だ。

 一悶着している間にも、飛び散ったソフロムの肉体が集まっていく。

「やっかいね。ベリルの爆破も効かない。街にも帰れない」

 良い案が浮かばない。

 ミストナが手段を思案しているうちに、ソフロムの体が復活した。

「犬の獣人。どうやって仕掛けた罠をすり抜けたて来た。隙間無く埋め尽くしたはずだが」

「あたしは一切触れてねぇよ」

「空を飛んだか? 翼を持たぬお前が」

 ミストナも疑問に思っていた。ベリル一人であの一本道を来れる訳がない。

 となると、残った答えは一つだ。

「飛ぶ必要などありません。地を駆ける脚があるのならば、気高く翔ければ良いだけの話。架け橋は——わたくしが用意致しましょう」

 追い付いたツバキ。その肩にはラビィが乗っている。ツバキの結界を足場にして罠には触れずに、ここまで辿り着いたということだ。

「二人とも!」

「遅れましたですです!」

「ふぅ。かなりの札を消耗してしまいましたが」

「ツバキは二人を絶対死守! ラビィはペレッタの治療に専念! ホワイトウッドに帰れば両目くらいはなんとかなる!」

 状況を察知したツバキは負傷したペレッタの前に立ちはだかった。即座に結界を張り、ラビィは精霊術にて応急処置を始める。

「認識を改めるか。お前達は獣ではなく、突けば湧き出る蟻だ」

 ソフロムが触手を走らせた。

「希望よ! 大いなる希望よ! 儂に全ての可能性を与えろ!」

 全身に配置された目玉が、ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、回る。

 縦回転が止まると元の黒い瞳は無くなっていた。

 代わりにソフロムの本体と同じ歪んだ六芒星が、ミストナを、ベリルを、ツバキを、ペレッタとラビィを見つめる。

 伸びた触手の先に新たな魔術陣が展開。

 結界を気味悪くなぞると、その部分の色がくすみ腐り果てた。

「——っ!! 汚染の魔術ですか」

 腐敗し穴が空いた結界など使い物にならない。ツバキは即座に袖を探り、新たな平面結界を貼り直した。

「実に愉快だ。震えるほどの快感すら覚えるぞ。何の苦労もせず、自由に魔術が扱えるというのはな!」

 もちろんミストナ達にも手は抜かない。一本の触手から熱波が飛散した。

 防ぐ鉄腕が凍りつく。そこから腐った根が生え、骸のような花が猛毒とともに咲いたと思えば、枯れ果てる最後に一メートル以内の空間を何もかも削り取った。

「あっぶないわね!!」

 寸前で引き千切る事に成功したミストナは、ベリルに背中を預け死角をカバーし合う。

「まるで一人カーニバル野郎だな。見世物小屋よりサーカス団に売っ払うか」

「観客を殺そうとする奴を誰が買うのよ」

「で、どうする。割とやべー状況だぞ」

「昨日の飛竜墜落もそうだったわよ。主にあんたのせいで」

「へいへい。じゃあたまには大人しく死んでみるか?」

「大人しく死ぬなんて……死んでも嫌よっ!!」

 四人の力を合わせてもソフロム一人に太刀打ち出来ない。力の差が余りにも違い過ぎる。これが魔術の素質に恵まれた人間ノーマルとの埋めようの無い差だ。

 ツバキの札もあと僅か。残された時間はもう無い。

(考えろ! ミストナ!)

 ベリル。ツバキ。ラビィ。ペレッタ。次の指示次第では誰かが死ぬかもしれない。

 自分の選択に全てがかかっている。地中から這い出た触手を躱し、ミストナは下唇を噛み締めた。

(ソフロムに無くて私に有るもの……)

 ミストナの本質は獣だ。獣の血が混じった獣人だ。

 ゆえに奇跡や運など望まない。勝つ為には、相手より秀でたものが無いとだめだ。そこにしか活路は生まれない。

 戦闘力の全てに置いてソフロムよりも劣っている。知力すら魔術を駆使されればどうやっても勝てない。だが。それだけで勝利を掴めるほど、世界は都合良くも出来ていない。

 天井にぶら下がり、各々の攻防を見つめる。

 攻撃の比重はやはりペレッタに向けたものが多い。

 ツバキが舞うように平面結界を貼り続け、ソフロムの攻撃を凌いでいる。

(さすがツバキね。結界の展開速度が尋常じゃなく早い。でも一撃で穴を開けられてる……………あっ!?)

 ミストナの脳裏にぽんっと浮かび上がった星。その星達に線が走り繋がった。

(ソフロムに無くて……私が誇れるもの! それは少しの経験と大きな好奇心!)

 鉄パイプで乱打を繰り返していたベリルの横に着地。

「ベリル! さっきの砲撃あと何発打てるの!?」

「さっき二発打っただろ。ツバキと合流する前にむしゃくしゃして一発打った。気張ってあと二発ってところだ」

「無駄打ちしてんじゃないわよ!」

 だが、十分だ。

 ソフロムの鋼の身体を吹き飛ばすほどの爆撃が二発あれば……おそらくに届くはず。

「わかった。その二発を全力で撃ちなさい」

「結局はこの麗しのメイド狼様に頼るって事だな。よーし。魂も残らねぇように木っ端微塵に吹き飛ばしてやる」

「あんた学習能力ないわけ? ソフロムには私達の攻撃が効かないのよ」

「はぁ? じゃあどーすんだよ」

「攻撃するのはソフロムじゃない」

 断言したミストナは、尻尾を下に折り曲げた。

「……マジかよ」

「大マジよ。あんたも犬の血を引いてるならそれぐらい出来るでしょ。ここ掘れワンワン得意でしょ」

「人に風穴を開けるのは得意だけどよ、地面を掘る趣味はねーぞ。って、おい! ミストナ!!」

「十秒! それまでに底まで掘り進めなさい!」

 漠然とするベリルを置いて、ミストナはソフロムに突っ込んだ。

「悪足掻きも大概にしろ、獣人クズめが!」

「無駄だと分かって足掻くのが獣の素敵なところなのよ!」

 真っ直ぐに伸びた触手をミストナは頭突きで弾き返した。

「これが最後の結界になります!」

 ツバキの声に被せるように爆発音が連続して聞こえた。

「ミストナ! 準備出来たぞ!!」

「良くやったわモグラメイド! あとでミミズの丸焼きご馳走するわ!」

「んなもん食えるか!」

 鼻に土を付けたベリルを見て、ミストナはにししっと笑った。

 そして、跳んだ。

 走り幅跳びの要領で深く息を吸い、地をブチ抜くような虎の踏み込みで。

 数十本の触手を前にミストナは独楽のように回転。鉄腕カイナをもって弾き、受け流し、転がるようにソフロムの深い懐へ辿り着いた。

「死ねえええぇぇい!! ミストナァアアア!!」

 鋼の腹が変形し大きな顔が形成された。まるで女神像にも見えたそれは、悲痛な表情で大口を開ける。

 そこに、高魔力のエネルギーが集中した。

「私の拳の方が早いっ!」

 呼応する鉄腕カイナ。肩部の蒸気パイプから二本目の蒸気が噴出する。

「エイティック爪流術そうりゅうじゅつ 第一章、“破壊塵圧掌星に触れる者!!」

 ゼロ距離から爆発したような速度で、ミストナは発射寸前の腹部に強烈なアッパーをブチかました。

「飛っっっべええぇぇぇええええーーーーっ!!!!」

 根性と気合いとその他一切合切の力を込めて、超重量を押し上げる。

「ぐぬうううぅぅぅ!!」

 天井まで浮いたところで、ソフロムは全ての触手を身体に戻した。

 地で魔力を溜め込ているミストナの追撃に備えた形だ。

「ソフロム。あんた私の事をクズ呼ばわりしたわね」

「クズだろうが! 儂の邪魔をするものは全てクズだっ!!」

「確かに私はクズよ。落ちこぼれよ。国を抜け出して色んな人に迷惑をかけた。潔く認めるわ」

 ミストナはソフロムに向かって右腕を掲げた。

 三本全ての蒸気パイプから虎縞の蒸気がけたたましく噴き出す。

「でもね、私の大好きな絵本の勇者が言ってた。例えクズでもだったなら、皆んながこっちを見てくれる。一瞬でも輝けるって!!」

 ミストナが跳ね上がる。

 ソフロムの方へ飛んだかと思えば、そうではない。飛距離は届かず真っ直ぐに落下地点へ向かっている。

「どこを狙っている!?」

「ふん。あんたにはもったい無いから当ててあげない。私が狙うのは——もっと大物よ!!」

 目指したのはベリルが掘った大穴。ソフロムの落下地点だ。

 硬い岩盤のさらに下層。地表から約三十メートル下に存在するが剥き出しになっている。

 ミストナの背後に映し出されたのは虎の星座。星座になる事を許されなかった叛逆はんぎゃくの一等星達。

「これが私の繋ぐ物語、“星屑流星の一撃”だああぁぁぁぁああああああああーーーーーっ!!!」

 後先なんか考えない。

 この瞬間の為だけに命を燃やす。その覚悟を持って、目の前に映る世界を全否定する!!

 衝突する鉄の両拳はまるで隕石。

 地面が海のように波を作り、内壁がドガガガ!! と、崩れ落ちた。

(硬いっ!!)

 それでも外殻には通用しない。

 ミストナは拳でこの外殻の分厚さを感じとった。

 これは、世界の概念そのものだ。世界と世界の狭間を殴っているのだ。

 外殻層の反発。魔力の限りで強化した鉄腕カイナの表面が、瞬く間に分解されていく。

「ふざけんな私の虎ぁあああああ!! もっと血を使えええええええぇぇぇーーーっ!!!」

 本能のまま血液を熱量に変換し、烈火のごとく噴出させる。顔面の紋様がよりはっきりと浮かび上がり、破壊の化身じみた形相に変わる。

 これが正真正銘、最後の力だ。

 鉄腕カイナの先が消失し生指が覗く寸前。


 ——————ピシッ。


 卵の殻が割れるように外殻層が綻びをみせた。

 隙間から漏れ出したのは、黒色の閃光せんこうか。あるいは闇の暁か。

 ミストナは急いでその場から離れた。

「やったわ!」

 斜面を掴みながら、ミストナは温めた孵化の誕生に立ち会えるような幸福感に包まれた。

 隙間から覗いたのはミストナでさえ見た事のない夢の世界ダンジョンの外側——。

 地の底に浮かんだ、星の海。

「なんだその場所は!?」

 落下するソフロムが異様な危機を察知した。

 天井に触手を伸ばす——が、先端が紙切れのようにボロボロと崩れさった。

「どういうことだ!? 魔術が、魔術が使えなくなってるぞ!?」

 蒸気パイプから噴出していたのはミストナの細かな血だ。新たな魔術を覚える事が出来ない劣等の血。

 傲慢なソフロムは考えすら及ばなかったのだろう。飛び散った身体を吸収する際にミストナの血、虎族の純血が混じっていた事を。

「うお、うおおおおおおお!?!?!?」

 ソフロムは三百トンに及ぶ自身の超重量を持って、外殻を完璧に貫いた。






「助けてくれぇえええええ!! 早くしろおおおおお!!」

「乙女のか弱いお腹に弾丸ぶっ放す奴を助ける義理はない」

 仁王立ちして腕を組むミストナは縁に立って見下ろしていた。

 咄嗟に外殻を掴み、未知の場所へ落ちそうになったソフロム・トゥワ・モルメスを。

 自慢の鋼の身体が元の肌色とまだら模様になっている。自身の重さを支える事が出来ないのか、生体超越の魔術解除を試みているようだ。

 しかし。混ざった獣の血がそれらを邪魔していた。

(これが冒険者達の想いの欠けら……)

 ソフロムの足先にまとわりつく光の粒達。

 真っ暗闇の中で生まれては消えていく。一説によると外殻層とは記憶の墓場とも呼ばれている。

 ならばこの美しい煌めき達は殺された冒険者達の思い出。

 ソフロムを闇の底に引きずり込もうとしているのかもしれない。

「なんだこれは! いったいどこと繋がっている!?」

「知るかよ。誰が好き好んでダンジョンの外側に行くんだよ。酸素も地面も自分の意識があるのかすら分からない場所だぞ」

「あ、ありえぬ!! そんな虚無のような場所など!!」

「そうかも知れねぇな。だからお前がして教えてくれよ。帰ってこれたらの話だけどなぁ」

 しゃがみ込んだベリルが鉄パイプの先で、ソフロムの手を小突き始めた。

「やめろっ! やめてくれぇ!!」

「ホワイトウッドの学者の話によると、どの世界からも孤立した意識空間らしいわ。簡単に言うと、私達はダンジョンのお腹の上を探検していた。そこは胃袋ってところかしら」

「そんな……このおおおおおぉぉぉ!!」

 おそるおそる下を見たソフロムの顔が蒼白に染まる。冷や汗が吹き出し、腕や肩がガタガタと震えだした。

「お前達は人殺しだっ! 儂を殺したという傷は永遠に残り続ける! それでも良いのか!?」

 思わぬ良心への投げ掛けに、ミストナはベリルと顔を見合わした。

 少しの間を置いて。二人は吹き出して同時に笑う。

「良くもまぁそんな薄っぺらい言葉が出せたわね。自分の王様を裏切って、挙げ句の果てに関係ないホワイトウッドの冒険者達も殺したくせに。私とペレッタだって十回は死にかけたわよ」

 思い付いた策を全て費やしてこの結果を迎えた。

 歯車が一つでもズレていたら、逆の立場もあり得た話だ。

「こちらには正義があった! あれらは大多数の民衆に平和をもたらすための犠牲だ!!」

「そう。じゃああんた自身もその正義とやらの犠牲になりなさい。本望でしょ」

 いかに自分の思想と行動が正しいかをわめき続けるソフロムに、ミストナは一喝する。

「あとね、三十三人だから」

「なんの数字だっ」

「私がこの街に辿り着くまでに、この手で殺した人と魔獣の数よ。推定もあるけど」

「っ!?」

「見た目が少女だからってナメてもらっちゃ困るわ。ラビィとこの街に辿り着く前の話よ。寝込みを襲ってきた人間がいた。騙し討ちしてきた魔族がいた。命を掛けた果たし合いを挑んで来た獣人もいた。その全員の顔を私は覚えている。この街に着いてからも少し増えたわね」

 平然と言い切った。

 別に隠す事でもない。故郷を出て、ホワイトウッドまで一年かけた女二人旅。

 全く襲われない方が不自然というものだろう。

「ベリルとツバキはもっと人を殺してる。その大体の理由は、あんたみたいな危ない奴をダンジョンから排除するためよ」

「あたしはいちいち覚えてねーけどな」

「私達は法律外のダンジョンで悪い冒険者を狩る賞金稼ぎ。屍の上を歩くのは元より覚悟の上。あんたの顔は覚えてあげたから潔く諦めなさい」

「待ってくれ! ペレッタはもう狙わない! モルメス国から出て改心する! 何でもする! だからここから引きずり出してくれぇぇぇぁああああ!!」

 必死に掴んでいる指が三本まで減った。空いた外殻もミリミリと音を立てて修復していく。

 悲痛なソフロムの表情を見て、少しだけ可哀想な気もしてきた。だが、このまま街に帰すには危険すぎる存在だ。

 迷うミストナは隣でニヤニヤと笑う犬型嘘発見器に審議を委ねた。

「ベリル。どっちよ?」

 鼻から大きく息を吸い込んだベリル。舌なめずりをしながら、ゆっくりと目を開く。

「ペレッタを諦めるのは本当だ」

「さっきからそう言っている! 命の方が大事だ!!」

「だがなぁ、それはだけだってよ。落ち着いたらまたペレッタを追い回す腹でいるぜ」

 思った通りだ。

 欲望は止まる事を知らない。これが六芒星の眼の副作用かは分からないが。

「勝手な事を言うな! 嘘だ! その女は嘘を吐いている!」

「ベリルは嘘付きだけど、あんたの方が信用できないのよねー」

「んぐぐぐぐっ!!」

「——後から来られるのは至極面倒ですね。数えきれないほどベリルは先約を取っていますから」

 頭上からのツバキの声に顔をあげた。

 隣に息を切らしたラビィが並び、力強く頷く。ペレッタの命は無事に取り止めたという合図だ。

「よく聞きなさい。あんたに残された解答権は一つよ。その異形の眼は誰から貰った? 知ってる内容を全て話して」

「先にここから出してくれ! 知ってる事は隠さず話す!」

「質問に答えなさい。二度は言わないわ」

 ベリルが鉄パイプを振り抜いた。

 外殻を掴むソフロムの指が二本に減る。

「ホワイトウッドから来た二人組の女だっ!! その一人が付与術師でそいつに魔術——違う、六芒星の眼を移してもらった! もっと知りたければ先にここから出してくれ!!」

「いや、もう十分だぜ」

 玩具おもちゃに飽きた犬のように、ベリルが鉄パイプを消した。

「あやつの情報を知りたいのでは無いのか!?」

「ミストナは言った。内容を全て答えろと。つまりだ、情報を小出しにするお前は嘘をついちまった事になる。それで終わりだ」

「ベリルは追い詰めるほどに嘘が読み取れるのよ。死の淵にぶら下がってるこの状況なら、頭の中まで鮮明に読み取れたはずよ」

「そういうこった。お気に入りの娼婦の名前まで読み取れたぜ」

「余計な報告はしないで良いの」

 用は済んだだろ、と言わんばかりにベリルがきびすを返した。

 ついで、ミストナも振り返った。

 体重を支えきれずにソフロムの指が離れた事を確認して。

「この…………、獣人風情がモルメス国の希望をををぁぁぁああああああああああああああああ!!」

「私はノルルン・ミストナ・エイティック。真の冒険者を目指す者。僅かな余生をそこで過ごしなさい。あんたが神隠しするのに最適と嘲笑あざわらった、このダンジョンの構造部分——外殻層の奥で」

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